03 壮行会 (2)
魔獣ハンターたちは、ライナスと私に興味津々だった。
どうやら彼らは、断片的な情報しか持っていなかったため、勇者が「ライナス・ローデン」と名乗ったことに戸惑ったらしい。
彼らが持っていた情報は、ひとつひとつは間違っていない。
以前、凱旋したとされる勇者は、魔王が擬態したニセモノだったこと。
間違って封印された勇者は、聖女により助け出されたこと。
勇者ライナスが、史上初めて魔王の封印に成功したこと。
聖女と勇者の婚姻は、破談となったこと。
後継者が行方不明となっていたローデン家に、後継者が戻ったこと。
どの情報も、それぞれ正しいものばかりだ。ただ、「聖女」だの「ローデン家の後継者」だのがそれぞれ具体的に誰なのか伝わっていないことが、混乱を招いていた。「破談になったはずなのに、どうして勇者は結婚してるんだ」とか、「ローデン家の後継者とは勇者のことだったのか」とか、外国の人たちにしてみると、疑問だらけだったらしい。
時系列で説明しようかとも思ったのだけど、ちょっと用心してやめておいた。何となく「面倒くさい案件」のような気がしたからだ。うかつなことをペラペラしゃべって、外交上の問題になっても困る。政治が絡むと、ライナスも私も子どもの遣いと変わらない。
それで、外国勢への説明はジムさんにお願いした。
ジムさんは、まあまあ正直にありのままを話していた。
ジムさんの話が終わると、どうしたわけか魔獣ハンターの青年たちはため息をついて肩を落とした。
「なーんだ、そういうことかあ」
「がっかり……」
明らかに落胆した様子を見せながらも、ライナスと私に向かって「ご結婚、おめでとうございます!」と祝いの言葉をかけてくれた。どこかやけくそじみた、妙な勢いがあるのを不思議に思いつつ、ライナスと一緒に「ありがとう」と返した。
いったい何にがっかりしているのだろうかと、内心、首をひねる。その疑問は、魔獣ハンターたちのぼやく言葉から解けた。
「平民出身の聖女さまが同行するって聞いてたから、ちょっと期待してたのになあ」
「俺も。うまくいけばチャンスがあるかもと思ってたのに」
「新婚さん相手じゃ、手も足も出ないよな」
なるほど。
もしかしたら、それぞれ国から「あわよくば聖女を釣ってくるように」くらいのことは言い含められていたのかもしれない。政治的な思惑が、まったくないわけではなさそうだ。もっとも、話す限りはそんなことを少しも感じさせない、からりとした人たちなのだけど。
ライナスと私が幼馴染みだと知ると、彼らは話題を変えて質問をしてきた。
「小さい頃の勇者どのは、どんな子どもでした?」
いきなり答えにくい質問がきた。
聞くほうは、よもや答えづらい質問だなんて、思ってもみなかったに違いない。きっと世間話として、一番無難な話題を振ったつもりでいるはずだ。これは、何と答えたものだろう。まさか「ひどい泣き虫のかんしゃく持ちで、いじめられっ子でした」なんて、場の雰囲気をぶち壊しにするようなことは言いたくないし。そんなことをしたら、せっかく無難そうな話題を選んでくれたであろう相手の気遣いだって、台なしだ。
少し考えてから、当たり障りのなさそうなことだけを口にする。
「小さい頃から、背は高いほうでしたね。細かったけど。ああ、そうだ。あとは、すごく読書家でした」
「へえ、そうなんですか」
「読む量がすごいんですよ。それに、お薦めしてくれる本にハズレがなかったなあ」
「それはすごいですね」
「でしょう?」
自分のことを褒められたわけではないのに、つい鼻を高くしてしまう。なのにライナスときたら、褒められたことが落ち着かないのか、居心地悪そうに身じろぎして、口をはさんできた。
「読書家なのは、フィーのほうだよ」
「確かに私も本を読むのは好きだけど、ライは読む量が私とは全然違うじゃない」
「いや、俺のは読書っていうより、ただ単に本に目を通してるだけだから……」
「それを読書って言うんでしょ」
なぜかライナスは、読書家であることを頑ななまでに認めようとしない。そればかりか、屁理屈をこねてまで否定しようとする。私が呆れていると、魔獣ハンターたちは「仲がいいなあ」と笑った。
ライナスが自分で認めようとしないので、私はもうひとつ長所を挙げることにする。
「しかもね、読むのがものすごく速いんですよ」
「普通だよ」
「あれが普通のわけないでしょ!」
「ほとんど流し読みなだけだって」
どうしてこんなに意固地なんだろう。胸を張って誇ってよい長所だと思うのに。
私が眉間にしわを寄せると、魔獣ハンターのひとりがライナスに尋ねた。
「子どもの頃からそんなにたくさん本を読むって、すごいですよね。さすが勇者だ。どんなきっかけで、読書するようになったんですか?」
この質問に、ライナスは目をまたたかせてから、おぼつかない様子で「きっかけ……」とつぶやいて視線を落とし、何やら考え込んでしまう。
きっかけには私も興味があったので、じっと黙って返事を待っているうち、チラリとこちらを流し見たライナスと目が合った。その目にはどうしたわけか、すねたような、恨めしそうな色がある。なんで?
いぶかしく思いながら首をかしげていると、ライナスは再び視線を落とす。そのまま少しだけ間を置いてから顔を上げ、いきなり話題を変えた。
「俺、子どもの頃はものすごく足が遅くて、何をやっても鈍くさかったんですよ」
私は思わず目をむく。ちょっと。黙ってればいいことを、どうしてわざわざ暴露するの。せっかくいい感じに読書の話題で盛り上がってたのに。話題を誘導した意味がないじゃない。もう。
でも魔獣ハンターたちは、ライナスの冗談だと思ったようだ。
「またまたー」
「いや、本当に。いつでも周りから馬鹿にされてて、くやしくて泣いてばかりいました」
「えええ、本当に? ちょっと信じられないなあ」
冗談なのか真面目な話なのか、判断をつけかねているかのように、魔獣ハンターたちは明るく返してくる。冗談だと思ってくれているうちに話題を戻そうと、私はライナスの腕を叩いて注意を引いた。
「ねえ、ライ。読書のきっかけを聞かれてるのに、その話は全然関係なくない?」
「………………ないことはない」
たっぷりと間を置いてから、どういうわけだか憮然とした表情でライナスは答えた。
ライナス「どうしてみんな、よりによって一番避けたい話題を、ピンポイントでつついてくるのかな。頼むから、もう流してくれよ……」
※読書のきっかけについては、第五話参照
 




