04 勇者のまどろみ (1)
くそっ。魔王戦で口のうまさが勝敗を分けるなんて、誰が思うか!
まさか、こんな形で勝負をつけられるとは。
────それが、王女の放った封印水晶に囚われる直前に俺が思ったことだった。
そして俺は、魔王の代わりに水晶に封印された。
* * *
封印されている状態は、たぶん仮死状態と呼ぶのが一番近いと思う。
五感は完全に失われていたが、わずかながら意識は残っていた。水晶の中には、過去に封印された勇者たちの記憶の残滓が残されているようだった。夢うつつに、その記憶をひとつひとつ眺めていた。
勇者たちには全員ひとりも例外なく、ある共通点があった。
ひとつは、故郷に大事なひとを残してきたこと。
みんな結婚の約束をして、大事なひとを守るために討伐に立ち、そして帰れなかった。どれほど無念だったことだろう。
もうひとつの共通点は、勇者として覚醒する前は「冴えないやつ」だったこと。
チビのやせっぽちだったり、のろまと言われる者だったり、どいつもこいつもとにかく冴えない。中でもとりわけ冴えないのが、俺だったわけなんだけども。
子どもの頃は、いつでもイライラしていた。
思ったように身体が動かないからだ。腕も足も、鉄の重りが巻き付けられているんじゃないかと思うほど重くて、うまく動かなかった。
しかもそれは、頭にきたりムカついたりしたときに悪化する。
攻撃的な気持ちになると、途端に手足の重さが倍増するからたちが悪い。
だいたい走るといつだって、足の遅いことを周りにいる連中から笑われて頭にくる。カッとなるとその瞬間にガクンと足が動かなくなって、転ぶ。転ぶと、さらに笑いものになる。くやしくて頭に血が上る。くやしまぎれに拳で地面を叩きつければ、それを見てもっと笑われる。毎回、これの繰り返し。
くやしい。くやしい。くやしい。
あいつら全員、二度とそんなふうに笑えないよう叩きのめしてやりたい。
叩きのめしてやれるだけの力は、あるんだ。なのに、手足が動かない。しかも、こんなときに動かなくなるのは手足だけじゃない。口さえまともに動かず、どもってしまう。
くやしくて、腹が立って、涙があふれてくる。くやしがって泣くのも、やつらから見ると面白いらしい。ムカつく。そんなふうに、はけ口のない怒りが身体の中でとぐろを巻いて、内臓が焼き切れそうなほどイライラしていると、決まってハンカチを差し出してくれる女の子がいた。
それがひとつ年下のフィミアだ。
彼女はいつも「ほら、いつまで泣いてるの」と呆れ顔でハンカチを差し出す。
彼女の差し出すハンカチは、いつだって清潔でしわひとつなく、几帳面にたたまれていた。そのハンカチを受け取ると、身体がはじけ飛びそうなほどの怒りが不思議と少しずつ洗われていくような気がした。
フィミアはハンカチを貸してくれるだけでなく、家でけがの手当てもしてくれた。彼女の両親が薬師だからか、彼女は幼いうちからそうしたことにも手慣れていた。
本当は断るべきだとわかっていた。
俺に関わると、彼女まで周りから馬鹿にされる。そうやって馬鹿にされたり、笑いものにされることがどれほどムカつくことだか、俺は誰よりもよく知っている。だけど俺はずるいから、本当は断ったほうがいいとわかっていても、彼女が手当てしてくれると言えばそれに甘えてしまっていた。
だって俺を馬鹿にしないのは、家族を除けば彼女とその弟のティモシーだけだったのだ。
もちろん村の大人たちは、子どもたちと違ってあからさまに馬鹿にしたりはしない。でもだいたいは腫れ物に触るような態度だったし、表情には哀れみの色が見てとれた。その哀れみは、本人にそのつもりがなかったとしても馬鹿にするのと何も変わらない。だってその「かわいそう」は「出来が悪くてかわいそう」という意味にほかならないのだから。
でもフィミアの両親は、俺のことを「かわいそうな子」扱いすることがなかった。フィミアやティムと、まったく変わらない扱いをしてくれた。
フィミアのそばにいると、イライラせずにいられた。
フィミアの家に行くと、いつもティムが「ライ兄、あそぼう!」と飛びついてくる。
小さな弟ができたみたいで、うれしかった。
ティムは、フィミアの弟だけあって優しい子だ。俺と遊ぶときにも、俺が得意なことだけやれるような遊びをいつも考え出す。走ったら絶対に俺が追いつけないことをよくわかっているから、決して追いかけっこをしようとは言わなかった。
俺は足は遅いが、腕力がある。だから抱き上げたり背負ったりすることを、ティムからはよくねだられた。四歳も下のちびを背負うのなんて、何てこともない。視点が高くなるのが楽しいのか、ティムはそれに飽きることがなかった。
ただし抱き上げたときに走ってほしいと言われると、最初はすごくこわかった。自分がすぐに転ぶことを、よく知っていたからだ。ティムを抱いたまま転んだりしたら、大けがをさせてしまいかねない。だから初めはこわごわ、少しだけ走ってみた。でもそのうち、ティムと一緒のときならいくら走っても転ばないことがわかってきた。イライラしたりムカついたりしなければ、転ぶことはないらしい。
そうとわかれば、全力で走り回った。全力を出しても遅かったけど、それでもティムは大喜びだった。走るのは嫌いだとずっと思っていたのに、ティムと一緒なら楽しかった。
ただ、ティムと俺が遊んでいると、俺がティムのわがままに振り回されているように周りには見えるらしい。そうじゃない、俺は自分が楽しくてやっているんだと言っても、ときどきティムが叱られそうになっているのがかわいそうだった。
日曜学校に行けばフィミアに会えるので、毎回通った。
学校の後にフィミアの家に遊びに行ってもよいかと母に尋ねると、すぐに許可された。
「ああ、あの薬師のおうちの子ね。いいわよ。あの子は、いい子よね。本当にしっかりした子だわ」
親の許可を取るのは簡単だったが、フィミアに尋ねるほうが俺には難しかった。断られたり迷惑がられたりしたらどうしよう。彼女の目を見て尋ねるのがこわい。そんな情けない尋ね方しかできない俺を、彼女はいつも快く受け入れてくれた。