29 取り戻された後継者 (2)
父と母が王宮で派手に姿を現してくれたおかげで「『ローデン家の消えた後継者』の娘とその伴侶がローデン家当主のもとに身を寄せている」という話はすっかり王宮で広まっている。けれども幸いなことに、その「娘とその伴侶」がどんな人物なのか知る人は王宮にはまだいない。
例外はジムさんと王太子さまだけだ。
それを利用して「状況を確認する」という名目で、ジムさんは伯父さまの屋敷を訪れることになったのだった。これならたびたび屋敷に出入りしたとしても、誰に怪しまれることもない。
普通ならローデン家の後継者としてお披露目をするところなのだろうが、今はまだ私たちの顔を知られることには不都合がある。特にライナスは、人目にさらすべきではない。だから封印するまでは、私もライナスも屋敷に引きこもっていることになった。と言っても名目上「引きこもっている」ことにするだけで、本当に引きこもる必要はあまりないのだけど。
あの日からというもの、伯父さまのもとにはいろいろな家から手紙だの招待状だの付け届けだのが送られてきている。
ちょうどよい機会だからということで、伯父さまは私とライナスにそれらすべての中身を見せた上で、送ってきたのがどのような家のどのような人なのかを解説してくださった。最初のうち漫然と聞いていた私は、日に日に数がふくれ上がるのに慌ててメモをとりながら伯父さまの話を聞くようになった。とても一度聞いただけでは覚え切れそうもない。私が忘れてもライナスは覚えているのだろうけど、少なくとも最低限のことは自分の頭にも入れておかないとまずい気がするから復習を頑張った。
伯父さまの話を聞いていると、送り主たちはだいたい三種類に分類できそうだった。
良識のある人、そこそこ良識はあるが野心的でもある人、良識をどこかに置き忘れて野心だけがむき出しになっている人。いきなり招待状や付け届けを送りつけてくるのは、ほぼもれなく三番目に分類されそうな人だ。そしてそういう人はたいていが、愛妾たちの一派に属していた。
良識のある人からの手紙は、当たり障りのないご機嫌伺いに終始する。そしてその文面の中に「王宮で天使が目撃されたと聞いた」と時事の話題として軽く触れる。
野心のある人はさらに「機会があれば、ぜひお話を伺いたい」程度の軽い社交辞令が添えてある。
良識に欠ける人は、こちらの都合を考えることもなく社交の場への招待状を送りつけてくる。私の名前は知られていないから、伯父さま宛てだ。なのに「ぜひ後継者のかたとご一緒にお越しください」などと、名前も知らないくせに呼びつけようとする。
ひどいのになると、いきなり見合いの申し入れだ。
げんなりした私は、見合い申し入れの書状を指先でつまんでひらひらさせながら愚痴をこぼした。
「私の存在を知ってるなら、伴侶の存在も聞き及んでるはずなのにねえ」
「姫と一緒だよ。聞きたいことしか聞こえない耳なんだろ、きっと」
私の愚痴に、ライナスは呆れたような、でも少し面白がっているような顔で言葉を返した。
あのお姫さまと一緒か……。そう聞くと、遠征中にライナスが感じたであろう精神的疲労のつらさが想像できるような気がした。何を言っても自分に都合よく解釈して、まともに会話が成立しない感じだったんじゃないだろうか。
伯父さまは私たちのやり取りを聞いて、書状の入っていた封筒を手に取って差出人の名前を確認すると、不愉快そうに眉間にしわを寄せて鼻を鳴らした。
「まったく厚顔無恥にもほどがある。よくもまあ臆面もなく、うちに手紙などよこせるものだ」
「何か確執がある人なんですか?」
伯父さまが負の感情をこれほど露わにするのは、初めて見た。不思議に思って尋ねると、伯父さまはじっと私の顔を見つめてから、ゆっくり口を開いた。
「きみの村に魔獣を引き入れた犯人の親類だよ」
伯父さまの言葉を聞いて、思わず私は盛大に顔をしかめる。汚いものに触れてしまったような気がして、つまんでいた書状を伯父さまの机の上に投げ捨てた。
私のその動作を見て、ライナスが吹き出した。
「もうさ、そのとおり書いて返事してやったら?」
「え? 何を書くってこと?」
「お前が権力を使って野放しにさせた犯罪者に、両親と弟を殺された。家族の仇と見合いだなんて、死んでもお断りですって」
それを聞いて、私と伯父さまも笑ってしまった。かなうことなら面と向かって言ってやりたい。どんな顔をするだろうか。でも仮に実際に言ってやったとしても、たいして相手はこたえないような気がした。
「書いたってどうせ、ご自分に都合の悪いことは目に入らないんじゃない?」
「あり得る」
実際に何と返信するかは、伯父さまにお任せすることにした。当たり障りのない文面で、しかしきっぱりとお断りしてくださるだろう。
言ってやりたいことはあるけれども、私たちから直接何かを言う必要はない。なぜなら、いずれ彼らは裁かれることが決まっているからだ。
王太子さまが王宮から数人の文官をこの屋敷に派遣し、父によって書かれたあの本の写しを交代制で夜を徹して作っている。あれを元にして調査をした上で、過去に遡って裁く予定なのだそうだ。写しができた分から順に、秘密裏に調査を進めているらしい。
写しを作成する文官たちだけでなく、調査が始まると憲兵も屋敷を出入りするようになった。ジムさんもちょくちょく顔を出す。なかなか慌ただしい日々だ。
ジムさんは、裁きのための調査に加えて、もちろん封印のための準備も進めている。「秘密裏の調査のため」という名目で屋敷に顔を出しているわけだ。調査に動員されている者のうち半数ほどは、実は封印準備のために働いている。「秘密裏の調査」を偽装に使ってしまうあたり、情報統制には念が入っている。万が一、誰かに何かを嗅ぎつけられそうになったとしても、「秘密裏の調査」だと言えば言い訳が立つだけでなく同時に口止めもできる。
ライナスと私も、準備と調べ物で忙しかった。
下調べのためにあちこち出歩く必要があったし、当日の衣装や小物の準備がどうしてなかなか馬鹿にならない。一世一代の晴れ舞台に立つためだとおっしゃって、伯父さまは細部まで手抜かりなく準備することにこだわった。




