28 取り戻された後継者 (1)
翌朝、ジムさんが興奮気味にローデン家の屋敷に乗り込んできた。
「筋書きを大きく逸脱したすごい演出だったって聞いたんだけど!」
「何のことですか」
何のことだか想像はつくけれども、一応聞いておく。
「兄から聞いたよ! 兄の部屋の前に天使が降りたって」
「みたいですね。私も伯父から聞きました」
ジムさんは、伯父さまの前に現れたのがライナスと私だと信じて疑っていないようだ。
でも実際のところ私は、伝聞でしか状況を知らない。ジムさんにそう伝えると、彼は鼻白んだように眉を寄せた。
「いや、何ひとごとみたいに言ってんの」
「だって実際、ひとごとですし」
「ひとごとって……。え、どういうこと?」
「ライナスも私も、現場にはいなかったってことです」
「え?」
ジムさんは言葉を失って、ぽかんとした。
気持ちはわかる。
「どうやら正真正銘、天からのお遣いだったみたいなんですよね」
私は父の字で書かれた本をジムさんに手渡しながら、真相を明かした。
ジムさんは本のページをぱらぱらとめくりながら流し読みし、内容を確認すると目を見開いた。
「え、なにこれ。めちゃくちゃ詳しく書いてある」
「いつの間にかすり替わってました」
もともとジムさんたちがまとめた本は、屋敷に戻ってみたら伯父さまの書斎の机の上に置かれていた。いつの間にすり替わったのか、手にしていたはずの私はまったく気付かなかった。
「これだけの量を最後まで読み上げてきたんですけど、不思議と時間は経っていませんでした」
「もう奇跡の大盤振る舞いじゃないの……」
私の言葉を聞くと、ジムさんは本のページを繰る手をとめて顔を上げ、呆然とつぶやいた。
王さまの部屋から伯父さまのもとへ転移させられたときには、私もそんなふうに呆然となったものだ。そもそも転移がライナスのスキルではなかったことに驚いたし、まだ陽の高い時間だったことにもびっくりした。だって、王さまの前で何時間も本を読み続けていたはずなのだ。とっくに日暮れ近くになっているだろうと思っていた。
その上、本の内容は変わっているわ、本に書かれている文字は父の筆跡だわ、確かに奇跡の大盤振る舞いだ。だけどそれはきっと、天が必要と判断したからなのだと思う。
「つまり私たちが今しようとしていることは、それくらい天にとっても重要なんだと思いますよ」
「そうだね。おかげで助かってるよ。あの父が、昨日からもう人が変わったようになってさ」
「どんなふうにですか?」
あの王さまが変わったと聞いて、興味津々で尋ねてしまった。
王さまはまず、愛妾たちをすべて家に帰すと言い出したそうだ。愛妾たちだけでなく、その子どもたちも一緒に。愛妾たちはもちろん王さまに泣いてすがろうとしたけれども、今回はいつものようにはいかなかった。どれほど愛妾たちが泣こうがすがろうが、王さまは断固として聞き入れなかったのだ。
王太子さまはこれ幸いと、今日にも全員をそれぞれの実家に強制送還する予定なのだとか。
次に王さまは、退位して王位を王太子さまに譲ると言い出したそうだ。
もともとこれこそが王太子さまと私たちの目的だったので、もちろん王太子さまはもろ手を挙げて快諾なさった。
もっとも当初の計画では、まさか王さまが自分から退位を言い出すとまでは想定していなかった。王さまがご自分のしてきたことを突きつけられて後悔に苛まれている隙をついて、王太子さまが実質的に権限を握る予定でいた。王さまのほうから申し出があったなら、王太子さまにとっては願ったりかなったりだ。
さらに王さまは、愛妾たちとその実家が犯してきた罪を調べ上げて正しく裁くよう、王太子さまに頼んだと言う。本当に正しく裁いたら、愛妾たちの専横を許した王さまご自身の責任に行き着くはずだけど、それでも裁いてほしいらしい。きっと王さまは死後に地獄へ堕とされるのに比べたら、現世で裁かれるほうがマシだと考えたのかもしれない。
甘いと思う。
王さまのやらかした事柄は、取り返しのつかないものが多すぎる。もちろん償わないよりは償ったほうがよいに決まっているけれども、それですべてが許されるなんてことはあり得ない。残り少ない余命で、存分に後悔していただきたい。
ともあれ、おかげで王太子さまは動きやすくなりそうだった。
王さまが変わったことと、王宮で天の遣いが目撃されたことに関連があるとは、きっと誰もが容易に推測できることだろう。両親たちの姿は人目のある場所で目撃されたという話だから、王宮ではどのように人の口に上がっているのだろうかと思っていたら、ジムさんから話が出た。
「王宮ではもう『ローデン家の消えた後継者』の娘が現れたって話で持ちきり。で、真偽を確認するていで僕がここに派遣されたわけ」
天の遣いそのものよりも、天の遣いが話した内容のほうが話題になっているらしい。
そう聞くと、その話が王女さまや偽ライナスに伝わってしまっていないかが気になる。
「ところで『聖女さま』と『勇者さま』は今どちらにいらっしゃるんですか?」
「今は離宮にいるよ。使用人はこちらの者で固めたから、しっかり情報は規制できてる。大丈夫、心配いらないよ」
ジムさんは私の不安を的確にくみ取って答えてくれた。
どうやらその使用人たちは、偽ライナスが逃げ出すことのないよう監視役も兼ねているらしかった。
偽ライナスは人の集まる場所を好まず、最低限の社交しかしていない。しかも社交の場でも口数が少ない。ただしもともとライナスが「寡黙な勇者」として知られていたので、それを不審に思う者もいないそうだ。
それを聞いて、私は首をかしげた。
ライナスは別におしゃべりではないけれども、かといって寡黙と言うほど口数が少ないわけでもない。ジムさんとライナスの顔を見比べながら、疑問を口にした。
「そんなに寡黙だったの? ライが?」
「んー。言葉尻をとらえておかしな解釈をされても困るから、うかつなことを言わないよう用心しながら話してたら、いつの間にかそう呼ばれるようになってた」
ライナスは肩をすくめて説明してくれた。
なるほど。うかつなことを言わないよう用心が必要なのは、きっと偽ライナスも一緒だろう。意図したわけではないかもしれないが、結果的に行動が似てしまったというわけだった。
 




