24 裁きの天使 (1)
伯父さまの家で最初に計画を立て始めた日から、早くもひと月近くが過ぎていた。
その間、ご領主さまやジムさん、ときにはお兄さまがローデン家の屋敷を頻繁に訪れては計画を進めていた。おかげで衣装や小物の準備もすっかり万端だ。
現在、ライナスと私は神官用の正装ローブを身にまとっている。これはジムさんがコネか権力、あるいはその両方を駆使して用意したものだ。具体的にどういう手段をとったのかは聞かないほうが身のためのような気がしたので、尋ねていない。
神官用のローブには大きなフードがついていて、かぶると顔のほとんどが隠れて口もとくらいしか見えなくなる。誰からも不審に思われることなく顔を見せずに済む衣装としては、これ以上のものはなかった。
私たち二人は、王さまのもとを訪ねる伯父さまに付き従っている。
病状次第では薬師と一緒に神官が患者のもとを訪れるのは珍しくもないことなので、そういう意味でもこの衣装は理想的だった。
その上、神官のふりをしている限りはひと言も話さなくても不自然ではない。
なぜなら神官たちは「沈黙の行」と呼ばれる修行のために、何日もの間、声を出さずに過ごすことがあるからだ。何でも、静寂を保つことで天の声に耳を澄ます修行なのだと言う。だけどどれほど耳を澄まそうとも、もしも静寂の中で何か声が聞こえちゃったらそれはただの幻聴だと、薬師の立場からは確信を持って言える。
とにかく大昔から連綿と伝わるそんな修行のおかげで、私たち二人は誰にも話しかけられることなく伯父さまの後ろをついて歩けるのだった。
でもそれ以前に、そもそも私たちは王宮の門をくぐってからほとんど誰にも姿を見られていない。例外は伯父さまを先導する侍従くらいなのだが、この侍従はジムさんの息のかかった人だ。仮に誰かに伯父さまに同行者がいなかったかと尋ねられることがあったとしても、誰もいなかったと証言することになっている。ジムさんの根回しの完成度がすごい。
向かう先は、王さまの私室だ。
伯父さまが侍従に部屋へ通されるのに続いて、ライナスと私も部屋の中に入る。部屋では伯父さまだけが部屋の中央に進み、私たちは入り口の脇に控えた。
初めて見る王さまの顔は、ジムさんとよく似ていた。つまり、とても整っていた。にもかかわらず、不思議と私の目にはちっとも魅力的に映らない。言ってしまうと「かつて美青年だった人のなれの果て」という感じの見た目なのだ。
年齢とともに経験を重ね、それが性格の厚みを増して渋みとして表情に表れる人は、顔立ちの美醜にかかわらず魅力的に見えるものだ。けれども王さまは、ちょうどその真逆だった。年齢相応の落ち着きも渋みも、何もない。それどころか放蕩に溺れ続けるようなただれた年月の積み重ねが表情に表れ、せっかくの顔立ちをだらしなく崩してしまっていた。
私は生理的な嫌悪感で身ぶるいしそうになったのを、何とかこらえた。
伯父さまが部屋に入るのを見ると、王さまは執務机の前から立ち上がって、部屋の中央に置かれているソファーに移動して腰をおろした。私たちのいるほうを一瞥したものの、かすかに怪訝そうな表情を見せただけで、不思議と何も言わなかった。
伯父さまはもちろん、私たちについては何も触れない。
「陛下、お加減はいかがにございますか」
「いつものとおりだ。また悪くなった」
王さまの返答に、伯父さまは魔法を使って診察しながら苦笑した。
「きちんと標準的な治療をお受けにならないからですよ」
「いや、違うな。ほかの薬師が能なしだからだ」
伯父さまは呆れたようにため息をこぼし、肩をすくめてから簡単に問診を行った。その様子から、これがいつものやり取りであろうことが察せられる。
問診を終えると、王さまは伯父さまに要求した。
「ごたくはいいから、早く回復魔法をかけてくれ」
「毎回申し上げておりますが、回復魔法はその場しのぎにしかなりません」
「ふん。何度聞いても同じことだ。しのげるのだからよいではないか」
伯父さまはため息をついて、回復魔法を王さまにかけた。
それから伯父さまは、部屋の隅に控えていた侍従を手招きして薬を手渡しした。飲み方や注意事項をひととおり説明する。それが終わると伯父さまは王さまに向かって退出の挨拶をしてから、お辞儀をした。
「それでは失礼いたします。また薬がなくなる頃にまいりましょう」
頭を上げてきびすを返した伯父さまの背中に、王さまが声をかけた。
「待て、ローデン」
「いかがなさいました?」
伯父さまは足をとめて振り返り、いぶかしげに小首をかしげた。
「そこの者らはお前が連れてきたのか」
「そこの者ら、とは?」
伯父さまは白々しくあたりを見回して、首をひねってみせた。私たちのほうに視線を向けても、何も見えていないかのように視線が素通りしていく。
「そこにいる神官どものことだ」
「神官? はて、何のことでしょう?」
伯父さまは入り口の扉を開けようと控えていた侍従と顔を見合わせ、伯父さまが侍従に問いかけるように首をかしげると、侍従はわけがわからないという顔をして首を横に振った。この侍従、ジムさんの息がかかっていると聞いてはいたけれども、しらばっくれ方が見事だ。役者に転身しても十分やっていけそう。
王さまは、伯父さまたちが期待した反応を返さないことで、声に苛立ちが混じった。
「すぐそこにいるではないか!」
王さまが指さした先を伯父さまと侍従が振り向くのに合わせて、ライナスと私は姿を消す。と言っても本当に姿を消したわけではなく、ライナスのスキルで王さまの背後へ瞬間移動しただけなのだけど。
ライナスのこの瞬間移動のスキルは、聞くとすごそうだけど思ったほど使い勝手はよくない。何しろ移動できる距離がたいしたことない上に、連続して使うことができないからだ。移動可能な距離は、せいぜい十歩から二十歩程度の距離。だけどそれも使いようだ。室内で姿をくらましたように見せかけるには十分な距離だった。
そしてもうひとつ、対象物を手もとに瞬間移動させるスキルもある。だからライナスは自分が先に王さまの背後に移動して、直後に私を引き寄せたというわけだった。事情を知らない侍従は、きっと種も仕掛けもある奇術のたぐいだと思っているに違いない。
伯父さまと侍従は誰もいない空間を見て、それぞれ首をひねる。
「何もおりませんが。────陛下、よもや幻覚をご覧になったのではありますまいな?」
「そんなはずは……。いや、何でもない。ただの見間違いだ」
不審そうに目を細めて尋ねる伯父さまに、王さまは憮然とした表情の中にわずかに焦りをにじませて答えた。伯父さまは片眉を跳ね上げて「さようでございますか」と返した後、改めて辞去した。
伯父さまと侍従が部屋から退出して扉が閉まったのを見届けてから、王さまが振り向き────。
背後に立っていた私たち二人と対面した。
 




