20 ローデン公爵家 (1)
その後、数日にわたって王子さまとご領主さまがたは話し合いを続けた。
役に立つかどうかは別にして、一番の当事者であるライナスと私も同席した。
話し合いの中で、ひとつ気づいたことがある。
ご領主さまがたは、王子さまに対してはライナスの能力について伏せていた。知らせるつもりがないから、王子さまに会う前に姿をもとに戻すように指示されたのだろう。私もうかつなことを口にしないよう、気を付けなくては。
一方で、私が上級魔法を覚えていることは隠すつもりがないらしい。
ただし王子さまに対しては明かしたものの、固く口止めしていたから、私も少なくとも当面の間は隠しておいたほうがよさそうだ。
話し合いを重ね続けて数日後、ついに私たちは王都に向かうことになった。
ご領主さまご夫妻とお兄さまも一緒だ。ただし私とライナスが乗るのは王子さまの馬車で、行き先はご領主さまとは別になる。ご領主さまは王都にもお屋敷があるそうだけど、そこには偽ライナスも出入りすることがあるからだ。
では私とライナスがどこに向かっているのかというと、ローデン家の屋敷だった。いつの間にか王子さまがそのように手配してくださっていた。
たった数日の間にどのように王都と連絡をとったのか不思議に思ったが、鳥を使ったそうだ。訓練した鳥を使って手紙を運ばせれば、王都までなんと一日で届くのだとか。こちらでの話し合いの結果はすでに王太子さまにも伝わっていると聞いて、びっくりした。
ライナスは王都へ向かう道中、ご領主さまの従者に扮していた。スキルを使うのを控えているため「姿写し」は使わず、普通に変装している。カツラで髪型と色を変えるだけで、まるで雰囲気が変わった。
ライナスは王都では意外に顔を知られていないので、これでも十分だろう、ということだった。
なぜライナスの顔が知られていないのかというと、もともとライナスは王都に寄りつかなかったからだ。ご領主さまご一家は通常、一年のうちのひと月かふた月を王都で過ごしていらっしゃる。でもライナスは子どもの頃から王都へは行きたがらず、ひとり領地に居残って我が家に入り浸っていた。それはもう、うちに寝泊まりする勢いで。
ご領主さまも「下の子は爵位を継ぐわけではないから、貴族との付き合いは必須ではない」とおっしゃって、ライナスのしたいようにさせていらした。
だからライナスは勇者として王都へ出て行くまで、ほとんど王都には行ったことがなかった。そして勇者として王都へ出向いた後はさっさと遠征に出立してしまったので、親しく付き合った人が全然いない。
一方、偽ライナスも人の集まる場所にはあまり姿を現さないらしい。
そんなわけで「勇者ライナス」の名は誰でも知っている割に、顔はさほど知られていないのだった。
王都までの旅程は、ほぼ最短だったと思う。
王子さまは王族なのに実利主義で、よけいなことに時間を使うことがない。偉い人の移動だともっと時間をかけるのかと思っていたのに、ライナスと私の二人旅のときとほとんど変わらなかった。
王都に近づくにつれ、私の緊張は高まっていく。
私は、貴族のお屋敷を訪ねるにふさわしい衣服に身を包んでいた。
自分でお金を出したものではない。奥方さまが用意してくださったものだ。ライナスが遠征に出てしまった後、「妻としてどんな機会があるかわからないから、必要なときにいつでも着られるよう何枚か用意しておきましょう」とおっしゃって、仕立屋を呼んで作ってくださった。
これまでずっとご一家の暮らしぶりは質素だと思っていたけれども、それは領地にいるときに限った話らしい。奥方さまは「王都にいるときは、それなりに貴族の皮をかぶっているのよ」と笑っていらした。
そしてついに王都に到着し、私たちは真っ先にローデン家へ向かった。
出迎えたのはやはり、以前王都で声をかけてきた初老の紳士だった。通された応接室で、ご領主さまが私をローデン公に紹介した。
「こちらがウィリアムとジュリアの娘、フィミアです」
「はじめまして。フィミアと申します」
「よく来てくれたね」
はじめまして、と挨拶してよいのかちょっと自信がない。でも顔を見たことがあるというだけで、紹介されたのは初めてだからたぶんこれでいい、はず。
ローデン公はあの日私が逃げたことには触れることなく、歓迎の言葉を口にした。
王子さまは私たちを引き合わせただけで、すぐにあわただしく去って行った。
ローデン公は王子さまを見送ってから、はやる気持ちを抑えきれない様子で私に尋ねた。
「それで、ウィリアムは今どこに……?」
「両親は五年前に亡くなりました」
「え? いや、でも────」
私は何をどこまで話してよいやら見当がつかず、困惑してご領主さまのほうへ視線を向けた。ご領主さまはうなずいて見せると、話を引き取ってくださった。
「閣下は殿下から何とお聞きになっていますか」
「ウィリアムの娘とその連れを行かせるのでかくまってほしい、とだけ」
「なるほど」
ご領主さまはしばし黙考したのち、「長くなりますが、最初からすべてお話ししましょう」とおっしゃり、父がローデン家から出奔したところから語り始めた。
国を出ようとしていた父を引き留め、領地に招いたこと。
村の外から訪れた者と顔を合わせる機会がなるべく少なくてすむよう、街道から離れた村外れに家を用意したこと。
祝福された結婚指輪に願って、母が父のもとに逃れたこと。
私と弟が生まれたこと。
ライナスが私たちと親しくなり、半ばうちの子のように我が家に入り浸っていたこと。
そして、前科持ちのハンターが引き連れ回した魔獣により両親と弟は命を落としたこと。
私とライナスは間一髪で難を逃れたこと。
ライナスが勇者に選ばれ、私にはひそかに封印解除のスキルが授けられていたこと。
ライナスは出立前に私と神殿で婚姻の誓いを交わしたこと。
そのとき結婚指輪を祝福してもらって身につけたこと。
凱旋してきたライナスの指には指輪がなかったこと。
指輪のおかげで、凱旋したライナスがニセモノだと気づいたこと。
それで私が指輪に願って本物のライナスのもとに飛び、封印されていた彼を救い出したこと。
魔王城からの帰り道でローデン公に声をかけられ、状況がわからず逃げ出したこと。
一度領地に戻った後、偽ライナスを封印するため王都に戻ってきたこと。
「ウィリアムとジュリア、その子のティモシーは私がこの手で弔いました。これまでフィミアの身の安全を優先するあまり何もお知らせしなかったこと、お詫び申し上げます」
話を締めくくってご領主さまが深々と頭を下げると、ローデン公は首を横に振りながら片手で制した。その目もとはうっすらと赤くなっていた。




