18 義兄の友人 (1)
当面の間、私はお屋敷に滞在することになった。もちろんライナスも。
今後のことについて密な相談をするには、村外れにある我が家にいるのでは連絡がとりづらいから、とご領主さまに説得された。薬の在庫は今のところ問題ないので、不足しそうになったらそのときに補充することになった。
昼食を済ませた後、私は居間でライナスと話をした。
お屋敷でお世話になると、正直なところ私は時間を持て余してしまう。家事も調薬もする必要がないので、しなくてはならないことが何もないのだ。
「やらなきゃいけないことは単純なのに、八方塞がりよね……」
「だなあ」
主に王さまとお姫さまのせいで。
お姫さまの話をするときにライナスは心底うんざりした顔をするけれども、だんだんその気持ちがわかるようになってきてしまった。もう生理的に受け付けない、とか、そんな感じだろう。少なくとも私は、王さまが耐えられない。まだ一度も会ったこともないのに気持ち悪くて、考えただけで肌があわ立つほどだ。
憂鬱な顔でため息をついたら、ライナスが苦笑しながら慰めてくれた。
「でも、兄さんには何か考えがあるみたいだよ」
「そうなの?」
「うん」
さきほどおっしゃっていた、王都からの来客の件だろうか。何か話が進むとよいのだけど。
お兄さまの話を聞いてもまだ気持ちを切り替えられずにいると、ライナスはソファーから立ち上がって私に向かって手を差し出した。
「よし。馬に乗ろう」
元気づけようとしてあえて明るい声を出しているのがわかり、じわりと心が温かくなった。自然と笑みが浮かび、「うん」と返事をしてライナスの手をとると、一緒に厩舎に向かった。
一緒に旅をした馬は、旅の間の三か月ですっかり仲良くなっていて、私が会いに行くとうれしそうに首を伸ばしてくる。まあ、お目当てはおやつなんだけど。
馬にもお菓子の好みがあるようで、この子はハチミツで練って作った焼き菓子が大好きだ。匂いを嗅ぎつけては「持ってるでしょ? 持ってるよね? ちょうだい」みたいな感じで露骨におねだりするのが、おかしくてかわいい。おやつを狙っているときは、私が背中に乗っている間も少しそわそわしていて、明らかにいつもよりサービス精神たっぷりで反応がよい。とてもわかりやすいその態度が、本当にかわいい。
馬をかまっていたら、鬱屈した気分がだいぶ晴れた。
そうしてライナスと一緒に馬に乗ったり、自宅に戻って薬の作り置きをしたりして過ごした数日後、お兄さまのおっしゃるところの「ご友人」がやって来た。
その日ライナスと私は応接室に呼ばれ、そこでライナスはお兄さまから「姿を自分に戻しておくように」と指示された。私たち二人は先に応接室で待機し、ご領主さまご夫妻とお兄さまでその「ご友人」を迎えて部屋まで案内なさった。
お兄さまの「ご友人」は年格好がお兄さまと同じくらい、ライナスほどではないがかなりの長身だった。顔立ちはとても整っている。清潔感があって人なつこい表情は、お兄さまと通じるものがあった。でも身につけているものが高級そうで、いかにも身分ある人のように見える。
「ライは面識あるよな。ジム、こちらがライナスの妻フィミア」
お兄さまのご友人は、ジムという名らしい。私が彼に視線を合わせて小さく会釈していると、続けてお兄さまが私に向かって紹介という名の爆弾を落とした。
「こちらは友人のジェームズ、この国の第二王子だ」
「どうも、ジムです」
聞いた瞬間、目をむいた。
村の青年と少しも変わらない気さくさでにこやかに挨拶され、私は戸惑いながらお辞儀を返す。
王子さまは挨拶が終わると笑みを消して真剣な顔つきになり、ライナスと私に向かって深々と頭を下げた。
「この度は我が愚妹が迷惑をかけたのみならず、とんでもないことをしでかして、本当に申し訳なく思います。今後の対処については兄から全権を委任されているので、できることがあれば何でも協力させてください」
なるほど、これは確かにライナスが言うとおり「まともな人」だ。
王太子さまは、この件に関してすべて承知らしい。けれども王太子さまが動くとどうしても目立つので、身軽な下の王子さまがお出ましになったというわけだった。
では王さまはというと、当然のように蚊帳の外。どうせ知らせたってまともなことは何ひとつしないどころか、むしろ邪魔をするだけだろう、と吐き捨てるように王子さまはおっしゃった。このかたも、なかなかいろいろ苦労しておいでのご様子だ。
それを苦笑しながら聞いてらしたお兄さまが、王子さまに質問した。
「ところでジム、『ローデン家の消えた後継者』のことは聞いたことある?」
「ローデン家……? ああ、あるよ。あれもひどい話だったね」
この『ローデン家の消えた後継者』とは、私の両親のことだろう。
「実は彼らは、うちの領内でかくまっていた」
「なんと。こんなところで囲っていたのか」
王子さまの言葉に「囲っていたとは、随分なおっしゃりようですね」と、ご領主さまが苦笑いした。
「国外流出を防いだと言っていただきたい。あのときのウィルは、本気で国を捨てるつもりでしたからね。でも今では、引き留めたことを後悔していますよ」
ご領主さまは、両親の死がご自分が領内に引き留めたせいだと思っておいでだった。ここで暮らしていなければ、あんな事故に巻き込まれて無残な死を遂げることもなかっただろうから、とおっしゃるのだ。
私としては、それはどうかな、と思う。だってどこで暮らしていようとも、事件なんて起きるときは起きる。ましてやあの事件は、ご領主さまには何の責任もないことだ。
ただしあの件は、王さまには大いに責任のある話だった。
なぜなら、あのときに魔獣を村に引き入れた犯人は、王さまの愛妾の遠縁の者だったからだ。
ご領主さまは王子さまに、あのときの事件のあらましを話して聞かせた。一部は私も初めて聞く話だった。あの犯人が初犯でなかったことは聞いていたけれども、初犯のときにきちんと裁かれなかった理由が王さまの愛妾だったことまでは知らなかった。




