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02 プロローグ (2)

 それは春が深まってきたある日のことで、店はお休みだった。

 両親と弟は、この季節に採れる薬草を集めるためにそろって出かけていた。いつもなら私も一緒に出かけるのだが、この日はライナスが遊びに来てしまったので二人で留守番をすることになった。


 両親が普段ライナスを特別扱いすることがなくても、さすがに薬草採集にまで連れていくのははばかられたのだろう。危険な場所へ行くことがないとはいえ、まったく危険がないわけではないし、万が一にも魔獣と遭遇してしまったらライナスの運動神経では不安がありすぎる。


 ライナスと二人で残された私は、暇を持て余した。

 何しろ留守番と言っても店は休みなので、店番は必要ない。いつもなら弟と遊んでもらっているけど、その弟は両親と一緒に出かけてしまった。いくら私でも、こんな状況でライナスをほったらかして自分だけ本を読むほど図太くはない。


 少し考えた末、家の周辺でも採れる薬草を摘みに行くことにした。

 家が見える範囲にいれば危険もないはずだし、もし急患があって誰か家を訪ねて来たとしても気づけるだろう。


 それでいいかとライナスに尋ねると、彼は二つ返事で了承した。

 ライナスに薬草の種類や特徴を教えながら、ひたすら採集する。ライナスは短気で、からかわれるとすぐにカッとなる割に、こういう作業にはとても根気がよく、丁寧に仕事をする。


 最初のうちは、ライナスが間違ってよく似た別の草を摘んでしまうこともあった。もちろんそれは想定内のことなので、少し作業するたびにライナスのかごの中身を確認していた。間違ったものが混じっているときには選り分けて、間違いを指摘するとしょんぼりした顔になる。けれどもその都度見分け方を説明してやれば、そのうち間違うこともなくなった。


 そうして二人で黙々と作業していると、どこか遠くから聞き慣れない音が聞こえてきた。

 それはうららかな春の日差しが降り注ぐ野原にはふさわしくない、獰猛な響きだった。私は顔をしかめて草を摘む手をとめ、頭を上げて耳を澄ました。

 私の様子に気づいたライナスも手をとめ、怪訝そうな顔で尋ねる。


「どうしたの?」

「しー」


 私は人差し指を唇の前に立て、ライナスを黙らせた。

 耳を澄ませたまま辺りを見回し、そして音の発生源を見つけた。それは魔獣だった。

 村から外に続く道の向こう側に遠く、人が走ってくるのが豆粒のように見える。その人が、魔獣に追われていたのだ。人里に向かって魔獣を引き連れてくるなど、何ということをしてくれるのか。人でなしにもほどがある。

 私はあわててライナスの手をつかんで立ち上がり、叫んだ。


「走るわよ!」


 摘んだ薬草を入れたかごは、その場に投げ捨てた。

 ライナスの手をつかんだまま家に向かって走り出すと、彼は訳がわからないという顔をしながらもついて来た。ただし、反対の手にはかごをつかんだまま。それに気づいた私は、再び叫んだ。


「かごは捨てて!」


 ライナスは一瞬だけためらってから、かごを道端に投げ捨てた。


 ライナスは、私よりもずっと足が遅い。

 片手をつかまれたままでは全力で走れないだろうから、いったん手を離し、ライナスを置いて先に家の玄関まで全力疾走した。扉を開けてから振り向くと、やっと状況を飲み込めたらしいライナスが必死の形相で走ってくる。でも、遅い。


 遠くに豆粒のようにしか見えていなかった人影は、もうすっかり姿かたちがわかるくらいまで近づいてきていた。彼は冒険者らしく、魔獣狩り用の装備を身につけていた。しかしその後ろから追ってくる魔獣は、一体ではない。ぱっと見ただけでも四、五体はいた。


 やきもきしながら見守っていると、ライナスは足をもつらせて転んだ。

 私はもう、居ても立ってもいられなくなり、ライナスに向かって走り出した。


「ライ、早く!」

「だめだ! フィー、逃げて!」


 ライナスは諦めてしまったのか、のろのろと身体を起こして私に向かって叫んだものの、立ち上がろうとしない。私の頭の中では何かがプツンと切れてしまい、怒り狂った私は金切り声を上げた。


「何してるの! いいから、早く立ちなさいよ‼」


 擦りむいて土がついたライナスの手を乱暴につかむと、私は力任せに引っ張り上げて無理やり立たせた。もうその手を離すことなくつかんだまま、ライナスを引っ張って家の玄関まで走る。

 私が何とかライナスを家の中に引き入れて、音を立てて扉を閉めるのと、逃げてきた男が玄関前までたどり着くのとはほとんど同時だった。男は扉を叩きながら叫んだ。


「頼む、開けてくれ!」

「無理です」


 開けるわけがない。

 だって今開けたら、男のすぐ後ろから追って来ている魔獣ごと家の中に招き入れる羽目になるではないか。絶対に開けないという意思表示代わりに、扉の鍵をかけた。そうは言っても家の前で死なれたら寝覚めが悪いので、扉越しに回復魔法をかけてやる。ついでに、俊足の補助魔法もかけてやった。


 男は鍵のかかる音を聞いて諦めたのか、舌打ちをするとまた走り出したようだった。

 その後ろから、心臓が凍り付くかと思うような魔獣の咆哮が聞こえた。


 恐ろしさに思わずへたり込みそうになるが、私にはまだやらなくてはならないことがある。


「ライ、来て」


 私は屋根裏部屋に駆け上がり、出窓を大きく開け放った。

 出窓のすぐ外に取り付けてある鐘を、勢いよく鳴らす。そして走って行く男の後ろにいる魔獣の数を数えた。六体だ。鐘を鳴らす手をとめずに、ライナスに指示した。


「そこの引き出しに入っている魔道花火を六本出して」


 それを出窓の外側にある打ち上げ台に取り付けて、一本ずつ打ち上げてもらった。

 鐘や花火を本当に使う日が来るなんて、思ってもみなかった。


 私の家は、村の外れにある。薬草の採集に出るのに都合のよい場所だからだ。

 村の近くに魔獣は出ないはずだし、魔獣を居住区域に引き入れることは法律で明確に禁止されているけれども、何かの事故で魔獣が村に入り込むことが絶対にないとは言えない。そうしたときのために、村外れにある我が家には警鐘が取り付けられている。鐘を鳴らした上で、入り込んでしまった魔獣の数だけ、花火を打ち上げる決まりになっていた。


 警鐘を鳴らして花火を打ち上げれば、ご領主さまが対応してくださるはずだ。

 村民に被害が出ないよう祈りながら必死に鐘を鳴らしていると、走り去ったはずの男がまた魔獣を引き連れてうちのほうへ走ってきた。何なの、あの男。うちに恨みでもあるの?

 信じられない思いで出窓から見下ろしていると、男は家の周りを一周してから、裏の納屋に鍵がついていないのに気がついたらしく、魔獣から逃れようと納屋に立てこもった。


 視界から男が消え、標的を見失った魔獣たちはしばらくうろうろしていた。しかし窓から身を乗り出して鐘を鳴らす私たちに気がつき、新たな標的としたらしい。裏口の扉や、玄関扉に体当たりを始めた。扉や窓には結界魔法が使われているから、そう簡単に魔獣に破られることはないはずなのだが、音や咆哮は恐ろしい。

 私とライナスは不安に駆られ、出窓を閉じると屋根裏部屋の入り口も閉めてから、決して開かないよう扉の前に家具を移動した。


 私はもう手足に力が入らなくなり、部屋の中で入り口から一番遠い角に座り込んだ。ライナスも同じ場所にやってきて、覆いかぶさるようにして抱きついてきた。そのまま二人で、ご領主さまが率いる討伐隊が魔獣を駆除し終わるまで震えていた。本当なら彼が転んだときのけがを手当てしてあげればよかったのだけど、そんなことには気が回らないくらい二人とも怯えきっていた。


 ようやく魔獣が駆除されてほっとしたのも束の間、本当の凶報はその後にもたらされた。

 あの男は、魔獣を村に引き連れて来る前に、なんと両親と弟が薬草を採集しているところへ魔獣を連れて行ったのだ。ただの薬草摘みに、重装備で出かける人はいない。多少の用心はするにしても、あんな大型の魔獣に対処できるような装備で行くわけがない。


 なのにあの男は、わざと両親たちの近くを通って逃げた。標的が変われば自分が助かる可能性が上がると思ったからだろう。そして実際、そのうちの一体が両親たちを襲った。父は決して弱くはないけれども、何しろ相手が悪かった。


 まず三人の中では一番弱い弟が、真っ先に狙われた。母は弟に覆いかぶさって守ろうとしたが、どちらも助からなかった。

 父は母と弟を守ろうと死力を尽くしたものの、最後は魔獣と相打ちになったようだ。


 我が家の三人を除けば、村民に被害はなかったそうだ。

 私の鳴らす鐘の音を聞いて、みんなきちんと避難したらしい。そして、後から後からいくつも打ち上がる花火の数に、恐れおののいていたらしい。


 ご領主さまは討伐を終えたその足で両親たちの捜索にあたり、物言わぬむくろとなった彼らを連れ帰ってくださった。


 あの男は、魔獣の駆除が終わった後にご領主さまに拘束された。

 ギルド規約でも法律でも禁止されている行為を犯しているわけで、あの男のしたことは実質的に無差別殺人だ。最終的には魔獣ハンターの資格を剥奪され、殺人および殺人未遂罪で裁かれることとなった。


 しかもこれが初犯ではなかった。

 王都近辺でも同じようなことをしでかしていた。幸い大きな町だったので、魔獣が住民に被害を及ぼす前に居合わせたハンターたちに駆除されたそうだ。そのときは実被害が出なかったことから、王都近隣からの追放処分にとどまったらしい。


 追放された結果、田舎に流れてきて同じことをしでかした。

 ご領主さまはこの件に関して、王宮と魔獣ハンターギルドに厳重に抗議することを約束してくださった。初犯のときにもっと厳正に裁いていれば、こんな悲劇は起こらなかったはずだからだ。

 あんな男に回復魔法を使ってしまったことが、悔しくてたまらない。両親と弟の仇じゃないか。


 三人の葬儀は、ご領主さまが取り仕切ってくださった。

 そして村民の命を守った功労者として、ねぎらってくださった。

 でも、どれほどご領主さまが褒めてくださろうと、あの男の過去の処遇について王宮やギルドに抗議してくださろうと、もう二度と両親と弟は戻って来ない。


 損傷がひどいからと、私は最後まで遺体を見せてもらえなかった。

 ただ、母は死んでも弟を離さなかったので、弟の顔にだけは傷がひとつもなかったと聞いた。

 ライナスが私に抱きついていたときの姿勢は、母が弟をかばおうとして覆いかぶさったときの姿勢とまったく同じだったと、少し後になってから知った。母が弟を守ろうとしたのと同じように、彼は私を守ろうとしてくれていたのか。そのとき初めて、涙がこぼれた。


 とても悲しくて心細いのに、葬儀の間は涙が出なかった。

 悲しすぎるせいなのか、まわりの出来事が遠くで起きていることのように人ごとに感じられて、どうにも現実感がなかった。


 その反対に、ライナスは棺にすがって号泣した。でも彼が泣いたのを見たのは、これが最後になった。いい歳をしていつまでもめそめそと泣き虫だったのに、それ以降まったく泣かなくなったのだ。


 このときを境に、ライナスは別人のように人が変わった。

 足が遅いのは相変わらずだったけど、からかわれたり嫌みを言われたりしても、一切反応せずに無視するようになった。この歳になってからかわれて泣くライナスもライナスだけど、この歳になってもはやし立てるような幼稚な連中がまだ数人いたのだ。でもライナスが相手にしなくなると、自然にそうした行為は鳴りを潜めた。


 カッとなって感情のままに行動することがなくなったからか、ライナスがどもる癖もいつの間にか消えていた。もともと私はライナスが少々どもっていても気にしたことがなかったので、どもりが消えたことにもしばらく気づかなかった。


 私は両親の後を継いで、薬屋を続けた。

 たったひとりになってしまった家と店は、がらんとして妙に広く静かで、寂しかった。


 弟がいなくなってしまったからライナスが家に来ることもなくなるだろうと思っていたのに、彼は逆に以前にも増してうちに入り浸るようになった。

 私は店の切り盛りや家事で忙しいから、相変わらずほったらかしだ。それでも家に誰かいる、というだけでどれほど心が慰められ、安心できただろう。ライナスがいてくれて、本当にありがたかった。


 ライナスは長年入り浸っていただけのことはあり、よく勝手をわかっていて、何も言わなくてもいろいろ手伝ってくれた。私が薬を調合している横で帳簿をつけてくれたり、食事の支度をしていると店先の整理をしてくれたり。


 冷静に考えたらご領主さまのご子息に何をやらせてるんだって感じなのだけど、まあ、ライナスだから。


 ライナスがお兄さまに剣を教わり始めたことにも、驚かされた。前から教わってはいたらしいのだけど、真剣に取り組み始めたのだ。うちに来ているときでも、暇があればお兄さまに課された鍛錬をこなしていた。


 何ごとも、真剣にやれば必ず成果はついてくるものだ。

 背ばかり高くてひょろひょろと頼りない体型だったライナスは、お兄さまには及ばないものの、次第に筋肉がついて男らしくなってきた。一見それほど変わっていないのに、よく見ると腕も足も前とは全然違って太くなっている。


 筋肉がついたら、足も多少は速くなった。今までは全力疾走で私と距離が二倍くらい違っていたのが、私よりちょっと遅い程度にはなった。そして何よりすばらしいことに、転ばなくなった。


 大して足が速くならなかったのとは裏腹に、筋肉がついた分だけライナスの腕力は上がった。思えば、もともと小さい頃からひょろい割に力は強かったのだ。運動神経が鈍すぎるせいで腕力を発揮する機会がなかっただけで。

 鍛錬のおかげで単純な腕力だけなら村一番にまでなったらしい。見るからに強そうなあのお兄さまにも腕相撲で勝てるというから、すごい。


 泣かなくなったライナスは、何だか急に大人びて、かっこよくなってしまって戸惑う。

 ライナスのくせに。


 店の切り盛りと家事に慣れ、家にライナスと二人きりでいるのが日常になってきた頃、魔王が復活したとの知らせが国中を駆けめぐった。

 私が十七歳、ライナスが十八歳のときのことだった。

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