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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第三章 究明

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43 しおりの使い方 (1)

 何ともやるせない話だった。


 だって世界の敵と目され、私たちたちが魔王と呼んでいた存在が、ただの奴隷にすぎなかったと言うのだから。封印されて初めて、本当の自由を得られたと言うのだ。哀れにもほどがある。


 だからといって許せるかと問われれば、許せるはずもなかった。


 封印される以前のおこないに関しては、情状酌量の余地が十分以上にあるように思う。しかし、封印された後がいけない。封印水晶を持ち出すために大型魔獣に襲われた神殿は、被害甚大だった。


 それに魔王本体の力を削ぐためとは言え、魔獣発生ポータルの移動は人々の間に大きな被害をもたらした。


 大陸内の移動ポータルを破壊するためであれば、ただ魔獣を使役するだけで事足りたはずだ。魔獣発生ポータルを移動して、それまで被害のなかった地域に被害をもたらす必要などない。


 けれども、魔王可動体の気持ちもわからないではなかった。それだけ魔王本体への恨みが深かったのじゃないかと思う。


 罪のない犠牲を生むのは百も承知の上で、それでも魔王本体に一矢報いたかったのに違いない。どのような手を使ってでも、ライナスと私をこの場に誘導したかったのだ。魔王本体を消し去る手段を教えるために。


 魔獣発生ポータルの移動は、私たちをおびき寄せることに失敗した場合に備えてのことだろう。魔王本体を消滅させることができないなら、せめて今後の活動が少しでも不自由するよう、できる限りの手を打っただけのことだ。


 しばらくそのまま、ライナスと私は言葉もなく立ち尽くしていた。


 ところがここで、クマ型の魔獣が突然、咆哮を上げた。ランタンがビリビリと震えるような大音量だ。それまで曲がりなりにも人間の言葉を話していたというのに。


 空洞内に反響するせいで、咆哮がより恐ろしく響き渡る。村で薬師として暮らしていた頃の私なら、きっとすくみ上がっていたと思う。でも魔王城の調査隊に参加したおかげで、大型魔獣の討伐は何度も経験した。ヒュー博士から補助魔法の効果的な使い方についても、指導を受けている。


 わんわんとまだ反響の余韻が残っている間に、魔獣は私たちに向かって突進してきた。魔王可動体からの支配が解けたのだろう。本能のままに襲われてはたまらない。


 でもたった二体なら、もうあわてることもない。一体に「麻痺」をかけ、もう一体に「速度低下」をかけた。


 ライナスは聖剣を構え、危なげもなく「速度低下」をかけたほうを先に倒す。次に「麻痺」をかけたほう。倒して少しすると、どちらもすうっと死体が空気に溶けて消えていった。


 クマ型の魔獣が消えた空洞内は物音ひとつせず、しんと静まりかえっている。


 私はアンバーが隠れている隙間の前に行って、膝をつく。かがんで隙間の奥をのぞき込み、アンバーに声をかけた。


「アンバー、おいで。もう大丈夫よ」

「ミャー……」


 弱々しく返事はするものの、隙間から出て来ようとはしなかった。まだ怖いのだろうか。これはアンバーの気持ちが落ち着くまで、もう少し時間をおいたほうがよいかもしれない。


 私は立ち上がってきびすを返し、ライナスに声をかけた。


「怖がって出てこないわ。先にしおりを探さない?」

「そうしようか」


 隙間の奥にいるアンバーは、しおりをくわえていなかった。それも当然だ。アンバーは裂け目からここに落ちた後、何度も私の呼びかけに応えている。くわえていたら鳴けないから、しおりはそのときに口から離したはずだ。


 その直後に、魔獣に襲われそうになったのだ。命からがら、逃げるだけで精一杯だったに違いない。


 私の提案に、ライナスはすぐ同意した。けれどもなぜか、彼は動こうとしなかった。代わりに頬を緩める。怪訝に思った私に、彼は私の後方を指さした。


「フィー、後ろ」


 ライナスの指す方向を振り向いてみれば、アンバーが隙間からのそのそと()い出しているところだった。それからまっすぐ、こちらに向かって走ってくる。知らず知らず、私も笑みを浮かべていた。


 足もとまでやって来たアンバーを抱き上げようと、手を伸ばす。


「アンバー、偉かったわよ。上手に隠れられたのね」

「ミャーウ」


 ところがアンバーは四本の足をバタバタさせ、激しくもがいて私の手から逃げ出そうとするではないか。こんなことは初めてだ。驚いた私が手の力をゆるめると、アンバーは抜け出して地面に飛び降りた。


 そして私を振り返り、アンバーはもう一度「ミャーウ」と鳴いた。それから駆け出す。今度は私から離れていく方向に。


 呆然とする私を尻目に、アンバーは少し離れた場所まで行って足をとめた。そのままうろうろと何かを探すように歩き回る。やがて立ち止まると、壁と地面の隙間に頭を突っ込んだ。そして何やらゴソゴソし始める。いったい何をしているのかと見守るうち、アンバーはしっぽをピンと立てた。


 しっぽを立てたままくるりとこちらを振り返り、再び走ってくる。でもその走り方は、どこか気取っているようにも見えた。口には何かをくわえている。


 そのまま私の足もとまで駆けてきて、くわえていたものをポトリと落としてお座りをした。そこに落とされたのは、今まさに探そうとしていた「裁きの書のしおり」だった。


 アンバーは期待を込めた目で、じっと私を見上げる。


「ミャーウ」


 褒められ待ちである。


 私はしおりを運んできたアンバーを抱き上げ、絶賛を惜しまなかった。


「アンバー、偉い! よく拾ってきてくれたわね。ありがとう」

「たぶん『しおり』って単語に反応したんだろうな」


 ライナスはそう言いながら、アンバーがゴソゴソしていた辺りを見に行った。そしてうめき声を上げる。


「うわ。こんなところに落ちてたのか。これは俺たちでは見つけられなかったかもなあ」

「そうなの?」

「うん。ほら、ここ」


 ライナスが指さす場所を、私も見に行った。アンバーが頭を突っ込んでいたのは、壁沿いにある細い溝のようなところだった。これでは彼の言うとおり、私たちだけで見つけるのは難しかったかもしれない。


 私はアンバーをなでながら、もう一度「偉い!」と褒めておいた。アンバーはゴロゴロと喉を鳴らして、ご機嫌だ。

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