41 可動体の話 (2)
これまでの勇者と聖女は、ほんの二、三人の仲間とともに旅していたものだ。勇者に擬態したところで、聖女と二人きりで接触する機会はなかなか訪れない。ところが今回は、数百人もの仲間を連れているという。
そればかりか今回の勇者ライナスは、聖女グロリアーナを避けている。勇者に擬態さえすれば、聖女には接触し放題ではないか。
今回の聖女ことグロリアーナ王女は、これまでの聖女の誰よりも美しく、純粋で、そして愚かだった。
なんと彼女はこれまでの聖女たちと違い、勇者に擬態した私を、初回の接触時に見抜けなかったのだ。これならば封印水晶の奪取も簡単かに思われた。しかし、そううまくは事が運ばなかった。
「姫、安全のために封印水晶は現地まで預かりましょう」
「いいえ。気持ちはうれしく思います。ですがこれを持ち運ぶのも、わたくしのお役目なのです」
愚かなグロリアーナ王女は、しかし、このことに関してだけは頑なだった。決して封印水晶を渡そうとしない。だから私は、何度も繰り返して接触を図った。親しくなれば油断も生まれるかと思ったのだ。だが、封印水晶は得られなかった。
それでも私にとって、この接触は楽しいものだった。聖女の美しい容姿が気に入っていたし、愚かであっても裏表のないグロリアーナ王女の言葉は心地よかった。
グロリアーナ王女の機嫌をとるために、私は彼女の言葉に異を唱えることはない。
「わたくし、結婚後は領地ではなく王都で暮らしたいわ」
「もちろん姫の望むように」
グロリアーナ王女の中で、勇者ライナスとの結婚はすでに決定事項のようだった。だから私は、決して逆らうことなく話を合わせる。
そして毎回、封印水晶を渡すよう説得を試みた。けれどもやはり、このことに関してだけはグロリアーナ王女は折れなかった。
「姫、やはり封印水晶は預かりましょう」
「ありがとう、でもお役目ですもの」
「封印水晶を持ったままでは、魔王に狙われはしないかと心配なのです」
「大丈夫。だって、あなたが守ってくださるのでしょう? 信じていてよ」
結局は最後まで、グロリアーナ王女から封印水晶を得ることはかなわなかった。だから私は、「最果ての村」で最後の一手を講じておいた。
村での会食のときに、聖女に真剣な表情でこう切り出す。
「姫、魔王戦でお願いしたいことがあります」
「まあ。何かしら?」
「封印するときには、必ずひとりで広間に入ってください」
「あら。聞いていた話と違うわ。隊長からは、護衛と一緒に行くようにと」
勇者に擬態した私は首を振る。
「それは危険なのです」
「どうしてかしら」
「魔王を封印できるのは、天から加護を受けた聖女たる姫だけです。ただびとでしかない兵士と一緒では、失敗するかもしれません」
「それは困るわ!」
私はうなずいて続ける。
「ですから、必ずひとりで広間に入ってください」
「わかりました。でも弱っていても魔王でしょう?」
「大丈夫です。封印するときには、やつは瀕死です」
「わたくしひとりで、本当に安全なのかしら」
「姫には指一本触れさせないと約束しましょう」
「そこまで言ってくださるなら、わたくしもひとりで入ると約束せねばなりませんね」
そして聖女は、花がほころぶように美しい笑みを浮かべた。私が勝利を確信した瞬間だった。
勇者戦では、私のもくろみどおりにことが進む。グロリアーナ王女は、首尾よく本物の勇者ライナスを封印してくれた。
ずっと交流を重ねて機嫌をとってきた私と、交流を怠ったぶっきらぼうな本物とでは、グロリアーナ王女からの信頼は比ぶべくもない。当然の結果である。
ところがこれまでと違い、私にとって、というか魔王本体にとってはひとつ困ったことがあった。グロリアーナ王女と結婚の約束をしてしまったことだ。これまでずっと使ってきた「結婚を約束した人がいる」という口実が、使えなくなってしまった。
ここで無理矢理に行方をくらましたりしたら、素性さえ怪しまれる結果になる。さっさと魔王城に戻って、勇者戦で使い果たしたエネルギーを補給したいところだが、安全には代えられない。
総合的に判断して、ほとぼりが冷めるまで、勇者になりすましたまま過ごすことにした。当然の流れとして、聖女と結婚することになる。
しかしこれが「仕方なし」の判断だったのは、魔王本体にとってだけ。実のところ、私にしてみればこの判断は喜ばしかった。これまでずっと願ってきた「人間社会の中で暮らす」という望みがかなうのだ。しかも一緒に暮らすことになる相手は、私が好感を抱いたグロリアーナ王女だ。
魔王城から王都へ行き、聖女との結婚式を迎えるまでが、私にとっての人生最良の時間だったと言ってよい。
ところが結婚式の場で、私は不意打ちをくらう羽目になる。その場に、本物の勇者と聖女が現れたのだ。それも封印水晶を持って。なんとかだまし切ろうにも、本物の聖女からは「解除」魔法を使われてしまった。勇者戦の直後で弱体化した状態では、「姿写し」のスキルを使って変身し直すこともできない。
想定外の事態に、なすすべもなかった。あえなく私は封印される。
封印されながらも、その一瞬の間に、私はほとんど無意識の行動をとった。婚姻相手の王女を抱き込んだのだ。だって彼女は「死が二人を分かつまで共に生きる」と神殿で誓ってくれた。一緒に封印されてもいいはずだ。どうやらニセモノの聖女だったようだが、ニセモノの勇者とは似合いの夫婦だろう。
こうして、私は封印された。




