18 ボイクート首都
シャーロンの王都を発った後、観光地と調査地点を経由しながらボイクート共和国に向かった。
ジュードお薦めの観光地は、シャーロンの内海にある大きな島。
確かにここは、景色がすばらしかった。シャーロンの王都とは、建築様式がまた少し違うのだ。家屋の壁が真っ白なところは一緒だけど、屋根の形と色が違う。
この島の建物は、瓦ぶきではない。屋根まで漆喰だから、真っ白だ。でも屋根や壁の一部だけ、アクセントのように色を塗ってある建物も多い。不思議とアクセントに使う色は、示し合わせたかのように鮮やかな青だった。
どこまでも続く乳白色の砂浜、ターコイズブルーの海。丘には真っ白な家並みと、アクセントの青い塗装。シャーロンの貴族たちの間で、人気の保養地なのだそうだ。
アンバーも砂浜で大はしゃぎだった。小さなカニや、ヒトデを見つけては、じゃれつく。ただし、大波にさらわれたときだけは、ちょっと焦った。
遠浅だし、泳げるからと、目を離したのがいけなかった。大きな波が足もとまで打ち寄せてきたとき、ふとアンバーの姿を探したら、どこにもいなかったのだ。焦って見回したところ、浅瀬でチャプチャプと泳いでいるのを見つけた。これなら、放っておいても自力で戻ってくるだろう。
ところが、その考えは甘かった。本人は必死に犬かきをして岸を目指している様子なのに、全く近づいて来ない。それどころか、逆にどんどん岸から離れて行く始末。何かがおかしい。
アンバー自身もこわくなったらしい。やがて悲鳴のように、鳴き声を上げた。その間にも、沖へと流されて行く。
「ミャー! ミャー!」
私が海のほうへ足を踏み出しかけたのを見て、ライナスも異変に気づいた。「俺が行く」と言ってザブザブと海に入り、すぐにアンバーを回収してくれた。
「たぶん、引き潮に流されたんだな」
「引き潮」
私は目を見張った。だって潮の満ち引きの違いで流されることがあるなんて、思ってもみなかったから。
「俺もグイグイ足を引っ張られる感じがした」
「こわいわね……。アンバーを助けてくれて、ありがとう」
ライナスにとっては膝くらいの水深でも、小さなアンバーなら溺れかねない。これに懲りたのか、アンバーはその後、波打ち際までしか行かなくなった。足もとまで波が打ち寄せると、あわてて逃げてくる。それはそれで、かわいかった。
船旅には、ジュードが同行してくれた。驚いたことに、なんとリース王国に帰るまで船がチャーターされているからなのだと言う。ボイクートまでだと思っていたのに。
だけどジュードは、なぜだかすまなそうな顔をしていた。
「アムリオンは殿下が手を回してくれたから何とかなるんだけど、ボイクートでは俺、貴族相手にはあまり役に立たないかもしれない。あらかじめ謝っとく、ごめん」
レジナルド王子から船を融通していただいた件は、伯父さま経由でジムさんにも報告してある。あまりご厚意に甘えすぎるのもどうかと心配だったのだけど、ジムさんからは笑い飛ばされたと言う。
「ちゃんと相場のチャーター料金を支払ってるんだから、気にしなくていいよ」
王族が所有する船舶をチャーターするのに、相場なんてあるのだろうか。むしろプレミアがついて青天井になりそうな気がする。でもジムさんに言わせれば、「遊ばせておくより、有効活用できるなら、そのほうがいいに決まってる」のだそうだ。
ジムさんとレジナルド王子は、本当に仲がいいらしい。今回の件についても、二人の間でやり取りしていると伯父さまから聞いた。それを聞いて、やっと安心した。ジムさんが承知した上での話なら、きっと大丈夫だ。
ボイクートへ向かう途中、シャーロンでのもう一か所の調査地点にも立ち寄った。やはり何も見つからなかった。
ボイクート共和国では、ヒュー博士の家でお世話になることになっている。前もって日程を知らせておいたら、「よかったら泊まりにおいで」と言ってくれたのだ。それで、ジュードともどもお世話になることになった。
完全に、田舎のおじさんちに泊まりに行くノリである。実際、伯父だし。泊まりに行く先は、別に田舎じゃないけど。
ヒューバート・セネットと名乗っていると言うから、今でもセネット村に住んでいるのかと思いきや、現在は首都に家を構えているのだとか。研究者として大学に籍を置いているからだそうだ。なおボイクートは共和国のため、「王都」が存在しない。首都は、ただ「首都」と呼ばれている。
ボイクートに到着し、船が係留されるのを待つ間、ライナスと私は甲板から岸を眺めていた。少し探しただけで、すぐにヒュー博士の姿が見つかる。隣には、調査隊に参加した魔獣ハンターの姿もある。アレックスと言う。
ボイクートからは、博士とアレックスの二名が調査隊に参加していた。アレックスにも、博士のところに泊まる予定だという連絡だけしてある。まさか博士と一緒に出迎えに来てくれるとまでは思わなかった。
「ヒュー博士! アレックス!」
呼びかけて笑顔で手を振ると、二人もこちらに気づいて手を振り返す。するとどうしたわけか、アレックスとは反対側の隣にいた人物までが、私たちに向かって手を振り始めた。でっぷりと肥え太った中年の男性。
よくも悪くも、とても偉そうだ。しかも取り巻きがたくさんいる。
「ねえ、ライ。あれは誰かしら」
「さあ」
ライナスは「さあ」と言いながらも、早くもうんざりした本音が声色に出ていた。私も気持ちは一緒。だって、どう考えても面倒ごとの予感しかないんだもの。
さっきはヒュー博士たちの姿を見つけてはしゃぐあまり、見落としていたことがある。博士が私たちに向ける笑顔の中には、どこか疲れがにじんでいた。その疲労をもたらした元凶は、きっとあの偉そうな人に違いない。
ジュードは「ボイクートではあまり手助けできない」と言っていたから、自分たちで何とかしなくては。気持ちを奮い立たせているところへ、船長が声をかけてきた。
「大変お待たせいたしました。到着です。こちらへどうぞ」
タラップに向かって先導される。このとき、ふと思いついてアンバーをバスケットの中から抱き上げた。荷下ろしをしている水夫に声をかけ、バスケットを手渡す。
「これもお願いします」
「かしこまりました」
水夫がバスケットを手にタラップを降りて行くのを、アンバーはじっと見ていた。この手をまた使うことになるかはわからないけど、打てる手を増やしておくのは悪くない。




