02 魔王城、中庭 (2)
お姫さまの話が出たついでに、ライナスは政治の話をしてくれた。
ライナスは王都に発つにあたり、ご領主さまとお兄さまから王家の現状について詳しく聞かされたそうだ。併せて政治の腐敗っぷりについても、具体例つきでこれでもかというほど聞かされたらしい。
元凶は、国王だ。
恋多き王さまなのだそうだけど、その多情ぶりが度を超しているのだとか。愛妾が十人以上と聞いて、二の句が継げなくなった。歴代の延べ人数ではない。今現在の同時進行でそれ。そしてその愛妾たちすべてに政治介入を許しているから、それぞれしたい放題なのだそうだ。要するに、愛妾から甘い声でお願いされれば、法律も慣習も何もかも無視してすべてかなえてしまっている、ということだ。
王妃さまとの間のお子だけで二男五女の七人、それぞれ愛妾たちの間にもお子をもうけておいでだから、王宮には王さまの血を引くお子たちがうじゃうじゃいると言う。うじゃうじゃって……。
王子や王女と呼ばれるのは王妃さまとの間のお子に限られるとは言え、何にしてもお子たちの数が多すぎて十分な教育はできていないようだ。
そんな中でも王太子さまと第二王子さまだけはさすがにきちんと教育されていて、ライナスいわく「父親を反面教師として育ったおかげで、まともな人」らしいのだけど、それ以外の王女さまは下へいくほど教育の質が下がり、わがまま放題に育ってしまっているのだそうだ。
そしてライナスと一緒に魔王討伐の旅に出たのは、末姫さまだった。いろいろと推して知るべし。
ここまでお子の数が多いと、王さまのお子といえども嫁ぎ先の獲得競争は熾烈を極める。なのに条件のよい嫁ぎ先は、どうしたって年齢順に決まっていく。しかも王さまは愛妾の「お願い」に弱いから、正統な血筋の王女さまがたよりも愛妾の娘たちのほうが先に嫁ぎ先が決まっていく始末だ。だから末姫さまは、彼女にとっては破格な条件である「勇者の妻」の座を獲得することに必死だった。
もっともそんな背景を聞かされても、王女さまに同情する気持ちはこれっぽっちもわかない。
まあでも、封印でよかった。
あのけがで、水も食料もなくここにただ放置されたなら、三日ともたずにライナスは死んでいた。封印されていたからこそ、一年近く経っても無事に生きていたのだ。
封印されていた間のライナスは、本人の感覚では眠っていたようなものらしい。
封印水晶の中には、ライナスだけでなく歴代勇者の魂も囚われていた。勇者たちは肉体が朽ちた後、魂になってもなお水晶内に囚われ続けていた。その魂の記憶を、封印されている間の夢の中でライナスは垣間見たそうだ。
勇者たちの記憶は、そのまま魔王の歴史でもあった。
魔王とは、そもそもこの世界に産み落とされた存在ではないらしい。
何かの拍子に異世界から紛れ込んできた、異物だった。
異物であっても、共存できる存在ならば問題なかった。
しかし魔王は違った。直接的に人間たちに害をなすことこそしなかったが、魔獣を生み出した。その魔獣は、既存の生態系を破壊して全世界にはびこっていく。しかもひとつ、またひとつと魔獣の種類を増やしていき、種類が増えるたびに人間たちの受ける被害は大きくなっていった。
魔獣の被害により、とある小さな農業国が滅んだ頃、聖剣が現れた。
これを抜いたのが初代勇者というわけだ。
勇者たちには神聖スキルが与えられるが、これは魔王の持つスキルと同等のものを同じ数だけ与えられる。それに加えて、勇者には魔王のスキルを封じることのできる「スキル封じ」というスキルが与えられる。ただし「スキル封じ」が封じるのは、魔王のスキルだけではない。必ず対になる勇者のスキルも同時に封じられる。ある意味、自爆的なスキルではある。
魔王戦ではスキルを使って戦いつつ、魔王のスキルをひとつずつ封じて弱体化していくのが勇者の役割だ。最後はどちらもスキルをすべて失ってただの肉弾戦になるのだとか。
ただしスキルさえなければ、勇者にとってさほど強い敵ではないから抑え込むことができる。
不死である魔王に対して勇者ができるのは、そこまでだ。抑え込まれた魔王を封印水晶を使って封じるのは、封印役の仕事となる。
初代勇者が封印されたのは、裏切りが原因ではなかった。
純然たる事故だった。
事故というか、封印役が最後の最後でどうしても魔王と勇者を見分けられなかったのだ。それでイチかバチかの勝負に出て、間違った。たぶん間違ったことに気づいたのは、当の勇者と魔王だけだったことだだろう。あるいは他の人間も、いくばくかの疑念を抱いてはいたかもしれない。でも確証は持てなかった。だから間違いはなかったと、自分たちに言い聞かせるしかなかったのだろう。
ただ討伐メンバーが間違ったとしても、家族や恋人など親しい人なら気づいてもよさそうなものだ。そして気づく人がいれば、封印解除だってできたのではないか。
「初代勇者のとき、封印解除のスキルは誰が持っていたの?」
「封印解除のスキルは、誰の記憶の中にもなかったよ。誰にも授けられていなかったのかもしれない。でももしかしたら勇者が知らなかっただけかもしれないし、どっちかはわからないな」
初代勇者との戦いで、勇者に擬態したことで封印をまぬがれた魔王は、これに味を占めたらしい。それ以降の勇者との戦いでは、積極的に封印役を騙す方向に舵を切った。魔王の手口は回数を重ねるごとにどんどん洗練され、ついには封印役を抱き込んで裏切らせるまでになる。それが今回だ。
勇者たちの記憶を重ね合わせると、時代が下るにつれて魔王と魔獣が進化していることが読みとれた、とライナスは言う。初代勇者の時代には、魔王の持つスキルは五個程度に過ぎなかった。魔獣もほんの数種類しかいなかった。現在のように魔法を使う魔獣や、仲間意識を持って集団行動するような魔獣は存在しなかったのだそうだ。
当代の勇者であるライナスは、歴代勇者の中で最多のスキルを得た。
しかしライナスが得たスキルは、魔王のスキルをすべて封じきったときに一度すべて失われた。本当であればそこで魔王を封印して、その後ライナスは勇者としての役割を終えて、身体能力がちょっと高いだけの普通の人間として生きていくことになっていた。
たぶんそれが、天が用意した本来の筋書きだった。
けれどもライナスは魔王の代わりに封印されてしまった。それを私が封印解除したことで、解除の副次的な効果である全回復によりすべてのスキルを取り戻してしまった。スキルを失った魔王と、スキルを取り戻したライナス。もう勝敗は明らかだ。
ただし今回は魔王とのスキルの封じ合いがないから、魔王を封印した後もライナスのスキルは残ることになる。
天にとって、おそらくそれは不都合なことだったのだろう。
この世界に魔王のスキルなど不要だ。
だから今までは何度封印に失敗しようとも、封印を解除する方法はとられなかった。
だけどその不都合に目をつぶってでも、今回はもう封印の失敗が許されないということなのかもしれない。




