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ゆにばす  作者: 鈴索
12/16

12.屋上

 久しぶりの、というほどでもない。いつもの放課後。

 わたしは学校の屋上に続く階段を上っていた。居田さんに呼ばれたのである。

『見てほしいものがあるの』

 凛々しげな、いや、見ようによってはぼんやりした表情で、彼女はそう言った。けさのことだった。

 放課後まで待つあたり急ぐ用件でないのは確かで、しかも時間があったらという条件付き。行かない理由はともかく、行けない理由は特になかった。

「屋上に何があるのやら」

 それとも、居田さん自身に何かあるのか。暇つぶしにあれこれ想像を巡らせつつ、扉の前まで来た。

 ノブをひねると、鍵のかかっていない感触。その直感は正しく、押せば重たいドアはゆっくり開いた。

「鍵、どうやって借りたんだろ」

 疑問もそこそこにいざ屋上へ出ると、ひとつ風がびゅうっと吹き抜けた。

 ……寒い!

「ん、ちょうどよかった」

 身を縮こめていたら、横から居田さんが出てきた。たぶん、風除けのために陰に回っていたんだと思う。

 とはいえ陰は陰で冷えるはずなのに、この冬の寒さをものともしていない様子。表情や素振りに出にくい性格なのだとしても、やっぱり流石だ。

「ちょうどいい、というのは?」

「私も今来たところだということ」

 あ、そういうこと。

「さっそくだけど、あれを見て」

 言われるまま、指差された方を見やる。

 中央になんの変哲もない教室机。その上には拳銃が置かれていた。形から察するに、西部劇で使うようなものではないほう、いわゆるオートマチックって代物だ。

 これがどうしたのかと聞こうとすると、滑らかながらしっかりした人差し指が、今度は宙を向いていた。

 見上げると、もう暗くなりつつある短い夕焼けの空に交じって、真っ青な円盤が縦に浮かんでいた。ざっと数えて十数枚。そのどれもが、不規則な動きを繰り返している。

「ちょうど登校したときに、あの円盤が見えたの。それで気になって」

「私を呼んだ?」

 わたしが引き取った言葉に、居田さんはこくりと頷いた。

「これ、いったい何だと思う?」

「それなら」

 簡単な話だ。

「射的でしょ」

「射的?」

 まるでそんな単語を初めて耳にしたみたいに、居田さんは目を丸くした。それより、あんな小さな的を遠目で視認できる居田さんの視力のほうが、よっぽど驚きに値するものだと思うんだけれど。

「的に全部当てれば、いいことがあるかも」

「うーん……」

 いまだ疑わしげというか、考え込んでいる彼女に代わって、私は机の上の銃を手にとった。

 ずしりと重い。レプリカながらかなり本格的だ。改めて眺めると、銃口には細長い筒のようなものが取り付けられていた。

 とにかく撃ってみよう。

 狙いを動く的に合わせて……合わせて……。

「お、思ったより速いっ」

 試しに何回かトリガーを引いてみたものの、ぱすっぱすっという間の抜けた音が鳴るばかり。当然、的は割れておらず、こちらを煽るみたいに相変わらず不規則に漂っている。

「この銃、不良品なんじゃ……」

「ちょっと、貸して」 

 決心がついたのか、あるいは私のお粗末なガンプレイを見かねたのか。言うや否や、居田さんが私の手から銃をするりと抜き取った。

「本当に、何もないのよね?」

「というと?」

「的を全部割ると悪いことが起こる……とか」

「ないない」

「じゃあ、信じる」

 今度は本当に振っ切れたらしく、持ち手を両手でしっかり支えると、的めがけて迷いなく引き金を絞った。

 銃弾らしくないくぐもった音は私が使ったときと変わらないのに、ちょこまか移動する的が一枚一枚綺麗に砕けて、空中で輝き散ってゆく。

「どうして、作ったのかしら」

 金属とも非金属ともつかない不思議な破壊音を辺りに響かせながら、居田さんは、呟くように言った。いや、実際に独り言だったのかもしれない。

「遊ぶ人を楽しませるため?」

「……楽しいのは、否定、しないけど」

 ぱきん。ぱきん。

「あとは、腕試しとかかな」

「腕試し……」

 ぱきん。

 気が付けば、居田さんの放った一発が、最後の的を的確に撃ち抜いていた。

 すると、どこからともなく小規模な花火が打ちあがり、赤い空の中をほんの一瞬だけ、カラフルに照らした。

「こんぐらっちゅれーしょん」

 花火の中に浮かび上がった文字を、なんとなく読んでみた。達成した本人はというと、ちょっぴり困惑した顔。

「何も、起こらなかった」

「でしょ」

「うん」

「……時間を無駄にさせちゃって、ごめんなさい」

「ぜんぜん気にしてないよ。むしろ、すごい技を見せてもらっちゃった」

 実際、素人技じゃなかった。以前体育の授業で観戦したバレーボールの試合でもエース級のような動きをしていたし、居田さんの身体能力はなんというか超人めいている。見た目、まったく普通の女の子なのに。

 まぁ、それはそれとして。用事が終わったのなら、これ以上身に沁みる寒さの中にいる必要はないわけで。

「帰ろっか」

「えぇ」 

 こうして、屋上の出来事はささやかな思い出として胸にしまい、私たちは学校を帰ることにしたのだった。

「そういえば、屋上の鍵、どうやって借りたの?」

「こっそりと、ね」

「はぁ」

 ……大胆な人だなぁ。

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