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ゆにばす  作者: 鈴索
10/16

10.寄道

 必要なものは難なく購入できた。ノートはノート、たかが紙である。

 いや、されど紙とも言えるはず。少なくとも昔は、こんな風にぜいたくに紙を使える環境ではなかっただろう。

「文明ってすばらしい」

 すぐに家に直帰するのももったいないので、駅の南口を抜け、ほど近い距離に横たわる河川敷をのんびり散歩する。気持ちの良い天気も、それだけでありがたいものだ。

 退屈な"ふつう"こそが、最善で最良。おそらく。

「おーい!」

 誰かがわたしを呼ぶ。そしてそれは、巡の声。

 見下ろすと、川のすぐそばに面する原っぱで彼女が手を振っていた。

 幅広の階段を一つ抜かして跳んで、彼女の元へ向かう。

「偶然だね」

 友人といえども人類の、もっと絞れば街の中の一人。たまたま出会える確率はけっこう低めではなかろうか。

「ここにいれば、会えると思ったんだ」

 柔らかい、としか形容できない笑みで、巡は嬉しそうに答えた。

「会いたかったの?」

「うん!」

「それはそれは」

 いくら長い付き合いとはいえ、こうもはっきり肯定されるとなんとも面映ゆい。いったいどういう生き方をすれば、こんな素朴と素直の権化のように育つのだろうか。永遠の疑問だ。

 しみじみしているところに、巡はわたしの提げていたレジ袋をちらと覗いた。

「それ、本?」

「ううん、ノート。歴史のやつ切れてたの思い出したから」

「言ってくれればあげたのに」

 平気でそういうことを言う。悪事や嫌悪を示すことでなければ本当にやってみせるので、冗談でも軽々しく頼むことはしない。

「もらうわけないでしょ。まったく、おひとよしもそこそこにしないと自分が保たないよ?」

「えへへ、気を付けます」

 下手なごまかしだ。いつも釘をさしているけれど、それこそ糠に打ち込むようなもの。

「うーん、えっと、あれを見てよ」

 露骨な気の逸らし方をするなと呆れつつ、これ以上注意するのも本意ではないので、仕方なく彼女の指差す方を見やった。

 そこ、川の上に架かる橋桁のふもとに、いつぞやのあのアデリーペンギンがいた。

「こんなところにいたんだ」

 円らな黒い瞳と、ずんぐりなのかスラっとしているのか判定しがたいフォルム。忘れようもない。

 そんなアデリー(もう面倒だからこう名付けよう)は、周りを気にする様子もなく、ちょうど空から隠れるところでなにかを作っていた。

「あれは……ロケット?」

「多分、そう」

 第一印象は巡も同じだったようだ。

 太った円錐、あるいはキカイのレンコン。いまいちいい例えが思いつかない。

 とにかく、嘘みたいに雑に作り上げた骨組みに、ぺたぺたとそこら辺の土やらコンクリートめいた灰色、そういった有象無象を張り付けて形にしているのだった。拾っていた傘は、ことごとく分解されて構造の一部と化していた。

 まさに形だけ。見た目はロケットだとして、あれで飛べるのか。

「ペンギンさん、友達になれるかな」

 土手に座り、黙々と進む作業を黙々と眺めること数分。巡が口を開いた。

「なれるでしょ。なんか、敵意とかなさそうだし」

「ほんと?」

「話しかけてみなよ。ここで待ってるから」

 ほとんど一瞬の間をおいて頷くと、巡は雑草を踏み踏みそろそろとアデリーに近づいた。対する向こうは、気にせず造形の手を止めない。

「あのー」

 反応なし。巡は、あちこち動くアデリーのあとをそれこそペンギンのようにつきまとってみたり、あまつさえ体にふれたりしたのだが、これも反応には至らない。ただ、動作の邪魔になるときはあえて避けたりしていたので、こちらが認識されていないわけでもないらしい。

「ダメでした……」

 明らかに肩を落としての帰還。未知との遭遇、そのファースト・コンタクトは残念ながら失敗に終わった。

 いや、ペンギンは未知な存在といえるのか、そもそも最初なのか。

「時期じゃないのかも」

「時期?」

「とにかく、今は都合が悪いってこと」

 ロケット製作に忙しいから、とかではなく。反応できない理由があるのだ。たぶん。

「未紗ちゃんがそう言うなら」

 執着するほどのものごとではなかったらしい。巡もあっさり退いてくれた。

 さて、せっかく会ったのにずっとここにいるのも面白くない。

「ご飯……はまだ早いから、一緒に散歩しない?」

「いいよ。もっとお話ししたいし」

「決まりね」

 休憩は終わり。砂やら葉っぱを払い落として立ち上がる。

 伸びをしていたら、一瞬、目配せのような、そんな視線を感じた気がした。

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