第5狐 「歓迎遠足」 その2
こちらから声を掛けた航太殿と共に山道を登っておりましたが、中腹に差し掛かる辺りから、周囲の森が何やら怪しい雰囲気になって参りました。
何か起きた時に直ぐに対処出来るよう、私達は他の生徒達から離れて歩く事に。
美狐様は航太殿から離れてしまい不服そうでございましたが、怪しい雰囲気に気が付かれて納得して下さいました。
周囲を警戒しつつ遠呂智族からの攻撃に備えて歩いていたのですが、どうやらその必要は無さそうです……。
「ねえ、華ちゃん」
「なあに、咲ちゃん」
「前を歩いている人。華ちゃん知ってるわよね」
「ええ、良く知っているにゃよ。さっきから遠呂智族の下僕を、全部吹き飛ばしているわね」
「流石ねぇ」
「本当に凄いにゃぁ。指しか動かしてにゃいわよね」
華ちゃんと前を歩く娘の動きを感心しながら眺めていると、美狐様もその娘に気が付かれた様です。
「おおっ、咲よ! 前を歩いておるのは、もしや静殿ではないか?」
「左様にございます」
「なぜ静殿がおるのじゃ?」
「恐らく華ちゃんと同じ理由かと」
「おお、左様か。では、挨拶をせなばな」
美狐様の言われている静様とは、狸族で最も位の高い「隠神刑部家」のご息女で、おっとりとして淑やかな雰囲気にも拘わらず、妖力はここに居る誰よりも強いと言われているお方なのです。
「静殿。お久しゅう」
「あら、どなたかしら?」
「美狐じゃ」
「おやまあ、美狐様ですか。随分と変わったお姿をしておいでですわね」
「木興爺が煩そうての。仕方なくじゃ」
「ほほほ」
「そなたも、木興爺からの要請で来られたのかの?」
「ええ、昨日から同じクラスでございますわよ」
「昨日からじゃと?」
「ええ。学校の入学手続きの書類が、いくらでも誤魔化せる状態になっているそうですわよ」
「何と。いったいどうなっておるのじゃ」
「あっ……」
静様のそのひと言で、私は大変なことを思い出しました。
ある事を完全に忘れていたのです。
「ん? 咲よ如何した」
「術を解くのを忘れておりました……」
「ほほほ。天狐の皇女たる美狐様が人族の高校などに入学されるとなれば、何やら凄い理由がおありのはずと、どの種族も姫やら王子やらを次々と入学させておりますわよ」
話をしながら静様が不意に指を向けると、今しがた現れた大きな猪が遠くの山へと飛んで行ってしまいました。やはり、恐ろしきお方です。
「ほほほ。では私は先に参りますので……。あ、そうそう。その入学手続きのお蔭で、お隣のクラスの大半は遠呂智族の縁者になってございますわよ」
「何と。咲よ……」
「てへっ」
その後も静様の協力もあり、遠足は特に何事もなく無事に終わりました。
学校に戻ると直ぐに入学手続きの術を解きましたが、今年の一年生は他の学年に比べると、何故か二クラス分も人数が多くなっている様でございます……。
────
「こむぎおいでー!」
モフモフのこむぎが飛びついて来る。毎晩このモフモフを抱き締められるのが本当に幸せだ。
こむぎも嬉しそうに擦り寄って来て、顔を舐めてくれる。
「ねえ、こむぎ。今日は遠足に行って来たんだよ」
「ケン!」
「凄く楽しかったよ」
「ケンケン!」
「そうそう。咲ちゃんと華ちゃんっていう可愛い女の子と仲良くなったんだよ!」
カプッ!
「こらこら噛みついちゃダメだぞー。それとミコちゃんっていう女の子とも仲良くなったよ。何だか楽しそうな子だったから友達になれそうだよ……うひゃ、何だよこむぎー」
こむぎが顔をひとしきり舐めた後、引っ付いて離れなくなってしまったから、そのまま寝る事にした。本当にモフモフで可愛いワンコだ。
「おやすみー! こむぎ」
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美狐様が航太殿の家より帰って来られました。
いたくご機嫌で、術の解き忘れの件も許して下さいました。
今日は余程楽しかったのか、青い月明かりの下で、月光の妖精であられる銀狐様を呼び出されて戯れられています。
銀狐様は月光の妖精で、日光の妖精であられる金狐様と共に、美狐様をお守りになられているのです。
美しき美狐様の周りを、輝く鱗粉をまき散らしながら銀狐様が跳び回っておられます。何とも美しいお姿でございます。
今宵のお話しはここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
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磨糠 羽丹王