第50狐 「修学旅行は恋の予感」 その6
「な、なんじゃこれは……」
目的地の駅に到着すると一旦解散となり、三時間ほど自由散策になるのですが、駅を降りると大変な事になっておりました。
駅前、いえ街の至る所に『歓迎! 皇女様ご降臨記念大祭開催中!』と書かれたのぼり旗が掲げられていたのです。
それに加え、警備の為なのか辻々に気狐の者達が立っている状態。
木興様が修学旅行をすんなりとお認めになった理由が分かりました。
私達の目的地はこの地域で一番大きな稲荷神社の管轄区域内だったのです。
「これはいかん。咲よ、神社に乗り込んで止めさせるのじゃ!」
言うが早いか美狐様はズカズカと歩き始められました。
理由が分からないまま皆が後を付いて行きます。美狐様が何処かに連れて行ってくれるのだと思っているみたいです。
「ねえ咲ちゃん」
「なあに華ちゃん」
「美狐様歓迎のぼり旗だらけで凄い事になっているニャね」
「ええ、それで美狐様がおかんむりで、神社に乗り込みに行っているのよ」
「あにゃー」
先頭を歩く美狐様に遅れない様に付いて行く航太殿。
航太殿を囲む様に歩く白馬君と鳥雄君。そして白馬君に付いて来てしまった蛇蛇美達も一緒に歩いています。
道々すれ違う気狐達が美狐様の気配にハッとして、次の瞬間航太殿を鬼の様な形相で睨んでおります。
これは間違いなく、木興様からの情報が伝わっているのだと思います。
恐らく航太殿の事は、美狐様をたぶらかす好色な人族の男などと伝えられているのでしょう。しかも遠呂智族の気配のする女まで一緒に連れている有様。何とも困った状況で御座います。
「なあ咲、これ何だかヤバくないか? 気狐たちは殺気立ってる上に、遠呂智族の族長の娘も一緒なんだぞ。何かあったら即戦争じゃないか?」
紅様の言う通りでございました。
余りにも普通に横を歩いているので忘れていましたが、蛇奈ちゃんも一緒だったのです。
「皆さん緊急事態です。ちょっと手伝って頂けますか」
「なになに?」
私の呼び掛けに皆が顔を寄せ、話を聞いて散開して行きます。
私と静様が先頭に立ち妖術で人払いをしながら、他の者が美狐様と航太殿、それに蛇蛇美や蛇奈ちゃん達をしっかりと囲みながら行進を開始しました。
妖術に当てられ潮が退くかの如く道を開ける人々。
人垣の間を高校生の一団がパレードをしながら歩いている感じになってしまいました。
「余計に目立つではないか……」
美狐様がぼやいておいですが仕方が有りません。
そんな中、ひとりだけ何が起こっているのかお分かりでない航太殿が、キョロキョロしながら歩かれています。
しばらくすると、屋台が建ち並ぶお祭り騒ぎの参道を通り抜け、巨大な鳥居を潜り境内へと足を踏み入れました。
すると美狐様が何やら言いたげに私を見つめています。察する事が出来たので、ひと芝居打つことに。
「皆ゴメンねぇ。神主の木興さんに頼まれて、ここの神主さんに届け物があるんだ。皆は適当に待っていてくれるかなぁ。あ、ミコちゃんは付いて来てくれる?」
「「「はーい」」」
ひとりだけ察してない航太殿を連れて、白馬君達が手水舎へと向かいます。もちろん蛇蛇美達も。
その一団を守る様に、他の変化族の者も付いて行ってくれました。
「咲、行くぞ!」
「は、はい」
美狐様が肩を怒らせながら社務所にズカズカと入って行かれます。慌てて後を追います。
「この大騒ぎの責任者は誰じゃ!」
突然の闖入者に、社務所の方々は唖然としております。
そんな中、美狐様の叫び声が聞こえたのか、奥から年配の神主さんが出て来られました。
ですが怪訝そうな表情で美狐様を見つめられております。
「お主か!」
「どなたかは存じませんが、勝手に社務所に入って来られては困ります。どうぞお帰り下さい」
「なっ……ふざけておるのか!」
「高校生がふざけて入って来たのですか? いい加減にしないと警察を呼びますよ」
噛み合わないやり取りを聞いていて、私はハッと理由に思い当たりました。
「み、美狐さま、お姿が……」
「何じゃ、咲? 妾の姿がどうした……おお! そういう事じゃな」
不審そうに見ている気弧達の前で、美狐様が慌てて巫女の姿に変化されます。我々以外の気狐たちは、美狐様が高校に通うお姿は知らないのでした。
皆の前に美しい巫女のお姿の美狐様が現れ、気弧達は目を輝かせます。
「おおおっ! これは美狐様ではございませんか! 皆、頭が高い!」
神主が慌てて平伏すると、周りの気弧達も一斉にそれに習います。
「これは大変ご無礼仕りました。何卒ご容赦に」
「良い。木興爺のせいでこの有様じゃ。気が付かなくて当然じゃ」
「「「ははぁ!」」」
「それよりも、この騒ぎは何事じゃ」
「それはもちろん、天狐の皇女たる美狐様が、我らが管轄にお運びになるとお聞きして。皆一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました」
「ただの学校行事じゃ! この様に構えられると過ごしにくいのじゃ!」
「な、なんと……これは申し訳ございませぬ。されど木興様よりくれぐれも粗相の無いようにと……。特に航太などと言う人族の行動にくれぐれも注意せよと仰せつかっておりますゆえ」
「む、無用の事じゃ! 妾に監視を付けるのは止めよ! 妾は航太殿と楽しく過ごすのじゃ!」
「こ、これは異なことを申される。好色な人族の男の子なぞ、皇女様に近づける訳には参りませぬ」
「それが余計な事と言っておるのじゃ! 窮屈で堪らぬわ!」
「「「は、ははぁ! 申し訳ございませぬ……」」」
美狐様に怒鳴られた気弧達がしょんぼりとしてしまいました。皆、美狐様の事が大好きなのです。
気落ちした気弧達の姿を見て、美狐様も言い過ぎたと思われたのか、穏やかな雰囲気にお戻りになられました。
「すまぬ。強く言い過ぎた様じゃ。許してたもれ」
「有難きお言葉。我ら美狐様をご慕い申し上げるがゆえ、出過ぎた真似を致しました。平にご容赦を」
「左様に畏まられては困るのう……。そうじゃ! 歓迎をしてくれると言うのならば、お願いがあるのじゃが」
「は、はい! 何なりとお申し付け下さい!」
「うむ、妾と一緒の者達に昼食を馳走してはくれぬか。皆それぞれ変化族の高位の者達じゃ。ゆめゆめ粗相の無い様にな」
「はっ! 有難き幸せ。直ぐに手配致します」
「そうじゃ! 遠呂智族の族長の娘も一緒に来ておるゆえ、手厚くもてなすのじゃぞ。決して嫌な思いなぞさせるでないぞ」
「な、なんと大山楝蛇のご息女が共にでございますか……。美狐様の御威光には恐れ入って御座いまする」
「そ、それでは頼んだぞよ。妾は皆の所にその旨を伝えに参るゆえ。後はよしなに」
「「「ははぁ」」」
気狐たちが平伏すると、美狐様は苦笑いをしながら直ぐに社務所を出て行かれました。
後ろ姿を見送った私は、有る事に気が付き急いで追いかけます。
ですが、美狐様は航太殿に会いたい一心で勢いよく駆けて行ってしまわれました。
ああ……美狐様……大事な事をお忘れです。
「航太殿! 待たせたのじゃ!」
「えっ? あっ!」
美しい巫女の姿で航太殿の前に出て行った美狐様。
どうなることやらでございます。
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。




