第49狐 「修学旅行は恋の予感」 その5
「おー! 速いのう。この新幹線とか言う乗り物は凄いのう」
「美狐様、声が大きゅうございます。今どき新幹線を知らないなど……」
「おお、そういうものなのか? 妾は初めてゆえ驚きの連続じゃ」
新幹線の窓に貼り付き、子供の様に外の景色を眺められている美狐様。
まあ乗るのは私も初めてですので、美狐様の事はあまり言えませんが……。
私達は修学旅行に来ております。
新幹線の止まる駅から乗車して、目的地であるスキー場の最寄りの駅へと向かっている途中でございます。
我々変化族は、この様な乗り物に乗る機会はあまりございませんから、皆興味津々でございました。
乗り物と聞いて凹んでいらした静様も、新幹線は全く問題ないご様子で一安心でございますが、宿泊施設までの移動は貸し切りバスでございますので、やはり静様の乗り物酔いが心配でございます。
「それにしても航太殿は遅いのう。まさか乗れなかったとかではあるまいな」
「まさかそのような事はないでしょう」
途中の駅に停車した間に、白馬君と航太殿がお菓子や飲み物をホームの売店に買いに行かれたですが、なかなか戻って来ないのです。
外の景色に夢中だった美狐様ですが、航太殿の事が心配になって来たご様子。
「お待たせ―」
探しに行こうと美狐様が腰を浮かせかけた途端、航太殿の声が聞こえて来ました。
戻って来られた航太殿のお姿に、ヘンテコな眼鏡越しの美狐様の目が輝きます。
「航太殿、心配しておったぞ。無事で何よりじゃ。次からは妾も一緒に行くのじゃ!」
「ゴメン遅くなって。発車ギリギリになっちゃったから、一番近い車両に飛び乗ったら途中の車両で捉まっちゃって」
「はい、これ皆の分」
両手にこれでもかと袋を抱えている白馬君。こんなに大量に買って誰が食べるのでしょう……。
「おお白馬、ご苦労様なのじゃ……うん?」
「「「お邪魔しまーす!」」」
「何か変なのが付いて来ておるのう。途中で捉まったとはこの事じゃな」
白馬君の背後に蛇蛇美と蛇子、そしてもちろん金髪のお嬢さんも……。
でも、その後ろに蛇奈ちゃんを見付けて手を振ります。
蛇奈ちゃんとは文化祭以来ちょっと仲良し。放課後に華ちゃんと一緒にCAFEに行ったりしているのです。
もちろん相手は危険な遠呂智族。用心に越した事は無いのですが、蛇奈ちゃんは族長である大山楝蛇の娘さん。
彼女と接触していれば、大きな脅威が迫った時は何かしら兆候を感じ取れる可能性が有るという事で、木興様からも歓迎されているのです。
まあ蛇奈ちゃんと一緒にいると、そんな後ろ暗い気持ちは何処かに消えてしまうほど楽しくていい娘なのですが。
「ねえねえ、これ飲んで見て! すっごく美味しいから。二人にと思って買って来てたの」
蛇奈ちゃんが対面シートに腰掛けて、イチゴミルクを手渡してくれました。私もすかさず準備しておいたお菓子を取り出します。
「蛇奈ちゃんもこれ食べてみて。めっちゃ美味しいから」
「わーい、ありがとう。咲ちゃん! これ『ベリーベリーとろけてベリー』じゃない! 食べてみたかったの! 嬉しい」
「蛇奈ちゃん、このイチゴミルク絶妙に美味しいニャ! 至福の味ニャー」
私達が楽しくおやつタイムを始めた頃、前の座席では早速諍いが勃発しておりました。
航太殿にくっついて離れない蛇澄美を、美狐様が引き剥がそうとしているのです。
「蛇蛇美! 白馬は連れて行って良いから、こやつを連れてどっかに行かぬか!」
「えー、私達はそれで良いけどぉ、蛇澄美がどうするかは知らないわよ。それに……」
「ちょ、ちょっと待たぬか……よもや蛇澄美が読めない文字を読めて頼りになるとか言わぬじゃろうな」
「はっ? 美狐、何の話? 読めない文字って何の事?」
「あ、いや、何でもないのじゃ……」
「変な奴。まあ前からだけどね」
美狐様が何か複雑そうな顔をされています。どうかされたのでしょうか。
「美狐ー、まあ良いじゃん。皆でお菓子パーティーでもしようぜ! 白馬が馬鹿みたいに買って来てるからさぁ」
「そうよ! 私達だってお菓子沢山持って来たんだから。ねー白馬くーん」
「航太、皆で食べようぜ!」
近くの座席を対面座席にして、お菓子パーティーの始まりです。
航太殿を窓側の席に座らせた美狐様が直ぐに隣に陣取り、対面席には静様と紅様が座られました。
ですが、その二人の間に蛇澄美が割り込もうとしている様です。
「蛇澄美! 人の上に座るなよ。お前、尻がデカイんだよ!」
「No! ベニさーん、ワタシのヒップはBigじゃアリマセーン! ねぇコータ!」
「何じゃと! 航太殿がなぜ蛇澄美のお尻のサイズを知っておるのじゃ!」
「え、いや、そんな事……えっ?」
「うわー、やっぱり航太は好色じゃん。少しは硬派の白馬君を見習いなさいよ。ねぇ白馬くーん」
「煩いわ! お主等は蛇澄美を引き取って、そっちの席で楽しんでおれ」
「お断りしまーす。蛇澄美は私の管轄じゃありませーん。こっちは蛇子と私と白馬君で満員でーす」
何とも騒がしい車内でございますが、喧嘩になるほどの諍いが起きている訳ではないので、放置して華ちゃんと蛇奈ちゃんとで楽しく過ごす事にします。
しばらくすると、別の車両から他の生徒がやって来るようになりました。
男の子達は斜め後ろの席に座っている、陽子ちゃんと桃子ちゃんがお目当て。
貢物の様に沢山のお菓子や飲み物を持って来る男の子達。その目的は観光や宿泊先の部屋に遊びに誘う事。
そこは現役ご当地アイドルと恋愛強者の二人。上手くお誘いを躱しています。
私達の席にも華ちゃん目当てにやって来る男の子達がいますが、満席だから座れません。実は蛇奈ちゃんの横に鳥雄君が座って居るからです。
マッシュルームヘアーで目が隠れているので、見た目はちょっと不気味な感じがするのですが、高音で女の子の様な綺麗な声をしているので、女子の輪に入っていても違和感がありません。
それどころか、普段は無口なのに占いとか心理学とかの話が上手で、三人で喰い入るように話を聞いてしまいました。鳥雄君なかなかの好印象です。
そうこうしているうちに、蛇蛇美たちの席ではゴタゴタが始まってしまいました。
相手は美狐様ではなく、他のクラスの女子が白馬君目当てで沢山やって来ているからです。
女の子達に気を使い一緒に写真を撮ったり、お誘いを受けたりしている白馬君。女の子たちを追い返したい一心で、変顔をして写真に写り込もうとする蛇蛇美たち。
それに対し女の子達が食ってかかり、蛇澄美たちは人族相手に妖術を使う訳にも行かず押され気味。
しでかさないかと様子を伺っていた蛇奈ちゃんは、いつもとは違い困り顔で助けを求める二人を見て、思わず笑い出してしまいました。
そんな賑やかな会話が続く中、前の席に座っている五人の声も聞こえて来ます。
「コータ、これワタシの国のスイーツね! オイシーから食べてミテヨ! オープン ユア マウス!」
「う、うん」
「Oh! No! ミコちゃーん、何でアナタが食べるデスカ!」
「航太殿に“あーん”しようなぞ百年早いわ! しっかし甘いのう。何じゃこの菓子の甘さは」
「オイシイでしょう! コータ! オープン……」
「航太君、はい、あーん」
「航太殿、あーんじゃ」
「航太殿! 口移しで食べさせるぞ!」
四方からお菓子を突き出され困り顔の航太殿。果たしてどうなる事やらです。
「あ! あのさあ、皆は何で時々俺の事を『殿』って呼ぶの?」
「お……おお」
「えっ? そうかしら」
「No! ワタシは、コータデース!」
「細かい事は気にするなって!」
話を聞いていたのか、鳥雄君が驚いた表情をしながら感心した様に頷いていました。どうしたのでしょう。
「……おお、航太君はなかなか良い切り返しをするなぁ。窮地に立たされながら全く違う話題で気を逸らすとか……恋愛の修羅場でも上手く立ち回れる素質があるなぁ……」
鳥雄君の思わぬ呟きに三人で目を合わせます。
次の瞬間、思い切り噴き出してしまいました。初心な航太殿が恋愛の修羅場で上手く立ち回るだなんて……。
「その時の気分じゃ! 殿は嫌かのう?」
「いや、別に嫌じゃないよ。不思議だっただけだよ」
「ならば好きな時に、好きな様に呼ばせて貰うのじゃ」
「あら、わたくしはコウタとシズと呼び合っても良いですわよ」
「おっと、ダーリンとハニーでも良いぜ!」
「Oh! マイベイビーと呼んでくだサーイ!」
「何じゃお主等は! そんなことより航太殿、あーんじゃ!」
「あ……うん」
結局振り出しに戻ってしまった航太殿。
四匹の親鳥に一匹のひな鳥状態で、常に何かを食べさせられております。
これは怒らずに受け入れる航太殿の優しさでございましょう。微笑ましい限りでございます。
そうこうしているうちに、新幹線は目的地の駅へと到着いたします……。
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
いつも読んで頂きありがとうございます!
今話から修学旅行の後編(中編?)になります。
美狐ちゃん達の修学旅行『恋のわちゃわちゃ』を楽しんで頂けたら幸いです!
皆さんの「いいね!」やコメント、☆評価にブックマークが本当に嬉しいです!
これからも『ミコミコ』を可愛がって下さい。
いつもありがとうございます。
磨糠 羽丹王




