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第44狐 「文化祭は大わらわ」 その10

 校庭を歩く航太君を見つめる美狐様の頬を美しい涙が伝い落ちて行きます。

 美狐様が航太君と共に過ごしたいが為に高校に行き始めた事。それが変化族の皆と航太君自身を、命の危険に晒す原因になったのだと悩まれているご様子。


「妾が居らぬ方が、皆が安全で楽しい高校生活を送れるのではないのか? それに航太殿は……妾の事を好きでは……」


「美狐ちゃん……」


「じゃから、妾は……」


 美狐様は何か重大な決心をされている感じがします。

 このままでは高校を辞めるとか言い出しそうな雰囲気。

 そうなると私の楽しい高校生活バケーションも終了してしまいます……。これは何とかしないといけません。 


「み、ミコちゃん。ミコちゃんは航太君の気持ちを確かめた事があるのかしら?」


「うむ……航太殿は全ての女子の憧れじゃ。こんな姿の妾の事など眼中に無い気がするのう……」


「す、全ての女子ぃ?」


 美狐様は航太君を愛するあまり、航太君像が際限なく美化されているご様子。

 ですが、確かに変化女子には人気が有る気が……私も『ウブでちょっと可愛いかも』とか思ってちょっかい出したくなる時もあるし。

 

「そ、そうかしら。航太君はミコちゃんをいつだって見ている気がするわよ」


「左様か。じゃがそれは妾の傍におる静さんや紅さん、咲や華ちゃんとか他の可愛らしい女子達を見ておるのではないのかのう」


 大概の男の子はそうなのかも知れないけれど。ここはそれを認めてはいけない状況。

 

「そんな事は無いわよ。航太君はいつだって美狐様の事を気にしているわよ」


 この場を凌ぐ為に適当な事を言ってしまった気がするけれど、嘘は言っていないはず……。


「そうであったら嬉しいのう……。うんっ?」


 涙が溢れていた美狐様の目が大きく見開かれました。どうしたのでしょう?


「あ、あれは……」


 美狐様の視線を追うと、そこには相変わらず航太君の姿が。

 ところが航太君は両手を大きく広げて、飛び跳ねながら手を振っていました。その手を振っている相手は……。

 美狐様が立ち上がり、手すりを乗り越えてしまいそうな勢いで手を振っています。もちろん相手は航太君。

 そして航太君は美狐様としばらく手を振り合うと、渡り廊下の屋上に続く階段へと駆け込んで行きました。


「こんなに遠くにいる妾を見付けて下さった! こんなに大勢の中から妾を……」


 振り向いた美狐様は、満面の笑顔でポロポロと涙を流されていました。

 先程とは違う種類の涙。何とも麗しい涙。

 天狐の皇女である美狐様は、何と可愛らしい女の子なのでしょう。

 この一途な恋を見守る為なら、どんな事だってしたくなってしまいます。

 



「ミコちゃん、さっきは迷惑を掛けて……えっ?」


 航太君が屋上の扉を開けて入って来るや否や、美狐様は両手で顔を覆ったまま、航太君の胸に飛び込んでしまいました。

 航太君がどうして良いのか分からずに固まっています。


「ど、どうしたの、み、ミコちゃん。だ、大丈夫?」


 航太君の問い掛けに、美狐様は胸に顔を埋めたまま、黙って首を振っています。

 初心うぶな航太君に、今の美狐様の気持ちが分かるはずもなく……。


「航太君が心配だったんじゃない? 目の前で急に倒れたから」


「あ、そうか。しっかり休んだから熱中症はもう大丈夫。心配掛けてごめん」


 美狐様は首を振るばかりで何も言いません。きっと込み上げて来るものがあるのでしょう。


「航太君、こういう時は黙って胸を貸しておくのが……良い男よ」


 流し目をしながら頬をつつくと、航太君は照れて真っ赤になってしまいました。

 初心な男子にちょっかいを出したくなる気持ちをグッと押さえて、この場を立ち去ろうとした時でした……。


「ああ! ミコちゃん!」


「ミコ! 抜け駆けか!」


 良い雰囲気のまま立ち去ろうとしたら、静ちゃんと紅ちゃんが飛び込んで来ました。あらあらでございます。


「あっ……静ちゃん、紅ちゃん。こ、これはね……」


「では、わたくしも……」


「航太君、生きてまた会えたね!」


「えっ?」


 静ちゃんは航太君の背中に顔を埋め。紅ちゃんは肩に頭をもたれかけて寄り添っています。それぞれ何やら想いがあるのでしょう。

 三人の娘に囲まれた航太君は、突然の事に対応できずキョロキョロしています。やっぱりウブで可愛らしいかも……。


「航太君、こういう時は胸と背中と肩を黙って貸しておくのが……もっと良い男なのよ」


「あ、う、うん……」


 ────


 陽子ちゃんから状況を教えて貰った私と華ちゃんは、頃合いを見計らい皆に声を掛け、渡り廊下の屋上に集まる事に。

 クラスの皆が屋上に集まり、買って来た模擬店のお好み焼きや焼きそば、クレープにみたらし団子と飲み物などを持ち寄って楽しく過ごしました。

 その後、教室の後片づけは明日という事で、航太殿には打上げ会場のファミレスの場所取りをお願いします。変化族の大人たちがたむろする教室に戻って頂く訳には参りませんので……。


 変化族の大人たちが楽しむお化け屋敷も、文化祭終了の時刻になり、そろそろ閉店です。皆でお化け屋敷前の廊下に集まりました。

 するとそこには亡者の如く虚ろな表情で歩く人族の列が……。

 本校舎に戻る廊下の手前で、その方々に気狐や遠呂智族の者達が何やら術を掛けています。

 どうやら『忘却の術』を掛けているみたいです。いったい何事でございましょう。

 そして最後の人族が『忘却の術』を掛けられ、狐に抓まれた様な表情をしながら廊下の先へと消えて行くと、ダンディな大山楝蛇や大天狗様、隠神刑部様に木興様が教室から出て来られました。


「「「「楽しかったのう!」」」」


 大人たちは額にうっすらと汗をかきながら、皆満足そうな笑みをこぼしております。

 その中でも、ひときわ満足そうな大山楝蛇の元へと、娘の蛇奈ちゃんが詰め寄りました。


「お父さん、これは何なの? 何で忘却の術とか使っているわけ?」


「ん……いや、まあ、興が乗って来てな。互いにどんな術が使えるのか競い合っていたんだよ」


「どんな術って?」


「うーん、それは色々だ。延々とお化けに襲われたり、鬼だらけの地獄に落ちたり、他には異世界に飛ばされて、そこで数十年暮らさせたり……」


「な、何て事してるのよ! やり過ぎでしょう!」


「いや、だから全て忘れさせてやったじゃないか。人族の者は怖い事は何も覚えてないぞ」


「そういう問題じゃないでしょう……」


「いやー、大山楝蛇殿のあの術は凄まじかったですな! あんなに驚いて逃げ惑う人々を久し振りに観れましたよ。まあ、こちらも負けじと頑張ってしまいましたがな」


「はっはっは、隠神刑部殿のあの妖術。あれを使う方法をご教授頂けませんか? あれは面白い!」


 満足感に浸り、満面の笑顔を浮かべる大人たち。


「こんなに楽しい事は久し振りですな。これから先も文化祭は『お化け屋敷』をして貰わねば!」


「おお、娘達頼んだぞ!」


 余りに身勝手な物言いに、珍しく遠呂智族女子と想いが一致し、皆でハモリながら言い返しました。 


「「「「「二度としないわよ!」」」」」


 娘達に学校から叩き出される様にしながら、大人たちは楽しそうに帰って行きました。

 どうやら大人たちは繁華街に繰り出して打上げをするみたいでございます。

 すっかり大人たちの楽しみの出汁だしに使われてしまった私達の『お化け屋敷』。

 その勝敗の行方は……もちろん無効でございます。


 大人たちから追加徴収した軍資金で、皆でファミレスで打ち上げです。

 蛇蛇美達の席に白馬君を座らせたお陰かどうかは分かりませんが、蛇澄美ちゃんが航太君に抱き付きに来る以外のいさかいは起こらず。大人たちの悪口を言い合いながら楽しく過ごす事が出来ました。


 ――――


「美狐様、お帰りなさい」


「おお、咲よ。帰ったぞ」


 白狐姿のモフモフの美狐様が嬉しそうに帰って来られました。

 陽子ちゃんから聴いた話では、今日はとても良い事があったそうでございます。打ち上げの時もご機嫌だった美狐様。

 航太殿の家も余程楽しかったのでしょうか。ウキウキされています。


「何か良い事でもあったのですか」


「そうなのじゃ! 妖気を上手に使うと、人は引き寄せられると聴いてのう」


「はあ……」


「航太殿をじっと見つめながら、妖気をそっと漂わせたのじゃ」


「なんと! それからどうなったのですか?」


 私はまさかの展開にドキドキしてしまいます。


「妾の名を呼びながら、しっかりと抱き締めて……その後も離して貰えなんだ」


「ええっ! 何と呼ばれたのですか! 美狐? それともミコちゃん?」


「うん? 『コムギ』じゃが」


「……それ、いつもと一緒じゃないですか」


「ほっほっほ」


 美狐様は社務所に向かいながら、美しい人族の姿に変化されました。

 その麗しいお姿で振り向かれ。澄み渡る様な笑みをお見せになられます。


「この姿も覚えておられたぞ。『ねえ、コムギ! 今日は夢の中で人生で一番美しい女性に会ったよ。ああ、あんな女性をお嫁に欲しい』とおっしゃられた。妾は嬉しくて、航太殿の顔がなくなるくらい舐めて差し上げたぞよ」


「美狐様……」


 結局いつもと何ら変わりのないお話でしたが、美狐様が楽しく過ごされているから良しと致します。

 不機嫌な顔より嬉しそうな美狐様を見ている方が幸せでございますから。




 美狐様が寝所に入られた頃。境内を横切る黒いモフモフが目に入りました。

 あれは間違いなく静様。こんな時間にあの様なお姿で何処に?

 次の瞬間、答えが思い浮かび絶句してしまいます。

 静様の行動にドキドキしていると、鳥居の上に何やら気配が……。

 見上げると、そこには艶やかな紅様のお姿がありました。


「……そっか、私はモフモフじゃないけれど、気配を消して忍んで行けば、いつでも航太殿と添い寝出来るじゃん……」


 紅様の不穏な呟きが聞こえて参ります。

 何とも大変な文化祭は終わりましたが、航太殿の家へと忍ぶ二人の変化乙女達に加え、すっかり航太殿にご執心の美少女蛇澄美ちゃん。

 ご機嫌の美狐様のお気持ちとは裏腹に、これから先も皆から目が離せません……。




 今宵のお話しは、ここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。


『ミコミコ』を読んで頂きありがとうございます!


今回の「文化祭は大わらわ」は如何だったでしょうか?

面白く描けていましたら幸いです。


皆さんの「いいね!」やコメント。☆評価にブックマークがとても嬉しい今日この頃です。

これからも『ミコミコ』を可愛がって下さると幸甚です。


いつもありがとうございます。


磨糠まぬか 羽丹王はにお

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― 新着の感想 ―
[一言] 大人たちが出てきて子供たちの自主性やらクリエイティビティの類が全部吹き飛ばされることって、たまにありますよね…みこちゃんたち、災難でしたね…でもお金を巻き上げられたのはよかった…のかな?と思…
2023/02/14 21:10 退会済み
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