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第42狐 「文化祭は大わらわ」 その8

 緊迫した空気の中、突然襲い掛かって来た大山楝蛇おおやまかがち

 私は身がすくんで動けず、美狐様や華ちゃんの助けも間に合いそうもありません。目をつぶり訪れる衝撃を覚悟しました……。


 長い長い静寂の時間。痛みや衝撃は未だ感じません。もしかしたら私は痛を感じる間などないまま……。

 そして美狐様の傍にお仕えしていながら、この様な時に目を瞑ってしまい、脅威に抗う事すらできなかった自分の未熟さを恥じておりました。


「貴女が咲さんか?」


 後悔の念に苛まれておりますと、誰かに優しく声を掛けられました。

 うっすらと目を開けると、そこには人族に変化したダンディな叔父様が立っています。叔父様は私に微笑んでいました。


「咲さんなのですね」


「は、はい……」


 大山楝蛇おおやまかがちが迫っていた所に、突然現れたダンディな叔父様。訳が分からず私も人の姿に変化致しました。

 すると叔父様が急に手を握って来たのです。


「あ、あの……」


「うちの娘が大変お世話になっています!」


「えっ? 娘?」


 更に訳が分からなくなってしまいました。

 目の前に大山楝蛇おおやまかがちの脅威が迫っていたはずです。

 それなのにダンディな叔父様に……その娘がお世話に?


「ちょ、ちょっとお父さん! 何やってるの!」


 深々と頭を下げる叔父様の横に、いつの間にか蛇奈ちゃんが立っていました。

 お父さん?


「いや、娘の蛇奈がクラスの実行委員とかで大変お世話になっているそうで。今回も揉め事になりそうな時に良いアイデアを頂いたと聞いています。本当にありがとう」


「え……あ、はい、こちらこそ……」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃん! 大体お父さん達は、こんな時に何しに来たのよ?」


 あっけに取られ言葉を発する事を忘れている私の前で、蛇奈ちゃんが叔父様の背中をバシバシと叩いています。

 えーと、お父さんという事は……大人しいアオダイショウの変化族だと思っていた蛇奈ちゃんは……何と遠呂智族の族長の娘さん!

 極度の緊張から解放された事もあり、思わず膝から崩れ落ちてしまいました。

 

「おお! 蛇之吉殿に蛇郎丸殿か! 久しぶりじゃのう」


 木興様の嬉しそうな声がする方を見ると、先程の見覚えのある大蛇が人の姿に変化して楽しそうに話をしています。

 片方の叔父様は夏にお世話になった旅館の蛇之吉さんで、もう片方の蛇郎丸さんの袖を蛇蛇美が引っ張りながら話をしています。

 そして現れた他の変化族の大人達も、次々と人の姿に変化して行きました。

 同時に凄まじい妖気の渦も治まり、教室内の雰囲気も和やかに……。これはいったい何が起こっているのでしょうか。


「木興爺! 何じゃこれは!」


 いつ間にか人の姿に戻られた美狐様が、木興様に激しく詰め寄られています。

 静様や紅様も、お父上や大天狗様の元へと赴かれ、話を聞いているご様子。

 その後、この事態の理由を説明され、私達も蛇蛇美達も全員へたり込んでしまいました……。


 ――――


「大騒動にならずに人族を驚かせることが出来るとは、これほど楽しい事はありませんのう」


「ああ、本当に久しぶりに、思い切り人族を驚かせて楽しめるわい」


「最近は写真だ動画だとか、迂闊うかつに妖術を使って人族を化かせなくなりましたからなぁ」


「肩身の狭い世の中になったものじゃ」


「さあさあ、今日は皆で心行くまで楽しみましょうぞ!」


「たまには変化族同士仲良くな!」


「はっはっは、負けませぬぞ! 人族を震え上がらせてやりましょうぞ」


 強い妖力を持った大人達が集合した理由は『お化け屋敷で思い切り人族を脅かしたい』という事でございました。

 どうやら、この文化祭でのお化け屋敷が決まった頃から、大人達でこっそりと準備をしていた様でございます。

 美狐様がお化け屋敷の準備中に感じていた妖気は、これが原因でございました。


 大人たちが楽しそうにブースを陣取り、私達生徒は手狭という事で廊下へと出されてしまいました。

 変化族の大人たちが楽しそうに談笑するなか、廊下に出された私達は途方に暮れています。

 

「こんなに凄まじい妖気を漏らしておっては、人族は近づいて来ぬわ!」


 美狐様が廊下へ出られる間際に、腹立たしげに文句を言われておりましたが、大人たちからは笑いが起きるだけでした。


「おやおや、天狐の皇女様とは思えぬお言葉。妖力を上手く使えば、人族なぞフラフラと引き寄せられて来るものですよ。昔から人族は妖力には弱い種族なのです」


「いかにも! おひい(お姫)様、昔話でも人族はフラフラと良く騙されるじゃろう」


「なんじゃそれは!」


 美狐様が木興様に食って掛かられておりましたが、ダンディな大山楝蛇おおやまかがちと木興様の説明で言い返せなくなってしまわれました。

 そしてその言葉の通り、渡り廊下の向こうからお客さんが列をなして来場し始めたのです。

 私達は午前中に十分楽しんだという事で、ファミレスでの打ち上げ代と合わせて、多すぎる程のお小遣いを渡され、文化祭を楽しんで来るようにと体良ていよく教室から追い出されてしまいました……。


「咲よ、こうなっては仕方があるまい。皆自由に行動せよ。妾は少々疲れた故、渡り廊下の屋上で風に当たりながら少し休んでおるわ」


「ですが、おひとりでは危険……ではありませんわね」


「そうなのじゃ。今日は妾の人生で一番安全な日かも知れぬ。じゃから妾の事は気にせず、皆好きに楽しんで参れ」


「分かりました、皆にそう伝えます」


 本当はお傍にいたいと思ったのですが、何やらおひとりになりたいご様子。皆にもそう言い含め一旦解散致しました。

 私は華ちゃんと手を繋いで文化祭の出し物巡りへ。生死を分ける緊張感と覚悟の後だからでしょうか、二人でひっついて離れる事が出来ませんでした。

 そして途中ですれ違う変化族の者達も、今日は何だかとても嬉しそうです。


 ――――


「あら、美狐様はこんな所でおひとりですか?」


「おお、陽子殿か」


「どうされたのですか? 背中が寂しそうでございますわよ……」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。


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