第４１狐 「文化祭は大わらわ」 その７
思わず四肢を屈せねばならぬ程の凄まじい妖気に包まれた大教室。
遠呂智族どもの背後に、その元凶が現れたのです。そこには凄まじい妖気で姿が揺らぐ大蛇の姿が。
いくつもの頭が鎌首をもたげる幻影の如き大蛇の姿。
その姿を、赤いくま取りに七色の妖気を纏う白狐の美狐様が鋭く睨まれております。
「その姿……大山楝蛇か……おのれ」
鋭い眼差しで、妖気で揺らぐ大蛇の姿を捉えておいでの美狐様。
そのしなやかな四肢が、いかようにも動ける様に構えられているのが見て取れます。
輝く七色の妖気を纏う天狐のお姿に、この様な時ではございますが、神々しきお姿に改めて畏敬の念を抱かずにはおられませぬ。
「美狐様、お下がりあれ」
その美しき美狐様の前へと青みがかった妖気を迸らせる、こげ茶の肢体に黒いくま取りが雅で美しい静様が立ち塞がります。
隠神刑部家の子孫のなかでも、最強の妖術を操ると言われている静様。こちらも麗しきお姿でございます。
「我が天狗族の神通力、とくとご覧に入れましょう。美狐様、紅天狗の後ろにてご覧あれ」
静様と並ばれ美狐様をお隠しになる紅様。漆黒の翼を大きく広げられ、その手には妖気漂うカエデの葉が握られております。
その艶やかなお姿は妖艶でありながら、その身より発する赤き妖気は、天狗族の代表として美狐様の元へと遣わされた者に相応しき力を秘めておいででございました。
そして私の横には、ピリピリとする妖気を発している美しき三毛の妖猫が、大山楝蛇の発する凄まじい妖気に屈せずしなやかに四肢を保っています。
華ちゃんの凛々しい姿に勇気を貰い、這いつくばっていた私もしっかりと立ち上がりました。他の気狐達も力を振り絞り起ち上がります。
臨戦態勢の私達の姿に、蛇蛇美たち遠呂智族も蛇の姿へと変化し、ゆらゆらと鎌首をもたげ始めています。
ですがそこには余裕の雰囲気が漂っておりました。
それもそのはず。天狐である美狐様を始め、屈強な変化族の者が集まってはおりますが、相手は遠呂智族の族長……八岐大蛇である大山楝蛇。
美狐様のお命をお守りするのがやっと……いえそれすらも危うい状況なのでございます。
「これ皆の者、妾が前より下がりて、この場より逃げ延びよ。あ奴の狙いは妾じゃ。天狐の皇女として一騎打ちにて討ち果たして見せようぞ」
「美狐様なりませぬ！ その様な事、誰が納得致しますでしょうか」
「そうですわよ。私が大山楝蛇を討ち滅ぼし、隠神刑部家末代までの誉れと致しますわ」
「私達は強いニャよ！ この爪で鱗ごと引き裂いてやるニャ！」
「このまま立ち去っては天狗族の名折れ。一族の者に合わせる顔がなくなるわ！ あ、でも航太殿を貰って良いのならば、やぶさかでは無いがの」
「それはならぬ。妾は航太殿に再び会う為に、這ってでも生き残ってみせようぞ」
「ふふふ、美狐様その意気でございます。わたくしも同じ気持ちでございますわ」
「美狐様はそうじゃなきゃ面白くないな！」
「何じゃお主等は」
「ふははははははは！」
教室内に大きな笑い声が響き渡りました。大山楝蛇が発する邪悪な笑い声。皆一斉に身構えます。
場の空気が張り詰め、いつ戦いが始まってもおかしくない状況に。
「よっこいしょっと」
その時でした。私達の背後から聴き慣れた声がしたのです。
振り向くと、そこには木興様のお姿が……。
「「「木興様！」」」
「ん？ 皆どうした」
我々気狐達の声に木興様が驚かれています。
「木興様、遠呂智族が……」
「よいやっ！」
木興様に状況をお伝えしようとすると、今度は横から大きな声が聞こえ、大狸の姿が現れました。
「お父様！？」
突然現れた大狸の姿を、静様が驚いて見つめておいででした。
そうなのです。現れたのは隠神刑部家の現当主である静様のお父様でございました。
皆が驚いていると、今度は反対側から一陣の風が吹き、大山楝蛇の妖気を吹き飛ばすような、強烈な闘気が押し寄せて来たのです。
「あっ！」
あわてて反対の方を見ると。一本歯の下駄に乗り、筋骨隆々の天狗族の者が腕を組んで立っていました。
この方は天狗族の族長であり、恐らく変化族で一番強力な神通力を持つ大天狗様でございます。
大天狗様の発する闘気が教室中を包み込み、鎌首をもたげていた遠呂智族の者たちの殆どが伏せてしまいました。
「これで形成は逆転じゃ！」
美狐様の声に皆が歓喜しますが、今度は遠呂智族の強力な妖気を纏った者共が姿を現し始めたのです。
ですが、こちらも大人の気狐達や変化族の者達が姿を現し、教室の中はとてつもない妖気が渦巻く状態になってしまいました。
そのせいで力の及ばない気狐や遠呂智族の者が気を失っています。
そんな時に見覚えのある大蛇が姿を現しました。あれは確か……。
「咲よ、気狐達を連れてこの場を離れよ。これだけの者どもが揃えば問題ない。むしろ足手まといになるやも知れぬ」
「はい！」
「サキぃぃぃー？」
その時でした、大山楝蛇の呪詛の如き声が聞こえて来たのです。
そして次の瞬間、何と私に向けて大山楝蛇が飛び掛かる勢いで迫って来たのです。
突然の襲撃で余りの恐ろしさに身が竦み、全く動けません。
「おのれ！」
美狐様が素早く動かれましたが、とても間に合うタイミングではありません。
傍にいた華ちゃんも反応してくれたのですが、大山楝蛇の凄まじい速度に及びません。
私は目を瞑り、間もなく訪れるであろう衝撃に備えました……。
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
