第3狐 「入学」
稲荷神社の境内に月明かりが差し込む頃。明日から始まる高校の準備をしていると、美狐様に見咎められてしまいました。
「咲よ。何でおぬしまで制服を着ておるのじゃ」
「木興様にお供をせよと仰せつかりましたので」
「無用の事じゃ」
「そういう訳には参りませぬ。結界の外ゆえ遠呂智どもの事もございますれば」
「ふむ、左様か。されどお主の変化は、わらわより少し綺麗ではないか?」
美狐様が私の変化した姿を、まじまじと見つめられています。
「滅相もございません。例え少々不細工に変化されたお姿であっても、美狐様の見目麗しきお姿に変わりはございませぬ」
「ふむ。そういうものかのう。航太殿は私に添うてくださるかのう」
「もちろんでございます! 何者であっても美狐様の魅力に抗する事など出来ませぬ」
「そ、そうかの! されど咲よ、制服のスカートの丈が妾と比べて随分と短くはないかのう」
美狐様は私が着ている丈の短いスカートを気にされている様です。
「人族はこのスカートの丈が長き者ほど、身持ちが固く美徳とされておりまする」
「おお、左様か!」
「はい。わたくしは美狐様と航太殿をお守りする為に、動き易くせねばならぬゆえ、致し方なくこの様に丈を短くしておりまする」
「ふむ。妾のせいで、咲を遊女の如き姿にしてしまい、いと済まぬことじゃ」
「滅相もございませぬ」
木興様がわたくし達の話しを聞きながら、大きく頷いておられます。美狐様に指示通りのご説明を申し上げました。
心が痛むけれど、”美狐様を一刻も早く人族から遠ざけよ”とのご命令ゆえ、致し方ないのです。
明日から高校とやらの生活が始まります。
気を引き締めて美狐様をお守りせねばなりません……。
────
入学式も無事に終わり、教室ではまだ見知らぬ者も多く、それぞれの知り合いが集まり話をしている様です。
美狐様の傍に控えて周りの様子を伺っていると、可愛い女の子が私を見付けて近寄って来ました。
美狐様も気が付かれたご様子。起ち上がって手を振っています。
「おお! これは華さんではございませぬか」
「え? 誰」
「妾じゃ! 美狐じゃ!」
「みこ……? ええええ! 美狐様ですか!」
「そうじゃ。久し振りじゃのう。して、華さんがなぜ高校におるのじゃ?」
「ええ、木興様から連絡があって。咲ちゃんと一緒に入学して、手伝って欲しいと云われましたので」
「手伝いとな」
「はい。共に遠呂智族と戦うと云われました」
「猫神候補のお主と一緒にか?」
「ええ。敵が遠呂智とあらば猫神の一族も参戦しますわよ」
「左様か。では、よしなに」
「はい、美狐様! それにしても、美狐様はいつもの麗しきお姿とは違い、随分と不細……モゴモゴ……」
慌てて華ちゃんの口を押えて、教室の隅へと引きずって行きました。
突然の事に、華ちゃんは目をパチクリさせています。
「華ちゃん。やんごとなき事情が有るから、美狐様の容姿については一切口にしないで頂戴」
「……ニャンで?」
この娘の名前は華ちゃん。
猫神候補の妖猫で、私の昔からの仲良しです。
木興様は、信頼の於ける他種族にも応援の依頼をなされました。
表向きは皇女の美狐様を狙う遠呂智族へ対抗するため。その実は、航太殿が魅力的な女性に魅了される姿を見て、美狐様に人族に懸想するのを諦めて貰うためなのです。
「おい! あの二人可愛いな」
「おお、マジで可愛い!」
「しかし、あの二人と話していた女は酷いな。何だありゃ? スカートの裾は床に付きそうだし、おかっぱで変な眼鏡で不細工だし……」
「おい、あまり見るな。憑りつかれそうだぞ」
同じクラスになった人族の男どもが、教室の隅で話している私達を見て、何やら興奮している様です。
私の事は分からないけれど、華ちゃんは超美人さんです。
三毛猫の姿に戻っても”妖猫界で最も美しい”と言われている程なのです。人族の男などイチコロでしょう。
それはそうと、美狐様へ対する失礼な発言も聞こえてきました。
あの者達には後でしっかりとお灸を据えておかねばなりません……。
それにしても、美狐様は航太殿を見過ぎでございます。
あれでは航太殿に懸想している事がバレバレです。恋のテクニックとしては下の下。
木興様の命令には反するけれど、恋する美狐様を応援したい気持ちも湧いてしまうのでした。
────
その夜、木興様の部屋に呼ばれ学校での報告を行いました。
「咲よ如何であった」
「はい。美狐様はクラスで一番の不細工女と言われております」
「よしよし。このまま上手く事が運ぶよう頼むぞ」
「は、はい。承知致しました……」
裏工作の事など何も知らない美狐様は、今日も白狐のお姿で嬉しそうに航太殿の家へと向かわれました。
何とも複雑な気持ちで美狐様を見送ります。
今宵のお話しはここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。