第38狐 「文化祭は大わらわ」 その4
「「「ありがとうございました!」」」
「おう! しっかり楽しめよ」
変化族の大人たちが大工仕事で作って下さった『お化け屋敷の設備』が出来上がりました。
普段は授業に使われない大教室に、かなりのサイズのお化け屋敷が設営されたのです。
これからそれぞれの分担箇所に、追加の暗幕や細工を施して完了でございます。
あとは皆のお化けメイクや脅かすタイミングの練習。
最初はどうなるかと思いましたが、何となく盛り上がって来ました。
「ふむ、航太殿の担当場所は四人じゃな」
「ええ、そうしましょう」
「問題無し!」
美狐様の提案に静様と紅様が同意されました。
誰かが二人きりになると諍いの元になるとのご判断。
航太殿を独占したいはずの美狐様にしては、なかなかの配慮でございます。
それに遠呂智族の面々が目と鼻の先に居る状況。何か起きた時に美狐様をお守りする為にも、お二方が傍に居る方が安心でございます。
他の場所はくじ引きで担当場所を決めて、それぞれ持ち場の練習を始めることに。教室のあちらこちらでメイクや練習が始まりました。
ですが、わざとらしくメイクをしているのは、ただひとり航太殿の目をごまかす為でございます。
変化族はわざわざメイクをするまでもなく、妖術で大概の事は出来てしまうのです。
お化け屋敷をする二クラスは、航太殿を除いて皆変化族。蛇蛇美達ですら、航太殿が居る時と居ない時とでは気の使い方が変わります。
古来より我々変化族はその存在をしっかりとは確認されてはならないのです。
理由は存じませんが……。
「航太殿、これはどうじゃ?」
楽し気な声が聞こえていたので、美狐様達がいる暗幕の中へと顔を覗かせました。
何とそこには、狐と狸と烏天狗の顔をした女性が三人。
「うーん、紅ちゃんのはちょっと怖いけど、ミコちゃんと静ちゃんのは可愛らしいかなぁ」
「おい! 二人とも真面目に怖いお面にチャレンジしろよ! ズルいぞ」
「お主はその胸元を隠さぬか! まあ、面と不釣り合いで不気味ではあるがのう」
「だろ! 色気も怖さも私が一番だな!」
「では、これではどうじゃ!」
「では、わたくしも!」
一瞬だけ後ろを向かれた美狐様と静様が、新たな顔を付けられていました。
美狐様は能の舞に使う様な白い狐のお面。静さまは翁の面を付けておいでです。
白装束と相まって確かに怖いかもしれません。
「うんうん、ちょっと怖いかも……」
そういう航太殿は、額の真ん中に大目玉が描いて有るだけ。これは物足りません。
そのうち誰かが何とかするでしょうから何も言いませんが……。
その時、暗幕が擦れる音がしたので、そちらを見るとピエロのお面が宙に浮いていました。
皆黙って見ていますが、特に動きはありません。
「Oh! 何でみんな驚かないデスカー? コータに驚いて欲しいデース!」
「何じゃ、蛇澄美か。お主何をしておる」
「ピエロのお面で皆を驚かせてイマース! でも、みんな驚かないネ……」
「蛇澄美ちゃん、ピエロは楽しいイメージしかないかも」
「Oh! コータ、そうなのデスカ? ワタシの国では子ども達が震えあがりマース」
航太殿の返事を聞いた蛇澄美ちゃんが暗幕を開いて入って来ました。
「あっ……」
「ぐぬぬぬ」
「何だよ、私もそれにしようかなぁ」
外の光を背に受けて暗幕に入って来た蛇澄美ちゃんは、何と全身黒タイツ姿でございました。それはそれは見事なスタイルでございます。
「コータ! 私と一緒にオバケになって驚かそうヨ!」
しかも蛇澄美ちゃんはその姿で航太殿に抱き付き、密着し始めたのです。
光に照らされた航太殿の嬉しそうなお顔は頂けませんが、蛇澄美ちゃんは三人のお面を付けた怒れる乙女達に直ぐに引き剥がされ、暗幕の外へと連れ出されてしまいました。
「蛇澄美! お主のクラスはあっちじゃ! 蛇蛇美も目を離すでない!」
「全く油断も隙もありませんわね」
「……いっその事、私は全身網タイツに……航太殿はいちころじゃな……」
若干一名怪しい発言をしている方がいらっしゃいますが、取り敢えず騒動にはならず、暗幕の外から美狐様が穏やかに話す声が聞こえて来ます。
その時でした、再び何かが暗幕の中に入って来たのです。
美狐様達が出て行った箇所が少し開いたままなので、暗幕の中が照らされ侵入者が誰だか直ぐに分かりましたが、名前を呼ぶ事が出来ません。
入って来たのは……。
「おっ! 可愛い三毛猫だ! チッテッチッ!」
三毛猫を目ざとく見つけた航太殿が、舌を鳴らして指先を突き出します。
本能でしょうか、三毛猫は指先に惹き付けられてしまいました。
「うーん可愛いなぁ」
航太殿はあっという間に引き寄せてしまい、あっちをゴロゴロ、こっちをゴロゴロ……三毛猫がコロリと寝転がります。
そのまま胸の辺りをゴロゴロされて、幸せそうに眼を瞑って身を任せる始末。
「……気持ち良いニャァァ……」
微かにそんな声が聞こえ、ハッとして三毛猫を見ると、徐々に人の姿に変化をしているのが分かりました。これは一大事です。
「こ、航太君! 私も猫大好きー! ちょっと借りるね!」
「えっ、あ、うん」
航太殿はいきなり三毛猫を抱え、飛ぶような勢いで暗幕を出て行く私に驚いて居たようですが、そんな事を気にしている場合ではございません。
急いで航太殿からは見えない場所に連れて行きます。
「は、は、華ちゃん! 何をやっているの! ハア、ハア……」
「あにゃー」
人への変化を済ませた華ちゃんが、驚いた様に目を見開いていました。
「あのまま航太殿にゴロゴロされながら人に変化したら、大変な事になっていたわよ!」
「ゴメンニャー。どうやって人を驚かそうか考えていたら、色々変化していたニャ。それにしても航太殿はゴッドハンドにゃ! ゴロゴロが気持ち良すぎて我を忘れる所だったニャ……」
「華ちゃん……人の姿であんなことされている所を美狐様にでも見られたら……」
「き、気をつけるニャ。でも咲ちゃん」
「なあに華ちゃん」
「教室内は大変な事になってるニャよ」
華ちゃんに促され振り返ると、教室内は動物と半人間と妖怪とお化けだらけでございました。
練習やどんなお化けになるのかを思案するあまり、皆次々に変化した姿になっているのです。
これは大問題ですが、ここは離れに有る大教室。この状況を見せてはいけない人は教室内に航太殿ただひとりでございます。
準備を滞りなく進める為にも、多少の事は致し方ありません。
「白馬君! ちょっと良い」
私の鋭い呼びかけに白馬君が慌てて走り寄って来ました。
「お願いがあるの。航太殿を連れ出して、何だかんだと理由を付けて今日は帰って来ないで頂戴。みんなの為なの」
「わ、分かった。鳥雄も連れて、三人で買い出しにでも行って来れば良いかい?」
「そうして頂戴。鳥雄君も一緒なら美狐様も安心でしょうから……」
大きく手を鳴らして皆の注目を集め、顔や体を指さしてジェスチャーをすると、皆やっと自分の状態に気が付いたみたいで、慌てて人族に変化しました。
航太殿が暗幕を抜け教室から出て行くと、皆安心して思い思いに変化して明日から始まる文化祭の準備を始めます。
航太殿が出て行く姿に、美狐様が悲しそうな顔をされましたが、周りの変化の状況に気が付かれていたので、素直に受け入れて下さいました。
「美狐様、申し訳ありません。皆頭を悩ます余り気が付かずに変化をしてしまっているので」
「分かっておる。何やら妙な妖気を感じるが……鳥雄も一緒なら大丈夫じゃろう」
鳥尾君は変化族のひとりですが、目が隠れる長さのキノコの様なおかっぱ頭に、普段居るのか居ないのか分からないほど物静かな性格。
最近、航太殿と白馬君と一緒に三人で過ごす事が多くなっています。
元の姿は『鵺』という強力な妖怪。これが美狐様が安心と言われる理由でございます。
「そういえば、何やら怪しんでおられましたが、その事でございますか」
「うーむ、良くは分からぬのじゃが、何となく変でのう。静殿や紅さんも何か感じておる様じゃが……」
「何で御座いましょう」
「分からぬ。だから航太殿がここに居らぬのは悲しいが良い事なのじゃ……」
遠呂智族の仕業かと思い蛇蛇美達を見ますが、そんな感じではありません。それどころか何だか楽しそうな様子です。
「Oh! コータが居なくなったネ! 悲しいネ……こんな時はこうネ」
「おい、蛇澄美! 教室に雪を降らすな! セットが濡れるだろうが!」
天候を操る事が出来る虹蛇の蛇澄美ちゃん。なかなか楽しい娘の様でございます。航太殿を巡る諍いは少々心配ではございますが……。
教室には蛇に狐に狸に三毛猫などなど……皆が思考を凝らせ、お化けへの変化を続けています。
準備は着々と進んでいますが、いったいどんなお化け屋敷に仕上がるのやら。
ですが美狐様達が感じている妙な雰囲気とは……。
いったい何が迫っているのでございましょう。
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
いつも応援ありがとうございます!
皆様の応援やコメントがモチベーションになりますので、
どうかこれからも『ミコミコ』を可愛がって下さる様、お願い致します。
いつもありがとうございます!
磨糠 羽丹王




