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第37狐 「文化祭は大わらわ」 その3

 華ちゃんに連れられて中庭に辿り着くと、航太殿が金髪の綺麗な女性に抱き締められておりました。


「Oh! コータ! また会えて嬉しいデース!」


 あろうことか、その金髪の美少女は抱きしめた挙句、航太殿の頬にキスをし始めたのです。

 しかも目の前の渡り廊下には唖然としている美狐様のお姿が……。

 右頬にキス。左頬にキス。

 これはゆゆしき事態ですが、この美少女は外国人かと思われます。

 であれば、この程度のスキンシップは海外では挨拶に過ぎません。

 

「な、何事じゃ! 何事なのじゃ!」


「み、美狐様、落ち着いて下さい。あれは海外の挨拶でござい……」


 美狐様が怒気を発せられたので、慌てて挨拶だという事を説明しようとしたのですが、美少女は挨拶を繰り返します。

 再び右頬にキス、左頬にキス、そしてまた右頬に……。これは挨拶の域を越えている気も致します。


「おのれ……何奴じゃ」


「ゆ、許せませんわ……」


「ぶっ飛ばしてやる!」


 放課後の校庭には、それまで吹奏楽部の管楽器の音が校舎にこだまし、どこからともなく演劇部や合唱部の発声練習の声が聞こえ、文化祭の準備で忙しい教室からは釘を打つ音が響いておりました。

 ところが私達の周囲には不意に張り詰めた静寂が……。

 抱き締められる航太殿の脇で、蛇蛇美と楽しそうに話していた白馬君の背筋が突然ピンッと伸びました。何かを感じたのでしょう。

 白馬君は恐る恐る振り返ると、サッと顔色を変えました。

 美狐様を始め変化乙女たちの鋭い視線と、桁違いの怒気に晒されている事に気が付いたみたいです。


「こ、航太! ちょっと飲み物を買いに行きたいから、つ、付いて来てくれ!」


「あ……う、うん」


 何とも嬉しそうな表情をされていた航太殿ですが、緊張した面持ちの白馬君が飛ぶように連れ去ってしまいました。


「ちょっと、何なのよあんた達! いきなり結界を張ったりして。やる気!」


「そうよ! 折角白馬君と楽しくおしゃべりしてたのに!」


 蛇蛇美と蛇子が胸を張りながら文句を言っています。

 一方、金髪の美少女はいきなり立ち去ってしまった航太殿の行方を、残念そうに目で追っていました。


「お主ら、航太殿に害をなそうとするのならば容赦はせぬぞ」


「二度と悪さが出来ない様に致しますわよ」


「大体そのパツキンの女は何者だ?」


 美狐様達は既に臨戦態勢です。これは大変な事になって参りました。


「美狐様、少し落ち着いて下さいませ」


「咲よ、この状況を放置できる訳がなかろう!」


「ですが……」


 美狐様達の掌に妖術の揺らぎが見え、蛇蛇美達も応戦の構えを見せています。

 結界を張ったとはいえ、まさか学校の中庭で妖術合戦を始めるつもりでしょうか……。


「Oh! ジャパニーズ ラグーン()! 可愛いデース」


 そんな張り詰めた空気の中、金髪の美少女が無防備に手を広げながら、静様の元へと駈け寄ります。


「えっ?」


 全く害意を感じさせない美少女の行動。静様は戸惑って何も出来ないまま抱き締められてしまいました。


「Oh! ジャパニーズ ホワイトフォックス(白狐)! 可愛いデース! Oh! ジャパニーズ レッドクロウ(紅烏)! 可愛いデース!」


 金髪美少女は静様に続き、美狐様と紅様にも抱き付きキスの嵐を降らせます。怒気に満ちていた空間に柔らかな風が吹きました。


「あーあ、また始まったよ。蛇澄美の『可愛いデース』が……」


「何がそんなに可愛いのか知らないけど、気に入ったものを全て抱き締めるのは、何とかならないのかしらね」


 蛇蛇美と蛇子がお手上げという感じで、美少女の行動眺めています。

 そして私も華ちゃんも、もれなく抱き締められてしまいました。


「蛇蛇美! こやつは何者なのじゃ」


 すっかり怒気を削がれた美狐様が、華ちゃんをスリスリして離さない美少女を指差しています。


「あー、そいつは虹蛇にじへび蛇澄美じゃすみ。蛇由美の家にホームステイする事になった交換留学生」


「Hey! ジャジャーミ! 私の名前は”ジャスミン”デース!」


「蛇澄美で良いの!」


「Oh……」


 華ちゃんをいつまでも離さない美少女が片言の日本語で反論しています。どうやらこの娘は遠呂智族の縁者の様です。


「いつまで抱き締めてるニャ?」


 華ちゃんの困った声に気が付き、慌てて蛇澄美を引きはがし、直ぐに華ちゃんを抱き締めました。


「大丈夫? 華ちゃん」


「大丈夫だよ、咲ちゃん」


 抱き合ったまま頬をスリスリして愛情を確かめ合い……いえ、何でもございません。


 静様が警戒を解かれたのか、結界が消え校内の賑やかな音が再び聞こえる様になりました。


「虹蛇だか蛇澄美だかジャスミンだか知らぬが、航太殿に抱き付くのは許さぬぞ!」


「知らないわよ、挨拶でしょう? ねえ蛇澄美」


「コータ? コータ言いましたか? Oh! アイ ライク ヒム! 私、コータ 大好きデース!」


「うわっ、蛇澄美マジで?」


「ハーイ!」


「のう、蛇蛇美よ……何だか言っておることが違わぬか?」


「わ、私は知らないわよ。この前あんた達がボーリング場からつまみ出された後、この娘が蛇由美と一緒にやって来て仲良くなったみたいだから。私は知らなーい」


 美狐様の顔が曇ります。会話を聞いていた静様や紅様も困り顔です。


「航太殿は、あのような派手な女性ではなく、もっと私の様におしとやかな……」


 静様が口元に笑みをたたえながら、凛とした立ち姿で蛇澄美を見つめています。


「うーん、サイズ感は負けては居ないはずだ。航太殿に感想を聞いてみるか……」


 紅様がシャツの胸元を引っ張り、自分の胸を覗き込まれています。何の勝負に持ち込むおつもりでしょうか。

 そんな変化女子達の荒れ模様の心とは裏腹に、金髪の美少女は再び目を見開くと何処かへと駆けて行きました。


「Oh! ジャパニース アタァ(かわうそ)! ベリーキュート デース!」


「な、何だっキュ♡ 私のファンっキュか? ハグ返しだキュー♡」


 今度は桃子ちゃんが捕まっています。

 蛇澄美と呼ばれている美少女は、新しい何かを見付ける度に「Oh! カワイイ デース!」と言いながら、渡り廊下の先へと消えて行きました。


「また敵が増えたのかのう……」


 蛇澄美を見送りながら、美狐様がしみじみと呟かれました。

 虹蛇にじへびと言えば、天候を操れる程の妖力の持ち主。しかも、とびっきりの美少女でございます。

 遠呂智族の脅威が増した上に、航太殿を巡る恋のいさかいまで。

 どちらに致しましても、強敵が現れた感じが致します……。


「ほらほら、こんなところで油を売っていないで、文化祭の準備をしなきゃ!」


 結界が張られた時のただならぬ雰囲気に気が付いたのか、陽子ちゃんが教室から出て来ました。

 校舎内は文化祭の準備で賑わい、様々な音や会話が聞こえて来ます。

 蛇蛇美達と合同で行うお化け屋敷。この先いったいどの様な事態が起こるのか見当もつきません。

 願わくば、私が木興様に怒られない程度の騒動で収まって欲しいものでございます。 

 その様な事を考えていますと、美狐様が妙な声を出されました。


「うーむ」


「美狐様、どうなされたのですか」


 美狐様が腕を組まれ、何やら不安気な表情をされています。航太殿の事でしょうか。


「いや、何でもない。良いのじゃ」


 そう言いながら美狐様は静様と目を合わされました。

 目線を受けた静様も首を傾げられ、紅様も何か感じているご様子。

 いったい何事で御座いましょう。

 これ以上驚かされるのは、文化祭のお化け屋敷の中だけで良いのですが……。




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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