第32狐 「楽しい遊園地」 その3
クジ引きの結果、ゴーカート競争の第一走者は華ちゃんになりました。
私に親指を立てながら乗り込んで行きます。
美狐様や紅様のモチベーションとは違いますが、私と巨大ソフトクリームを賭けた勝負の始まりです。
「行くニャ!」
穏やかなエンジン音を響かせながら、華ちゃんの操るゴーカートが加速して行き、第一コーナーの先へと消えて行きました。
一周で三分程のコース。果たしてどの位の記録で帰って来るのでしょうか。
第一走者の記録を皆も楽しみに待っている様子です。
いつも運動神経抜群の華ちゃん。きっとゴーカートの運転も軽やかにこなして、好タイムで帰って来るのでしょう。
ところが三分を過ぎても帰って来ません。
結局、華ちゃんの記録は三分三十秒。どうしたのでしょうか?
「気合入れ過ぎたら、壁に何度もぶつかって遅くなったニャ!」
華ちゃんは悔しそうにカートから降りて来ました。これは私に勝機有りです。
「ふふふ、巨大ソフトクリームは私のものね!」
悔しがる華ちゃんを横目に、今度は私がカートに乗り込みます。
そうです、第二走者は私なのです。
「咲ちゃん頑張れー!」
航太殿が応援してくれています。
笑顔で手を振り返そうとしましたが、居並ぶ女性陣の視線の厳しさに、慌てて手を下げました。要らぬ争いに巻き込まれる所でございます。
華ちゃんの失敗を繰り返さない様に慎重に運転します。
コーナーの手前で十分にスピードを落とし、勢いで壁にぶつからない様に気を付けながら、そこから続く登りの直線を一気に……。
ですがイメージとは裏腹に一向にスピードが上がりません。上り坂の手前でスピードを落とし過ぎたみたいです。
ノロノロとしか加速しないカートを、手で押したくなる気持ちを抑えながら、やっとの事で上り坂を越えました。
次は長い下り坂、グングン加速して行きます。
そして最後のコーナーが見えて来ました。今度はブレーキを掛けずに……。
「咲ちゃんの記録は三分四十秒でした! 今のところ一位は華ちゃんです!」
ご当地アイドルの桃子ちゃんが上手に実況をする中、私はしょんぼりとカートを降りました。
華ちゃんが満面の笑顔で迎えてくれます。残念ですが私の負けです……。
そんな私の気持ちとは関係なく、ゴーカート競争は続きます。
今度は実況をしていた桃子ちゃんが走り、何と二分五七秒でゴールしました。皆からざわめきが起こります。
「きゃ! 一番っキュ♡ 誰とお化け屋敷を回ろうかしら……楽しみっキュー♡」
桃子ちゃんが皆に投げキッスをしながら踊っています。
流石はアイドルと行った所でしょうか。ここ一番の強さはなかなかのもの。
そんな桃子ちゃんは、航太殿の腕を取り、これ見よがしに女性陣に手を振っていました。
なかなか煽り上手というか、盛り上げ上手なアイドルでございます……。
「これは負ける訳には参らぬのう」
「私、燃えて来ましたわ」
桃子ちゃんの挑戦に、美狐様と静様が乙女心を燃やしています。
いったいどんな結果が待っているのでしょう。
「なあ、これからは記録を公表しないでいかないか? そっちの方が盛り上がるじゃん。桃子だけが結果を見ながら実況してよ!」
次に走る紅様の提案に皆が賛同しています。
最終走者が走り終えるまで、誰が一番なのかを知るのは実況の桃子ちゃんだけ。
イベントをいくつもこなすアイドルの手腕に期待です。
「おっとー! 紅ちゃんの炎の走り! これは好タイムっキュ♡」
「何と! ミコちゃんの魂の走りが奇跡を起こしたかもっキュー!」
「いつもはお淑やかな静ちゃんの意外な一面っキュ! この想いは届くかしら」
「キュッキュー♡ ここに来て、航太君が大逆転っキュ?」
「キュー♡ これはもしかして……」
次々と走りを終えて戻って来る出場者たち。
皆感覚でしかラップタイムが分からないので、桃子ちゃんの反応や実況に釘付けです。
いよいよ全員が走り終え、最終結果の発表です。
ゴーカート乗り場の前に集合して、桃子ちゃんからの発表を待ちます。
「それでは、一番早かった人の発表っキュー♡」
皆の視線が桃子ちゃんに集まります。
手を握り締めている美狐様、手を胸の前で組んで祈る様な姿の静様、腕を組んで胸の谷間を強調している紅様。そしてソフトクリームを可愛らしく舐めるジェスチャーを私に見せつける華ちゃん……。
それぞれの想いが交錯する中、桃子ちゃんの声が響き渡りました。
「キュー♡ 皆に愛されるアイドル桃子ちゃんの司会進行でお届けした『駆け抜けるハートにカート! 恋のお化け屋敷は君と二人で!』の優勝者は! キュッキュー♡」
いつの間にか競争に知らない題名が付いていましたが、盛り上がり拍手が沸き起こります。流石はアイドル桃子ちゃん。司会進行がお上手です。
「何と! 記録は二分三十二秒っキュ♡」
「おおー!」
皆からどよめきが起こります。
「そんな、ミラクル、スーパー、ウルトラ、トップスピードの恋の覇者は……」
いよいよです。
皆、固唾を飲んで名前の発表を待っています。
「君だ!」
桃子ちゃんが優勝者を指さしました。
指をさされた人に、皆の視線が集まります。
「優勝は“白馬君”っキューーーー!」
「おお! やったー! 一位だーーー!」
まさかの伏兵の優勝。白馬君が満面の笑顔で飛び跳ねています。
余程嬉しいのか、自分の背丈を越える程のジャンプ。
嬉しいのは分かりますが、垂直飛びでの人族の世界記録を越えています……。
誰も気が付いて居ないようですので、取り敢えず目を瞑る事に致しました。
喜ぶ白馬君が皆からの拍手で包まれる中、一位を狙っていた女性陣からざわめきが……。白馬君が誰を指名するかで議論が起きておりました。
「……やはり美狐様狙いかな?」
「……いや、意外に静様の様なお淑やかな感じが好きとか」
「……紅の色気に惚れておるやも知れぬぞ」
「……いや、昔から桃子ちゃんを見る目がハートマークだった気がする」
言いたい放題ですが、当の白馬君は爽やかな笑顔を絶やさないまま、桃子ちゃんから促されて、皆の前に立ちました。
いよいよ、ペアでお化け屋敷を回る相手の指名をするのです。
私としては美狐様へのご指名はちょっとトラブルが起きそうで困るのですが、よく考えたら白馬君は馬面族の本物のプリンス。意外と美狐様とつり合いは取れているのです。
白馬君がお相手であれば、木興様も反対されないはず。ですが美狐様のお気持ちは……。
ちょっと考えが飛躍し過ぎたかも知れませんが、白馬君のご指名に注目が集まるのは、その辺の諸事情も絡んでいるのです。
「では、白馬君! ご指名の相手を発表するっキュ♡」
「皆、今日はありがとう! 俺が一緒にお化け屋敷を回りたいのは、ただひとり! それは……」
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。




