第２１狐 「真夏の恋模様」 その６
部屋のドアの隙間をすり抜けた白いモフモフを必死で追いかけると、廊下の先にその正体が見えて参りました。白いモフモフとした尻尾が嬉しそうに揺れています。
軽快なステップを踏みながら歩いて行くモフモフに追いつくと、その尻尾をむんずと掴みました。
白狐姿の美狐様の尻尾です……。
「ケンッ！」
不意に尻尾を掴まれて驚かれたのか、美狐様は噛みつく勢いで振り向かれました。
尻尾を掴んでいるのが私だと分かり、更に驚かれているご様子。
「な、何の真似じゃ！」
「美狐様こそ、何をされておいでなのですか！」
「何を言っておる？ いつも通り航太殿に会いに行くだけじゃ。離さぬか」
「なりませぬ。美狐様、何をお考えで御座いますか」
美狐様は私との話など時間の無駄とばかりに、廊下の先へとグイグイと進まれて行きます。
私も負けじと美狐様の尻尾を掴んだまま踏ん張ります。
「コラ、咲よ！ 事もあろうに、皇女の尻尾を掴んで引っ張るとは何事じゃ！」
「これは美狐様の御為でございまする！ お分かりになりませぬか？」
「……ええい、訳が分からぬ事を申すでない！ 離してたもれ！」
「なんの！ このまま離す訳には参りませぬ！ 観念なされよ！」
「おのれ咲め！ 天孫の皇女たる妾の尻尾を掴んで離さぬとは、これいかに！」
「なんのなんの、この尾っぽは例え死すとも離しませぬ！」
「ええい！ 事ここに至ってはやんごとなし、このままお主を成敗するまでぞ！」
「なんと！ 口で言うても分からぬと宣うのならば、致し方なし。ご覚悟なされよ！」
「望むところじゃ！」
言うや否や美狐様が私に飛びついて来ました。
素早く躱して、そのまま尻尾を掴み上げます。
尻尾を持たれて宙吊りになった美狐様が、前足でバリバリと私の脚を引っ搔いています。
でも宙吊りの状態では大した攻撃になっていません。
白狐のお姿では不利と悟られたのか、美狐様は瞬時に巫女のお姿に変化されました。掴んでいた尻尾が消え、思わずのけぞってしまいます。
美狐様は、掴みどころを無くしバランスを崩したた私に素早く飛び掛かると、ポコポコと頭を叩いて来ました。
私も負けじと素早く攻撃を躱し、美狐様を腕ごと抱すくめます。
刹那、美狐様は再び白狐のお姿に変化され、腕から擦り抜けると勢いよく飛び掛かってきました……。
「ねえ、二人でいったい何をして遊んでいるにゃ？」
美狐様とやり合っていると離れて傍観していた華ちゃんが呆れ顔で話し掛けて来ました。
そうなのです、実は美狐様の『離してたもれ！』の辺りから二人でふざけて遊んでいただけなのです。
そもそも美狐様が本気になられたら、私などひとたまりもございません。
「咲が尻尾を引っ張るのじゃ！」
「美狐様が大失敗をされそうだからでございます！」
「いつも通り航太殿に会いに行くだけじゃのに……」
「美狐様、ここに白狐の美狐様が居られては変でございましょう」
「神社の人達と一緒の海水浴じゃぞ。問題なかろう」
「いえいえ、今まで何処に居たのかという事になりますと、説明が出来かねまする」
「そうかのぅ。じゃあどうすれば良いのじゃ？」
「いつもの学校でのお姿で遊びに行けば宜しいではないですか」
「その姿で、いつも通り抱きしめて下さるかのう？」
「いや、それは流石に……」
「まあ良い。そういう事であれば、お主等も付いて参れ」
私と華ちゃんは美狐様に促され、航太殿のお部屋へと付いて行く事に。
男の子達に割振られた部屋の前を通り抜け、航太殿の部屋へと向かいます。
航太殿のお部屋はドアが半開きの状態で、部屋の中から明かりが漏れていました。
航太殿が何やらキャッキャと喜ぶ様な声が聞こえて来ます。
美狐様が嬉しそうにドアの隙間から部屋を覗き込まれ、室内へ入って行こうとされましたが、そこで硬直されて動かなくなってしまわれました。どうされたのでしょう。
美狐様はそのままクルリと踵を返すと、呆然とした表情で来た方向へと戻られました。
どうしたのかと思い、私と華ちゃんも部屋を覗き込むと、とんでもない物を見てしまったのです……。
そこにはなんと布団の上で航太殿に抱き締められている静様のお姿がございました。
航太殿は嬉しそうに静様を抱きしめられ、胸の辺りへと愛おし気に顔を埋め幸せそうに頬ずりをされておられました……。
重い足取りで部屋に戻られ、見目麗しきお姿へと変化されると、そのまま布団に伏せてしまわれた美狐様。
しばらくすると、おいおいと泣き出されてしまいました。
私と華ちゃんは、そんな美狐様を一晩中慰め続けることしか出来ませんでした。
翌朝、航太殿の部屋の前で待ち構えていた私の前に、浴衣の乱れを直しながら静様が出て来られました。
待ち構えていた私の姿を見て、静様が諦めた様に目を瞑ります。
「静様、少し宜しいでしょうか？」
「はい……」
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
