第1狐 「今宵のお話しを始めましょうぞ」
新しく建立された稲荷神社の一室で、大騒動が起きておる。
「おひい様! 本当に行かれるのでございまするか」
「もちろんじゃ。航太殿と共に一時でも多く過ごしたいからのう」
「何故ゆえに人族の男などに懸想されるのじゃ」
「木興爺には分からぬ事よ。あのように妾を優しく抱き締めてくれる者などおらぬ」
「なんの! その様な者は数多おりますれば、何卒……」
「ならぬ。妾は高校とやらに入学すると決めたのじゃ」
「おひい様……」
おひい様から、木興爺と呼ばれておる儂は、気狐筆頭の狐じゃ。
代々、天孫たる天狐のご家族に仕えて参った。
今は天狐の皇女である美狐様のお世話を仰せつかっておる。
幼き頃よりお世話をして参った美狐様を、命に代えてでもお守りせねばならぬのじゃ。
「木興爺。この姿で良いか?」
美狐様は、青き月光の下で人の姿に変化なされた。
人間界にかくも美しき容姿の者は二人としておりますまい。
「見目麗しきお姿なれど、そのお姿はなりませぬ」
「何故じゃ?」
「かくも麗しきお姿のままで世に出られては、人族はおろか魑魅魍魎の類まで、おひい様に求婚しに参りましょう」
「では、航太殿と添う為には良いではないか」
「なりませぬ。その昔、皇女のかぐや様がそのお姿で世に出られたばっかりに、大変な騒動がございまして、狐族総出で処理に当たらねばなりませなんだ」
「ダメか?」
「航太とやらいう人族の者が、嫉妬に狂った者どもに殺されても構わぬのならば」
「そ、それはならぬ! では、これでどうじゃ?」
美狐様は普段この神社で過ごす巫女の姿になられた。
「おひい様。巫女のお姿になられても、その麗しさはいささかも変わりませぬ。もそっと不細工に……」
「何と。では、これではどうじゃ?」
「いや、いま少し……」
「ふむ。これでは?」
「むむむ、もそっと……」
「木興爺。これでは余りに不細工ではないか?」
「いえいえ、その位が宜しゅうございます」
「これで航太殿が添うて下さるかのう」
「ええ、間違いなく」
「左様か。では、この姿で高校とやらに入学しようかのう。誰やおるか!」
美狐様に呼ばれて、気狐たちが集まって参った。ここにおる者たちは、全て美狐様に使える気狐たち。
「誰ぞ高校に忍び込んで、妾の入学書類とやらを紛れ込ませるのじゃ」
気狐たちが、どうしたものかと顔を見合わせておる中、儂はひとりの気狐を手招きしたのじゃ。
「咲よ」
「木興様、何でございましょう」
「おぬしが行って参れ。それと、おぬしも美狐様と共に高校とやらに入学し、美狐様をお守りせよ」
「承知しました。されば行って参ります」
咲を満足そうに見送ると、美狐様は狐の姿にお戻りになられた。まことにお美しい白狐のお姿。
「では、今宵も航太殿の元に行って参る」
「結界内ではございまするが、お気を付けて」
「木興爺は心配性じゃのう」
白狐の美狐様は、月明かりに照らされ白銀の如く輝くお姿で神社の階段を下りて行かれた。
あの日より毎夜、谷向にある航太とやらいう人族の家に行かれるようになってしまわれた。
それどころか、人族の高校に一緒に入学されるという。
お転婆で困ったおひい様じゃ……。
今宵のお話しはここまでにしようかの。
今日も見目麗しき、おひい様でござった。
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磨糠 羽丹王