第9狐 「大祭」 その1
「かけまくも かしこき いなりのおおがみの おおまえに かしこみ かしこみ ももうさく……」
朝から木興様の稲荷祝詞のお声が、休む間もなく境内に響いています。
今日は新たに建立されたこの稲荷神社の記念大祭を行っているのです。
天孫の皇女たる美狐様の為に建立されたという事も有り、変化族は族長や皇子皇女が、人族は国内の名だたる企業のトップや名代達が、ひっきりなしに参拝に訪れられています。
「咲よ。木興爺は神主の姿をしておる時は、威厳があって頼もしいのう」
「いえいえ、我々は常日頃から気狐筆頭として頼みにしておりまする」
「左様か。最近はわらわと航太殿の邪魔しかせぬゆえ、感謝の気持ちが消えそうじゃ」
「そう申されずに……。それよりも来客が大勢お待ちですので、お早く謁見の間へお越し下さい」
「そうじゃの。今日は忙しい一日に成りそうじゃのう……」
美狐様は本来の人のお姿では美し過ぎて憚られる為、普段の巫女のお姿で来客とお会いになられます。
もちろん、巫女のお姿でもその麗しきお姿は別格で、人族など息を呑み呆けた様に見つめてしまう程の美しさでございます。
今日は人族が大勢いる為、変化族の皆様は、全員人の姿に変化してのご訪問となっておりました。
「これはこれは、隠神刑部家の御当主殿ではございませぬか。静殿にはいつも大変お世話になっておりまする」
「いやいや、最近は静がやけに楽しそうにしております。美狐様と共に過ごせて本当に嬉しい様でございます」
「これは嬉しいお言葉。隠神刑部家の皆々様には、これからも良しなにとお伝え下さいませ」
「ありがとうございます。これは、ささやかなお祝いではございますが、お納め下さい」
「これはご丁寧にありがとうございます。有難く頂戴いたしまする」
隠神刑部家の贈り物は『宝珠を抱えた狸の像』で、その立身出世と金運のご利益は凄まじく、境内に祠を建てて祀れば人族が列をなして参拝する程の像でございます。
天狐家と隠神刑部家との強き絆を示す物でございました。
その後も来客は後を絶たず、謁見の間には長い列が出来ております。
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「咲よ! あれは、もしかして航太殿ではないか!」
面談の合間に外を覗かれた美狐様が、参拝に来られたのか、境内を歩く航太殿を見付けてしまわれました。
「咲よ。しばらく謁見を代わってくれぬか? 妾は航太殿に会って参る」
「な、なりませぬ! 皆様は美狐様にお会いになりたくてお待ちなのです。私などが代理などありえませぬ!」
「うーむ。そこを何とか……」
「なりませぬ!」
「今日は咲が厳しいのう……」
「これは、天孫たる天狐家の皇女であられる美狐様のお勤めにございますれば……」
「わ、分かっておる。戯れを言ったまでじゃ」
そう言いながら、航太殿から目を離せぬ美狐様でございましたが、案内された来客に気が付かれて慌てて座にお戻りになられました。
今宵のお話しはひとまずここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
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磨糠 羽丹王