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台座つき聖剣! -俺が勇者だバカ野郎-

作者: 藍染クロム

「次の者!」


 荘厳な神殿に、(しゃが)れた男の声が響き渡る。

 神殿の中央に鎮座しているのは、()の有名な勇者の聖剣。


「次の者!」


 勇者の称号に憧れた多勢の人間が、聖剣を目当てにはるばるこの地を訪れる。


 全ては(おの)が勇者の資質を確かめるために。


 彼らは台座に深々と突き刺さるその聖剣に、自分こそが勇者であると問いかけて——


 その多くが、夢潰えて消えていく。


 聖剣に認められる者は極めて稀である。


「次の者!」


 神官が声を張る。また一人、男が聖剣へと手を伸ばした。彼が掴んだそれは、しかしピクリとも反応しなかった。

 男はがっくりと肩を落としその場を去っていく。


「次の者!」


 また次の人間が剣を手に取り、何も変化が無いことを確かめ、去って行く。


「次の者!」


 俺もそんな、勇者を夢見てこの地に誘われた、普通の若者の一人だった。


「次の者!……次の者?」


 と、俺の番が来たようだ。

 剣が刺さった台座の方へ、悠然と歩いていく。


「……お前、昨日も居なかったか?」

「やぁお爺さん初めまして。今日もよろしくお願いします」

「“今日も”って言ったか?」

「言ってません」

「……まぁいい。さっさと済ませよ」


 聖剣へと手を伸ばす。重厚な、冷たくて硬質な剣に手が触れる。


 この地には伝説があった。


 世界を破滅に導く魔王現れる時、聖剣は勇者を選ぶ。選ばれた勇者は、やがて魔王を倒すだろう。そして世界は救われる、と。


 両手で握りしめた柄に力を入れる。その聖剣は——


 俺の夢には、答えてくれなかった。


 ……やはり、駄目か。


「次の者!」


 ふぬぬぬぬぬ……。


「次の……おい、何をしている。早くどかんか。お前、引き抜けなかったんだろ」


 ふぬぬぬぬぬ……!


「おい、無駄じゃ!それは幾ら力を入れようとも引き抜けん、勇者にしか扱えない剣なのじゃ!」


 ふぬぬぬぬぬ……!!!


「聞いておるのか!おい——」


 その時。地面からぴしぴしと音が鳴った。床に小さな亀裂が走る。


「お、おい……?」


 そして次の瞬間。


「おらぁああああああああ!!!」

「「「……おおおぉぉおおおおおお!!!!」」」


 俺の手には、天を衝くように掲げられた勇者の聖剣があった。


「「「おおおおおお……ぉお?」」」


 刺さっていた台座の岩が、くっついたまま。



 *



「奴は見つかったか!」

「逃げ足の速い奴め……」

「あんなクソでかいもん持ってそう遠くへ逃げられるか!まだ近くに居るはずだ!よく探せ!」

「おう!」


 俺が隠れた物陰のすぐ隣を、城の衛兵たちが走り去っていく。


 ふぅ……。

 先ほど無事勇者の聖剣を引き抜いた勇者であるところの俺だが、そのまま聖剣を持っていこうとすると城の衛兵たちに追われることとなった。

 解せぬ。


「あのぅ……」


 うわびっくりした。

 振り返ると、そこにはいつの間にか一人の少女が立っていた。勇者であるところの俺にまったく勘付かれずに近づくとは、さてはこの少女只者(ただもの)ではないな。


「なんだおまえ」

「勇者様でいらっしゃいますか?」

「そうです俺が勇者です。正真正銘、本物の勇者です」


 彼女は、鞘代わりに地面を纏った聖剣を見下ろす。


「……ですよねー」

「ねー」

「城の者達に追われているのですよね」

「不思議なことに」


 彼女は口をムニムニとさせている。言いたいことがあるなら言いたまえ。


「……こちらへ来てください。上手く逃げられると思います」

「……怪しい」

「お前が言うな」

「え?」

「何でもありません。ごちゃごちゃ言ってる場合ですか?いいから付いてきてください」

「きゃー強引」

「……やはりこいつは衛兵に突き出そうかしら」

「さぁ行きましょうお嬢さん何せ時間が無い」


 彼女の後ろを付いて行く。この街の地理に詳しいらしい、裏路地や塀の裏、はたまた屋根の上など、知る人ぞ知る道なき道を、誰にも見られず進んでいく。


 てか聖剣重いんだけど。こんな重い聖剣を持ち歩くなんて勇者は皆大変だなぁ。背中の岩石、もとい聖剣を眺める。


 さて、先行する彼女は、やけに品位の高そうな服に身を包んだ少女だ。それにしては随分アクティブな動きをする。ロングとは言えスカートだから、さっきから中が見え……見え……。


「次覗こうとしたら殺しますよ」

「静かにしたまえ見つかったらどうする」

「ほんとこいつ……!」


 なんやかんやあって町の外まで着いた。


「では行ってください。私はここでお別れです」

「いいのか?」

「……いいんです。それは、誰にも引き抜けない剣でしたから」

「金とか払わなくて」

「台無しです!私は100パーセント善意であなたを送って来たんですよ!」

「そりゃどうも。いつか恩を返しに来るよ」

「はぁ、期待してますね……」


 目の前には、暗く、鬱蒼とした森が広がっている。


「では勇者様、お気を付けて」

「この森暗くて一人じゃ怖いんだけど」

「早く行けよ」

「最後に名前を聞いてもいいかい、可憐なお嬢さん。恩人の名前を憶えておきたくてね」

「……名乗るほどの者では、ありませんから」

「じゃあもう一度勇者様って呼んで」

「早く行けよ」


 名残惜し気に彼女を振り返りながら、城下町を後にした。



 *



「ようこそ、待っていましたよ勇者様!」

「そうです私が勇者です」

「あ、うん」


 森の中をしばらく進むと、開けた土地にたどり着いた。そこには、勇者であるところの俺を、待つ者たちが居た。

 やぁこんな所でまで歓迎してくれるなんて嬉しいなぁ。


「勇者様!あなたに是非付いて行きたいと申し出る者たちが居てですね!」

「殊勝な心掛けだ」

「あ、うん……なんか調子狂うな……。あ、もう来ていいぞ、お前たち!」


 彼女の呼び声に、二人の可憐な少女が現れる。


「彼女たちは——」

「採用」

「え?」

「二人ともかわいい女の子なので同行を許可する」

「……それは良かった」


「……おい、お前たち。本当にこいつに付いて行きたいか?」

「……頑張ります」

「ぜひ!あなた様の役に立てるなら!」

「……そうか……」


 と、片方の少女が俺に詰め寄ってきた。


「勇者様!あなたの好きな容姿はどんなですか?」

「好きな容姿?ロリコンではないが、強いて挙げるなら金髪幼女かな。ロリコンではないが」

「かしこまりました!」


 と、目の前の少女が突然どろりと溶けた。


「……」

「「……」」


 皆が固唾を飲んで見守る中、その子はやがて人型となり、細かい造形が浮かび上がり、そのうち何の変哲もない、金髪ロリの美少女が出来上がった。

 その過程を一切見逃せば。


「まぁ四捨五入すれば美少女か」

「私が言うのもなんだがお前それでいいのか?」

「で、もう一人は?」

「え?」

「特技。何も無いの?」

「……」


 少女は狼狽えている。

 まぁ、無茶ぶりだったか。誰しもが体を溶かせるくらいのインパクトのある特技を持っているわけではあるまい。

 俺だってただの勇者だし。


 と、彼女たちはこそこそと相談する。


「……折角だ、今のうちに出しておけ」

「……いいんですか我が(あるじ)

「……後々バレるよりは今ゴリ押した方がいい」

「……分かりました」


 彼女たちが何やら小声で話している。


「どうかしたか?」

「い、いえ!ありますよ私特技!」

「まじ?」


 言えば出るものだな。


「え、えっと……ほ、ほらー、羽と尻尾が生えまーす……」


 少女から、黒い、コウモリのような羽、かぎ針のような尻尾が生える。


「……」

「……」

「……」


「……我が主、やっぱりこれ誤魔化しきれて——」


「君」

「は、はい!なんでしょう!」

「悪魔だね」

「違います」

「かなり悪魔だね」

「違います」

「その見た目だと、かなり悪魔に見えるね」

「私もそう思います」

「だから町ではあまり出さない方がいい。可愛いからそれ以外ではどんどん出してよし」


「……いけました……!いけました我が主……!」

「……ほら、だから言ったろ……!」


 少女たちは小声で何やら喜び合っている。


「ところで、それは本物?」

「……なわけないじゃないですかー」

「触ってみていい?」

「……実はこれには感覚が通っていまして」

「偽物なのに?」

「偽物です」

「本物だよね」

「あなたが本物の勇者様であるように、私のこの羽と尻尾は偽物です」

「当たり前だよね」

「ですよねー」


 はははは。


「でも」

「……なんでしょう」

「特徴としては薄いよね」

「……は?」

「さっきの子は体溶かしたよ?君はそれだけ?」


「……我が主っ!」

「……もうやればよくね?」

「……我が主っ!?」


「ねぇ、なんか無いのー?」


「……行け!もしかしたら全てうまくいく!」

「……うぅぅ!」


「……私、実は男性を誘惑することが得意でして」

「びっち?」

「違わい!力!特殊な力として!男性を誘惑するの!」

「へぇ、やってみて」

「え、いいの?」

「僕はもうすでに君にメロメロさ」

「死ね!魅了(チャーム)!」

 

 なんか物騒な掛け声聞こえたけどまぁ気のせいか。

 少女が叫ぶと、ピンク色の無数のハートが放たれ、俺へ向かって飛んでくる。俺はそれをまともにくらった。


「……効いた?」

「これは効くねぇ」

「全然効いてないじゃない!」

「どこがとは言わないが、それはもう元気になったよ」

「セ、セクハラよ!」

「そんな力使っておいて?」


「……わ、我が主ぃ……」

「……本当にすまん。耐えてくれ。でも正論じゃね?」

「あるじ……」


「ところであなたは私の仲間にはならないの?」

「うわこっち来た!」

「どうかした?」

「いえ何も!……私は力のない人間ですので、お力にはなれないかと」

「構わん。可愛ければそれでよし」

「……私には大事な役目がありまして」

「我勇者ぞ?」

「か、勘弁してください」


 彼女は泣きそうな顔で必死に否定する。ふむ。そのような表情も中々乙なものだな。


「許そう」

「……ありがたき幸せ」

「……わ、我が主……!」

「……耐えるのだお前ら……!」

「あの人面白ーい」


「ところで君たち。さっきからずっと気になっていたのだが」

「……なななな何でしょう」


 俺がそう問いかけると、途端に彼女たちは動揺する。


「聞きたいことがあるんだ。正直に、答えてもらっても、いいかな?」

「えぇ、えぇ、正直に答えましょうとも!私たちは何だって正直ですからね!」

「じゃあ聞くよ?」

「どうぞ!!」


 彼女たちが緊迫の目で見つめる中、俺はその問いを発した。


「君たちの名前は?」



 *



 一番偉そうだった女の子は帰った。

 残ったのは、赤髪悪魔のレミィ、金髪幼女 (現在形態) のサトリだ。

 勇者であるところの俺なので、仲間は簡単に増えすことが出来た。それにしても最近の仲間って森で取れるんだな。


「じゃあ行こうか、レミィちゃんにサトリちゃん」

「呼び捨てでいいわ」

「サトリも!」

「そうか、レミィにサトリ。あ、レミィは俺に敬語な」

「なんでよ!」

「我勇者ぞ?」

「その一言で周りが何でも言うこと聞くと思ったら大間違いだからね」

「さっきのなんちゃって悪魔を理由に、衛兵に突き出してもいいんだぞレミィ」

「誰がなんちゃって悪魔よ。あんたもその時一緒に捕まこと忘れてない?」

「仲良くしようかレミィ」

「ほんとこいつ……」


「勇者様とレミィ仲いいねー!出会ったばっかなのにー」

「そんなわけがないでしょサトリ。頭ねじ切られたいの?」

「ガチギレじゃん。サトリも会話に入れてよー!」

「あぁごめんよ、この赤髪ばっかり相手しちゃって。レミィはこれから無視するね」

「なんでよ」

「サトリが言うから仕方ないね」

「サトリを言い訳に使わないで欲しいし、そもそも言ってないのです」


「ところでサトリは自由自在に体を変えられるみたいだけど」

「「……」」

「……」

「……みたいだけど、なんですか?」

「どれが本物なの?」

「え?」

「色んな体に変えられるなら、どれが本物なんだろうと思って」

「それはもちろん、スラ——」

「どれが本物なんてないわ!あなただっていろんな表情があるでしょう?それがサトリはちょっと劇的なだけ」

「それ、ちょっとか?」

「今のこの見た目は、サトリの表情の一つよ!」

「なるほどなぁ」

「初めて知ったのです」

「……ん?」


「で、なんちゃって魅了悪魔は、男性苦手なの?」

「誰がなんちゃって魅了悪魔よ。べ、別に苦手って程でもないわ。ほら、今こうして貴方とも話せているじゃない」

「レミィは男性に好意を持たれるのが苦手ですね。普段は表に出ませんが、あの技能を使うとなると、まず足手まといになります」

「一番ダメ」

「ちょっと体の形が変えられるだけのちびっ子が言うじゃない」

「ちょっとかなぁ……」

「ちびっ子なのはこの変態の要望なのです。サトリはもっと大きくなれますし、大きくなっただけ強くなれますよ。試しにお前を捻りつぶしてやりましょうか?」

「巨大ロリは解釈違いだからやめて欲しいかな。あと変態って言った?もっと言っていいよ」

「外野は黙ってなさい」

「輪の中心の勇者だよ。というかなんでお前ら一緒に来たのに仲悪いんだよ、交友関係築いとけよ来る前に」

「うるさいのです」

「あっすみません……」

「そうよ黙ってなさい岩負い勇者」

「あ?ぶっとばすぞコスプレ悪魔」

「なんで私には当たり強いのよ、誰がコスプレ悪魔だ上等じゃないやってやるわよ」

「これはサトリの獲物なので勇者様は下がってろなのです」

「うっす」

「どきなさいサトリ、私は最初にそいつが()りたいわ」

「俺と戦いたくばこのロリっ子を倒すんだな!」

「何偉ぶってんのよ、ロリっ子盾にしてないで出てきなさい!」

「はっはー!」

「だからうるさいのです」

「あっすみません……」

「だから何であんたはその子に弱腰なのよ」



 *



 そんなこんなでわいわい歩いていると、一体どこで嗅ぎ付けたか俺たちを待ち受ける影があった。


「よぉ盗人。両手に花での行軍とは、早速豪華だねぇ」

「分かる?」

「皮肉言ったんだけどお前こそ分かってる?」

「こんなに大勢での歓迎なんて照れちゃうね。なぁ二人とも……あれ?」


 居ない。……居ない!


「……かわいい女の子二人知らない?赤髪と金髪の。急に迷子になっちゃって」

「俺たちと目が合った瞬間、真っ先に逃げて行ったぞ。お前を置いてな」

「まったく、恥ずかしがり屋さんなんだから」


「無駄話はいい。その聖剣、返してもらおうか」

「え、何?預かってくれんの?」

「返せっつってんだよ」

「何か汚れがこびりついちゃっててねぇ、綺麗にしてくれると助かるよ」

「返せっつってんだよ。それ汚れだとしたら頑固すぎんだろどこまで成長してんだ話通じねぇなこいつ」


 大岩のこびりついた聖剣を背中から抜く。超重い。


「それじゃあ何か、俺と遊んでくれるのか?」

「……もうそれでいいや」

「丁度試し切りがしたくてね。相手を探してたんだ」

「何も斬れねぇよそれじゃ」


 ぶんぶんと、大岩の付いたクソ重い聖剣を振り回す。


「力には自信があるが、剣術は不得手でね。手加減してくれると助かる」

「……ふん、ただの賊じゃあないみたいだな。おもしろい」


 剣を持った衛兵たちが、一斉に斬りかかってきた。

 雄たけびを上げ、俺を囲み、おい多勢に無勢はずるいぞ、彼らは掲げた剣を振り下ろす。


 オォォォォオオオオオ!!ゴッ!!


 剣を振りあげた衛兵たちは、横薙ぎに振り回した俺の岩(剣)にぶつかる。彼らは面白いように飛び散っていった


「「「……」」」


「これが聖剣の力!」

「ちげぇだろ!」


 わらわらと集まる人間ども、次から次へと吹き飛ばしていく。重装備の鎧に身を包んでいるはずの衛兵たちが、この剣(岩)に触れると軽く飛んでいく。


「ふはははははは!」

「こ、こいつ強いぞ!?」

「死ねおらぁ!」

「おい勇者お前!死ねとか言うな民衆に!」

「人がゴミのようだ!」

「ゴミも言うな!」

「食らえ民クソ!」

「誰が民クソだ!それを言うなら民草だ!」

「我が剣の(やすり)となるがいい!」

(さび)だろ聞いた事ねーよそんな文句!」


 バッタバッタと衛兵どもを薙ぎ払っていく。


 と、その中で鋭い剣戟が一つ、飛んできた。

 体を逸らすのが少し遅れていたなら、今頃首から血が噴き出していただろう。


「……危ないじゃないかー」

「殺す気でやったさ」

「お前は千人将……いや1000番手だな」

「……何かと思ったらヤスリかよ番手に直すな」


 言っている間にもヤツの激しい攻撃は続く。猛攻に押され、少しずつ俺の体は傷ついていく。ヤツは無傷のままに。

 んー、これはちょっとまずいかもなー。


「いいぞいいぞ!!」

「そのまま押し込めー!」

「やってやってくだせぇお頭!」

「お頭と呼ぶな俺が盗賊みたいだろ!」

「そう言うなよぉ、お頭ぁ」

「お前が一番呼ぶなこの盗人ぉ!!」


 一際激しい攻撃が来た。聖剣、もとい岩石で受け止める。


 まともに衝撃を喰らった岩は、奴の攻撃で粉々に砕け散った。


 中から、途切れていた絢爛の刀身が現れる。


「ナイスヤスリ!」

「ヤスリじゃねーつってんだろ!」


 あぁ、これで軽くなった。


 奴との距離を詰め、そして切り飛ばした。

 俺の動きを見切れなかったそいつは、驚愕の表情を浮かべながら、その場に崩れ落ちる。

 これまで岩石を振り回していた力を、この剣一つに集中させたのだ。重い一撃は、速い一撃へと転化した。

 奴はその変化を見切れなかった。

 その重厚な鎧には、大きな裂傷が刻まれていた。


「お、親方ぁ!!」

「お頭も親方も変わんねぇよ誰が親方だ……」

「まだ生きてた!!」

「まだ生きてた言うな……」

「安心しな、峰打ちだ」

「それ諸刃の剣だしざっくり切れてんじゃねーか……」

「もうこれ以上喋らないでくだせぇ親分!」

「お前らが喋らせるんだよ誰が親分だ……」


 良かった無事だった!危ねぇ勇者がいきなり人殺しするところだった。急に軽くなったから力加減上手くいかなくてビビったね。


「そこまでよ!」


 と、突然、誰かの叫ぶ声があった。


「誰?」

「私は女神」


 振り返ると、一人の女が立っていた。やけに豪華絢爛な衣装に身を包み、不遜な態度でこちらを眺める。

 その背後にも、人影が見える。


「やべぇやつきた」

「あんただけには言われたくないわよ!聖剣返しなさいよ!」

「は?俺は勇者だよ?ならば聖剣は俺の物」

「どの口が言うのよ!」

「ほら見てよ、このまっさらな聖剣を持つこの俺。ほら勇者」

「さっきまで大岩こびりついてたじゃない!無効よ無効!私はあんたなんて選んでないわよ!」

「へー」

「へーじゃない!くそぅ、頭がおかしくなりそうだわ……」

「落ち着いてください女神様。ここは私に任せてください」


 自称女神の後ろから、なんかイラっと来る爽やかなイケメンが現れる。


「何者だ貴様っ!」

「急に元気だなお前!自分の地位が揺らぎそうになってビビったか!そうよ、本物の勇者よ!こっちに居る!この子が!本物の勇者!」

「勇者を騙るとは何たる極悪非道な(やから)!」

「お前が言うな!」

「落ち着いてください女神様。私が今すぐに、あの人から剣を取り返してきますから」


 自称勇者 (非俺) が優しく諭すと、自称女神は肩で息をしながら怒りを沈めていく。


「くっ、頼んだわよ勇者……」

「任せな!」

「お前じゃないっつってんだろ!」

「人任せかよ女神のくせに!」

「勇者押しのけて真っ先に戦う女神はいないわよ!」

「お前の方が弱そうだもんな!」

「上等だ、私直々にぶっ飛ばしてやる貴様!」

「め、女神様落ち着いて!」


 女の堪忍袋はぎりぎりみたいだ。もうちょっと煽ったらこっちまで来そう。


「き、キリがありません。行きますよ!」


 それを見越した青年が、問答無用でこちらに駆けてきた。


「はっはっはー!こちらには聖剣がある!お前如きがこの俺に勝てるかな!」

「その発言で勇者のつもりかお前!」

「うるせーぞ野次馬(やじうま)自称(じしょう)女神(めがみ)!」

「勇者早くぶっ殺せそいつ!」

「その発言で女神のつもりかお前!」

「うるさい盗人(ぬすっと)(にせ)勇者(ゆうしゃ)!」

「言われてんぞ」

「あなたですよ。……安心してください、命までは奪いませんから」

 

 けっ、中身までイケメンかよいけ好かねー野郎だ。


「勇者とは正義の象徴です。あなたが何であれ、あのような持ち出し方は許されません。あれでは誰も、あなたが勇者だとは認めない。そのまま聖剣が振るわれたなら、勇者の名に瑕がつきます。その剣、返してもらいますよ」


 彼はご丁寧に、俺に話しかけてくる。


「はー、置物の剣に名ばかりの勇者。誰も使わないからもらっただけさ」

「……私がその内使うつもりでしたよ」

「何のために?」

「……とにかく、それは返してもらいます」


 奴が斬りかかってくる。

 くっ、速いな!さっきの衛兵をまとめていたお頭よりも、腕が立つ!腹も立つ!


 瞬く間に、俺の傷が増えていく。それらは決して浅くない。

 増え続ける傷が動きを鈍らせ、そしてすぐに——そいつの剣が俺に届いた。


 奴の剣が、俺の右足の腿を大きく切り裂いた。

 たまらず俺は地面に膝を着く。


「ぐぅっ……!」


 続いて剣が……俺の大事な剣が、跳ね飛ばされ、俺の手の中から離れ、彼方へと飛んでいく。


「ま、待てっ!!」


 彼はゆっくりと歩いていく。俺が見ている中で、それを拾い上げた。

 取り返そうと考えても、手を伸ばしただけでもこの足が痛む。これは……迂闊に動くと、失血で気を失いかねない。


 聖剣を手にした彼は、そのまま遠ざかっていく。


「待て……それは俺の……」


 流れ出す血、冷えていく体、急速に薄れていく意識。声すらまともに出ず、伸ばしただけの手も降りていき——

 俺がようやく出した掠れた声に、奴は最後に振り返る。


「では、これで。偽物の勇者さん」

「返せ……それは正義の、勇者の剣だ……!!」

「……だから、私の物ですよ」

「返せ!!」

 

 ふり絞った声も、奴を止めるには至らず。

 奴は去って行く。


 と、自称女神が、出迎えにわざわざこちらまでやってきた。

 彼の目の前まで来ると、立ち止まる。


「よくやりましたね」

「これで、よろしいのですか?」

「えぇ。その剣は私が預かりましょう」

「……はい。どうぞ」


 聖剣は女神の手に渡った。……渡ってしまった。

 そして——


「待ちなさい勇者!そいつは偽物よ!」

「……は?」


 自称勇者が自称女神に聖剣を渡したところで、他の場所から自称女神の声がする。


「どっちも偽物だろ!」

「すいません!どれのこと言ってます!?」

「あぁもうややこしいわ!あんたが今聖剣を渡した女神、そいつが偽物なの!」

「お前か!」

「違うわ!あっちが偽物よ!」

「最初からどっちも偽物だよ!」

「やかましい!盗人勇者あんたはややこしくなるから喋んないでくれる!?」


 自称だの偽物だのが入り混じり、場は混迷を極めている。

 今しがた聖剣を渡したばかりの女神を、自称勇者が見つめる。


「……とりあえず、私は一人しか居ない本物です。聖剣は私が預かりますよ。とりあえずそれ、返してくれます?」

「……」

「あなたが私の味方であるならば、返せますよね」

「……」

「どうしました?」


 だっと、彼女が逃げ出した。

 彼女が向かう先は——こちら、俺の居るところだった。

 すぐに彼が剣でその背中を斬りかかる——


「逃がしませんよ!」

魅了(チャーム)!」

「なっ!」


 しかし、こちらに走ってくる推定偽物自称女神を追う、彼の体が、突然力が抜けたようにその場に崩れた。


 そして、背後から現れた人影が俺を抱え上げ、体が浮く。後ろを見ると、赤髪の少女が黒い翼をはためかせて浮いている。

 こちらに駆けよる推定偽物自称女神の姿は、その途中でドロリと溶けて金髪幼女に変わる。


「逃げるわよ!」

「勇者様大丈夫!?」


 レミィ!サトリ!


「俺を見捨てたんじゃなかったのか……」

「あ、うん」

「もちろんです当然じゃないですか私たち仲間だよ」


 なんて絆の強い仲間なんだ……!さっき会ったばっかなのに……!


「ま、待ちなさい!」


 女神は情けなく声を上げる。


「はっはっは!正義を騙るお前ら、さては魔王軍だな!今日はこの辺にしといてやる!やがて正義の鉄槌がお前らに下される!覚えてろ!」

「捨て台詞を吐く魔物を連れた盗人が何をほざく!」

「それはそう」

「元気なのです、この死にかけ」

「はーっはっはっは、はーっはっはっは!はーっはっはっは!!さらばだ!」

「うるさい目の前で騒ぐな静かにしてろ!」

「返せーーーー!!!!」


 レミィの腕の中に揺られ、俺たちはその場を逃げ出した。



 *



「使え。治癒ポーションだ」

「治癒ポーションよりもチューの方が効きそうだなぁ」

「黙ってろケガ人」

「いててて」


 彼女が取り出した高価な治癒ポーションが、右足に刻まれた裂傷に惜しげなく使われる。

 これで数時間もすれば、怪我は跡形も無くなっていることだろう。


 ここは再び森の中。獣道すら繋がっていないこの場所は、探し当てるには苦労するはずだ。


 そこに、俺とレミィとサトリ、それからもう一人。


「で、どうしたんです我が(あるじ)

「別に私はお前の(あるじ)では無い……お前、あの会話聞こえていたのか」

「さて、何のことやら」

「……まぁいい。お前に、話がある」

「聞きましょうとも。なんたって、俺は勇者ですから」


「単刀直入に言おう。私は魔王だ」



 この国は、女神が頂点に君臨する、いわゆる神制の国である。


 教義として「魔族絶対悪」を掲げ、魔族を倒す力を民衆に与えることで信仰と力を集めている。


 魔王は魔族たちを率いる王であり、女神傘下の人間たちの宿敵でもある。魔族と人々は長年対立を深めてきた。


 けれど一方で、魔王は女神が必要とされる理由でもあった。自身が制御できる範囲では、魔王は生きていた方が好都合な存在であった。


 女神は魔王の存在を許していた。表で魔族を悪とし、裏ではむしろ、魔王討伐を抑制さえしていた。


 ここで本題。


 最近代替わりした今代の魔王は、どうも和平交渉を望んでいるらしい。

 当然、そんなものを認めれば女神信仰の威信に関わる。


 そこで、自身が聖剣を与えた勇者を用意し、一刻も早い討伐を考えていた。自分の都合のいい魔王に再び変わってもらうために。


 一方、魔王は魔族たちから孤立していた。魔王軍の中には、和平を望むなどという腑抜けた方針に、反感を持つ者たちが多勢居たからだ。


 魔王たちは、少数による行動を余儀なくされた。魔王軍と女神軍の両方に睨まれながら。


 そんな時、なんと聖剣を勝手に持ち出したバカが居たらしい。そいつを仲間に引き入れられれば、形勢は一気に好転するはず。


 魔王は一発逆転の好機に賭けて、早速その勇者とやらに接触を図った。



「——というわけだ。私は黙ってお前を巻き込み、こんなケガまで負わせてしまった。本当に、済まなかった……。その聖剣を私に渡してくれ」

「わたしにわたしてくれ?」

「今私は真面目な話をしているよ」

「聖剣をぶんどってきたのは俺で、怪我をしたのも俺の責任。あんたのせいじゃないさ」

「……私はお前に、何も話さなかった。知っていたのに。危険な未来が見えていたのに」

「それでも、自業自得さ」

「……その剣を渡してくれ」

「何言ってんの、こりゃ俺んだ」

「これ以上、君が危険な目に遭う必要はない」

「いいや、渡さないね。俺の剣だもん」

「聞いてくれ勇……いや」

「ほら、今だって。君は俺を何と呼ぼうとした?」


 期待には答えないとね。ま、そんなものなくても、俺は俺のやりたいようにやるだけだ。


「君は関係ないんだ。危険な目に遭う必要も、無かった」

「いいやあるね。俺は勇者だよ」


「決めた。女神が悪の魔王だ。俺が斬ってやるさ、その魔王」



 *



「現れたな魔王軍!!」

「白々しい。もうお前の戯れ言に付き合うのは止めだ」


 王城前の大きな広場、しかし今は人っ子一人見当たらない。

 真の姿をさらした魔王がここに居るから。


 広場に佇むは魔王と勇者、高台から見下ろすは女神と勇者。


「はっ、勇者というのは魔王を屠る英雄の事だ。少しでも勇者としての自覚があるのなら、そこに居る魔王を即刻切り捨てよ」

「魔王どれ?」

「お前の背後のそいつだ。もし殺せたのなら、お前のこれまでの咎はすべて許してやる」

「メリットがゼロだねぇ」

「ふん、やはり話は通じないようだな。行け、真の勇者よ」


 いけ好かないイケメンが、広場の台座から飛び降り、目の前に着地する。いやどうなってんだお前その身体。


「……剣を渡してくれ」

「断る」

「……殺せとまで、言われてるんだ」

「お前も大変だねぇ」

「……君に勝ち目はないのは、もう学んだでしょう」

「忘れたさ」

「……ならばもう一度、君から奪うまでだ」


 そして、勇者と勇者の戦いが、始まった。


 奴が斬りかかってくる。容赦のない攻撃が、立て続けに襲ってくる。


 戦況は、前回と同じ。

 一合斬りあうごとに、俺だけが傷ついていく。


「随分と強いな」

「当たり前です」

「その強さの秘訣は、やはり女神の加護かね」

「それがどうしたというんですか」


 こいつはやっぱり、何も分かってなかった。


「お前は本当に、自分が勇者だと思ってる?」

「当たり前じゃないですか。私は選ばれた勇者です」

「選ばれた。何に?」

「そりゃあもちろん女神さまにですよ」

「だよなぁ」

「はい」

「だから偽物だ」

「……何を言ってるんですか?」


 彼はまるで心当たりがないというように、俺を見てくる。


「お前は聖剣が選んだ勇者じゃないってことだよ」

「女神さまが選んだ勇者ですよ」

「そうだよ。お前は都合のいい存在だから選ばれた。女神にな。勇者としての素質を認められた訳じゃない」


 彼の剣が揺らいだ。


「……そんなことは」

「現に、お前は今も女神の言いなり。言われたことを疑いもせず、命令をこなすだけの都合のいいお人形。随分と、優秀な、手足だ」

「……私は!」

「いいか!何もかもだ!この国では、何もかもが女神の思い通りだ!勇者を選ぶことも、魔王を倒すことも、今こうしてお前が俺を倒そうとしていることも、全て女神の思い通り!!」


 聖剣は、勇者の証。

 その聖剣がお前を選ばなかったと、女神は多くの勇者の芽を摘んできた。世界を自分の都合の良いままに保つために。


「……それの、何が悪いって言うんですか!」

「その全てを司る女神さまとやらは本当に正しい存在か!いう事なす事全部、間違ってないと言えるのか!」

「そんなの、当たり前……」

「当たり前?何が当たり前だ!言ってみろ!」


 彼は、しどろもどろに答える。


「……女神さまは……この国では、正しい存在で……」

「自称勇者。勇者ってのは正義の味方だろうが」

「……もちろんです」

「お前の正義はどこにある。お前は一体、誰の正義で戦ってる」

「……私は」

「お前の正義なら、自信を持って語れよ」


「勇者よ!敵の戯れ言に耳を貸してはいけません!早くそれを倒すのです!」

「ほら、女神さまがご所望だぞ。俺を倒して見ろ自称勇者。お前が信じる正義とやらでな。……勝った方が本物の勇者だ」


 ぐはっ!


「負けてるじゃないか!」

「ごめん魔王様……」

「今勝つ流れじゃなかった!?」

「ふふふ……この俺に勝てたとして、お前にこの魔王が倒せるかな……?」

「今敵に取られた聖剣あれば多分いけるね!」


 やはり俺には実力不足だった。

 俺はボロボロの体で地面に倒れていた。奴にもそこそこ痛手を負わせたとは言え、俺の聖剣は奴の手元に——


 聖剣を手にした勇者が、魔王の前に立つ。

 魔王は悠然と、彼を見つめていた。

 その風格に、威厳に、彼は静かに立ち向かう。


「……観念してください、魔王よ。あなたは滅すべき存在だ」

「……」

「こんな所で相まみえるなんて、思ってもみませんでした。もっと相応しい舞台で、色んな過程があって……」

「……」

「私に語る言葉は持ちませんか」


 魔王は、ただ静かに彼を見つめていた。これから起こりうる激しい戦いを予期してか、はたまた一方的な蹂躙を行うのだと信じ切っているのか。

 ただただ、黙って彼を見つめていた。


「……ならば、行かせてもらいます」

「………………ひ」

「……ひ?」


 魔王が何か言葉を発した。何を語ろうとしているのか、勇者はその言葉の続きを聞くため、剣に手を掛けたまま魔王を見続けた。


 痛いほどの緊張と沈黙が、場を支配していた。


「ご……」

「“ご”?」


「…………ごめんなざいっ!!」

「……え」


 予想外の言葉に、勇者は呆然とする。

 魔王様は、そのまま見事な土下座を始めた。


「い、いや、あの……?」

「や、やめで……!殺ざないでぇ……!」

「あれ……?これも偽物……?」

「本物だよ。おい立て魔王」


 終いには、彼女は泣きだし、土下座で勇者に命乞いを始める。

 魔王に足に纏わりつかれた勇者は、困ったようにこちらを見てくる。


「あ、あの……」

「殺ざないで……殺ざないで……!」


 勇者は困惑している。

 俺も知らないよ。

 ただ泣きじゃくる彼女は、最早会話が通じない。


「ぐすっ……痛いの嫌だから和平望んだのに……」


 結構自分本位な理由だったんですね。じゃあ臣下に謀反起こされても仕方ないよね。

 見ていても進まないので再び勇者に語りかける。


「おい、自称勇者。お前、こんな、痛いのが怖いだけの女の子を斬り殺すつもりか?それが、お前の掲げる正義とやらなの?」

「だ、だって!女神さまが……」

「また女神かよ」


「……私、は……」


 彼が、今一度女神を振り返ろうとしたその時。


「——がっ!!」


 彼の背後に迫っていた女神が、勇者の背中を切りつけた。


「なっ……!なぜっ……!」

「もういい、腑抜け。貴様はもう用済みだ。その聖剣を寄越せ」

「……女神……さま……」

「ははは!!やはりこの力だ!」

 

 深手を負った勇者は、女神の一撃によって容易く倒れ伏した。


 もう、その場に立っているのは、聖剣を手にした女神と、腑抜けた魔王だけであった。


「い、いや……!来ないで……!」

「ははは、あの憎き魔王も、ここまで無様ならいっそ愉快だな」

「お、お願い……!な、何でも言うこと聞くから!」

「要らん。死ね」


 女神が、魔王を貫いた。心臓の位置を、正確に。


「ぐっ……!!」


 魔王は一度、身を大きく痙攣させた。そして——力なく女神へと寄りかかる。あれだけ遠ざかろうとしていた、女神の方へと。


 それきり、動き出すことは無かった。


「ふん。呆気ないものだな。つまらん」


 再び静かになった広場は、最早動いているのは女神だけであった。そいつは、ひどく退屈そうに、俺たちを眺めるのであった。


 やがて俺たちからも、興味を失ったように目を逸らした。


 女神が、魔王の体から聖剣を引き抜こうとする。

 が、剣は、魔王の体に深々と突き刺さっているようだった。中々抜けない。まるで、何かが癒着しているように。


「くそっ、このっ、離れろっ!!」


 剣を抜こうともがく女神の、その背後に。

 一つの影が現れた。

 そいつは女神の体に触れ、一言唱える。


「|魔王の触穢《愚かな生き物よ、己が身の矮小さを知れ》」

「あ?」


 途端、その影から噴き出した瘴気が女神を包みこむ。


「なっ!!今やったのは偽物かっ!!?卑怯なっ!!」

「私に誠実を求めるか、女神よ」


 体を覆う瘴気に対抗するように、女神の体から光が放たれる。光が迸り、しかしその全てにそれ以上の闇が覆い被さって、漏れ出る光は徐々に抑えられていき、暗闇の中に消えていき——


 突然、魔王が跳ね飛ばされた。


「貴様っ!!よくも神聖な我が体を汚してくれたな!!」


 女神は無事では無かった。その身体を大きく汚されていた。

 しかし、それだけでは、女神は倒せない。

 けれど、


「勇者様!!今だっ!!」


 聖剣の刺さった方の魔王の体は、刺さったままどろどろと移動して、俺の手元まで来ていた。

 そして聖剣が俺の手へと収まる。再び、俺の元へ帰ってきた。


 よし!おっしゃあっ!行くぞー!


「……っ起き上がれよ勇者!」


 しかし俺の体は、力なく地面に倒れたまま。


「無理ぽ……」

「おい勇者!?あとちょっとだからお願い!!」

「行けよ自称勇者(ゆうしゃ)……」

女神の力は尽きました(私は電池切れです)……」


 俺しか居ないようだ。

 聖剣を杖に、どうにか体を起こす。

 奴は、俺たちを憎々し気に睨んでいた。


「はっ、魔王の呪いをくらったとは言え、ボロボロの貴様に何ができる」


 確かに、こんなボロボロの体で、力なく剣を振ったところで、女神の体には当たるまい。


「お前を倒すくらいは余裕さ、なんたって、勇者には頼もしい仲間が居るからな」

「……そう言えばもう一人居たな、あの低級悪魔が。あの程度のちんけな技が、女神の私に効くとでも?」

「効くかどうか、試してみる?魅了(チャーム)!」


 空から現れた影が桃色の光を女神に浴びせる。


「ふん、無駄……なっ!!」


 女神の体は、その場に縫い付けられたように動けなくなった。


「そうか、呪いが耐性を下げて……!!クソっ!!忌々しい!!」


 俺はボロボロの体を引きずり、奴に近づいていき、そして——


「やめろっ!!私に近づくなっ!!」


 女神が俺の一太刀を避けることは、許されなかった。


 それは致命傷だった。


 大きく切り裂かれた女神の体は、しかし血など噴き出ることはなく、ボロボロと崩れ、形を失っていく。


「おのれ!!偽勇者が!!」


「覚えておけ。勇者ってのはな、自分の正義で自分勝手に戦う英雄のことだ」


「認めん!!私はお前など認めんぞぉ!!」


「聖剣に台座が付いて来た?それがどうした。俺が勇者だバカ野郎」


 もう一度剣を振ると、奴の体は、儚く砕け散った。



 *


 


「よくやってくださいました、勇者様!!」

「やればできるじゃない!」

「最後ら辺まで信じてなかったけどやるじゃん!」

「お前ら……!!」


 全ての力は使い切った。膝を着くと、仲間たちが駆け寄ってくる。


「当たり前だよね」

「いや、うん……」

「何で顔を逸らすの?」

「いや……うん」

「お前の自業自得なのです」

「ひどいやサトリん」

「ん、勇者様サトリに“お前”って呼ばれてるのか?」

「こいつ喜んでるので大丈夫ですよ我が主」

「それ大丈夫か?」


 魔王が俺の体を抱き上げ、語りかける。


「勇者様、此度の活躍、誠に見事……見事……?まぁ見事でした」

「俺だしね」

「心より感謝申し上げます。お礼として、私たちに出来る事であれば、何だっていたしましょう」

「ぐへへ」

「限度はあります。拒否権もあります」

「えー」


 丁度目の前に、触りやすそうなぽよぽよがあったのに。二つも。


「それにしても魔王様、追い詰められるとあんな風になるんですね」

「そう言えばサトリ、よくもまぁ私の体であれだけ情けない演技をしてくれたものだな?」

「あれは演技ではありません、が主。サトリの素です」

「……あっごめ」

「我が主の体で情けない姿をさらしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「いや、その……ほんとごめん」

「命張った部下への第一声が嫌味とかまじないわー、まじ魔王だわー」

「ゆ、勇者様……いやその、いつものサトリとあまりにイメージが違ったから、つい演技なのかと……」

「まぁ演技なんですけど」

「サトリ。貴様は処す。魔王を侮辱した罪で処す」

「魔王様のご命令とあらば何なりと!」

「意味無さそうね」


「ふむ……」

「な、なによ」

「いや、ご褒美は誰にやってもらおうかなと」

「魔王様が一番いいと思うの」

「主を売るなレミィ」

「レミィが一番たのしそうかな」

「それが良いと思います」

「サトリもそう思います」

「急に仲いいなあんたら。……まぁでも拒否権はあるのよね」

「無いぞ」

「無いのです」

「無いっぽいね」

「は?ちょっと何でよ!こういう時の偉い立場でしょ、あんたが責任取ってくださいよ魔王様!」

「魔王命令で勇者様に奉仕を命じる」

「却下よ却下!拒否権を行使する!」


 と、トカゲのしっぽ勇者もこちらに来た。


「やぁ、気分はどうだい自称勇者」

「もう、僕を勇者と呼ばないでください……」

「了解」

「……私は結局、勇者の器じゃなかったのでしょう」

「そーなんだ」

「“そーなんだ”って……あなたが言ったんでしょう。私は勇者じゃないって」

「俺が決めていいの?」

「え?」

「俺が、お前が勇者か勇者じゃ無いか決めていいの?俺が決めたそれをそのまま、またお前は受け入れるの?」

「……」


 彼は一度瞠目する。


「そう……ですね。これからは、自分で決めることにします。やはり私は勇者です。どうぞ、これからも自称勇者とお呼びください」

「ややこしいからやめてくれないかな」

「えぇ……」


「あ、そうだ。私が勇者なのでその聖剣くださいませんか?」

「図太いなお前」

「ほら、私はあの女神にも(・・)認められた勇者なので」

「誰が渡すか。なぁみんな?」

「こっちのが強いし、いいんじゃない?」

「俺が勇者だバカ野郎」



「よくやりましたね!」


 さらにもう一人の役者が現れる。最初に、俺を町から逃がしてくれた、高貴そうなお嬢様だ。


「勇者様、私はあなたを信じていました!」

「まったくだ。俺も俺を信じていたよ」

「……ねぇ勇者様、その人は誰ですか?」

「……え?魔王軍おまえらの仲間じゃないの?」


 お嬢様と魔王軍は顔を見合わせる。


「違いますけど」

「お初にお目にかかります、私はこの国の姫をやってます」

「あ、どうも初めまして。その辺治めてる魔王です」

「はぁ、魔王様」

「え?姫?」


 そっかお姫様かすごいなー。


「まぁいいや。ところでさっき倒した女神の欠片ですが、さっそく聖剣を強化しますね」

「言ってる意味が分かりません。え?聖剣これ以上強くなんの?」

「まぁ強化って言うより封印を緩める感じですけど。今の聖剣は、本来の性能には遠く及びませんよ」

「これでか……」


 今のままでも女神倒せたやべー剣なのに。

 そのお姫様は、女神を倒した辺りで何かドロップしていたらしい、欠片を拾ってきて、聖剣にぐりぐりと押し付けた。


「出来ました」

「簡単だね」

「これでも王族の人間しか出来ないんですよ。感謝してくださいね」

「あっす」

「……どういたしまして。さて、それでは改めて、あなたに頼みたいことがあります」


 彼女は身を正し、俺に向き直った。……え、なになに?まだなんかあんの?俺はもうお腹いっぱいなんだけど?


「私を助けてください、勇者様。この世界で——女神が暴れております」


 ……なんだ。まったく冷や冷やしたぜ。一体どんな面倒事を押し付けられるのかと思ったら。


「安心しな。女神なら今さっき倒したよ」

「いいえ勇者様。あれは数多ある現世体のたった一つです。本当の女神は、本体はおろか、分身すらたくさん残っています。世界各地にうじゃうじゃ居ます。ついでに討伐すべき魔王もいっぱいゃ居ます」

「……ッスーー」


 ……え、なに?苦労して倒した女神が分身だった?本体どころか分身もまだまだ居る?ついでに魔王もいっぱい?全部倒して回れ?俺が?……勇者だから?


 ……えっとねー。


「お願いです勇者様!どうか私たちをお助け下さい!」


 お姫様は勇者に、助けを求めた。



「やっぱ聖剣(これ)要らない?自称勇者」

「要らないです」

「「「お前が勇者だバカ野郎」」」

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