それはきっと幻じゃない
家紋 武範様主催『夢幻企画』投稿作品です。
今回はちゃんと幻をテーマに使いました! えっへん!
ギャグも恋愛要素もない、シリアスな作品ですが、よろしければご一読ください。
「先生、こちらです」
「うむ」
運転手が扉を開け、高級車から降りた男は、一軒の家のインターホンに手を伸ばした。
「芥井鑑!」
芥井が声に振り向くと、刃物を構え、目を血走らせた少女が殺気を迸らせていた。
「お父さんの仇! 覚悟しろ!」
「……あれです、麻穂さん」
刃物を構えて突進してくる少女に、芥井は動じた様子もなく、隣に立つ青年に告げる。
「はーい」
麻穂と呼ばれた青年は芥井の前に出ると、少女の手首を払い、足をかける。
「あうっ!」
突進の勢いのまま、地面に転がる少女。麻穂はその背中に乗り、動きを封じる。
「どーも初めましてー。江都野真智子ちゃん? 可愛いねー。女子校生? 僕、麻穂路資、よろしくー」
ナンパのような軽いノリで喋る麻穂。真智子の抵抗が一層強まる。
「離せ……! あいつを、あいつを殺すんだ……!」
「それは困っちゃうんだよねー。依頼だしー」
もがく真智子の前に、芥井は膝をかがめた。
「お父さんの事は残念だった。横領という罪を犯したとはいえ、何も死ぬ事はなかったのにな」
「ふざけんな! あんたが秘書だったお父さんに全部なすりつけたんだろ!」
吐きかけられた唾をかわし、やれやれと溜息を吐いて立ち上がる芥井。
「……子どもというのは、思い込みだけでここまでの事をする。可哀想な事だ」
「絶対許さない! 殺してやる……!」
『そんな事は言わないでくれ、真智子……』
驚く真智子の目の前に、痩せた男の顔が浮かび上がる。
「お、お父さん!?」
『真智子、お前が父さんの仇をと思ってくれる気持ちは嬉しい。だがそれでお前が捕まっては母さんはどうなる。一人ぼっちだ』
「でも、でも……!」
『幸せになってくれ。母さんと一緒に。それが父さんの最後の望みだ……』
そう言うと、父の顔は風に吹かれた煙のように消えていった。
「お父さん! お父さーん!」
真智子の絶叫が、夜空に吸い込まれていった。
「いやー、説得屋とは凄いものですな!」
「どーもー」
車の中で、芥井は上機嫌だった。秘書が自殺し、一番の懸案だった遺族である妻と娘との和解が成立したからだ。
「ミストとプロジェクションマッピングの組み合わせは凄いですね! 一度見せては頂きましたが、改めて夜に外で見ると、本当に江都野の幽霊のようでした!」
「まー、機材を服の下に仕込んで手から出すのでー、小さく顔を映すだけですしー、稼働時間も短いですけどねー」
麻穂はへらへらと笑いながら、手首に仕込んだミスト発生装置と小型プロジェクターを見せる。
「しかし効果は絶大でした。あんなに殺気立っていた娘が大人しくなって、見舞金もスムーズに渡せましたよ!」
「亡くなった方の言葉は効きますからねー。たとえそれが霧で出来た幻でもー」
「幻だなんてとんでもない! 麻穂さんの演技力は素晴らしかった! 声まで江都野そっくりでしたよ!」
「顔と体格を見ればー、声質とかは大体分かりますからねー」
「流石プロは違う!」
車が駅前で止まる。
「では芥井議員ー」こちらで失礼しますー」
「あぁ。またお願いしますよ」
後部座席に一人になって、芥井は天井を見上げた。
(これで不正献金の証拠は消えた。すまんな江都野、自殺までする事はなかったが、ま、感謝するよ)
ふと芥井からにやけた笑みが消える。
(それにしてもあの説得屋、喋りの癖まで似ていたな……。声質はともかく、喋りの癖なんて聞かないと分からないはずだが……?)
芥井は一人首を捻った。
「……いやいやー、こっちもお陰で儲かったしー? 真智子ちゃんも無事で良かったねー。
……良いって良いってー。それよりそっちは手伝わなくても良いのー?
……ま、そうだよねー。自分でやらないとすっきりしないもんねー。
じゃ、頑張ってー」
読了ありがとうございました。
さて、タグにつけたダブルミーニングの意味に気づいた方はいるのでしょうか? 感想で指摘された方だけに答えをお教えしましょう(ふふふ、これで感想がいっぱい来るに違いない)。
まだまだ企画投稿は続けて参りますので、よろしくお願いいたします。