第四話 青薔薇と傲慢
「た、助け、助けてくれぇ!!」
――――『千枚穿』
「兵士たちよ、民を守る盾となれ!」
――――『八面切除』
「殺せ!殺せぇ!」
――――『六歩足軽』―――『一花火』
「今だ!かかれぇ!!」
――――『五指魔爪・二葉』
逃げる民を千枚の紙を穿つ突きで刺し、民を守る盾になった兵士を背後の人間ごと同時に切り落とし、部下に命令する将軍を無音・無拍子の六歩で肉薄、首を切断し、壊れた武器を捨てたところを襲ってきた暗殺者を両手の爪で引き裂く。
壊して、潰して、射て、穿いて、刺して、散らして、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――――
「……………………」
屍の山、紅い血の海、臓物は河に流れ、それらがトロフィーのように積み重なり、骸より発する腐乱臭の中を当たり前のように立つ。
命を刈り取る事に意味はない。それが最も効率が良いから。
躊躇いはない。躊躇っていたところでそれは己の死を意味する。
ただ効率的に。一切の躊躇もなく。冷酷に。残酷に。命を摘み取る。
―――それでこそ『悪鬼』と吟われた災禍の怪物に相応しい有り様なり。
◇
「……嫌な事を思い出してしまったな」
「ひ、ひぃ!た、助けてく」
「助ける?なにを言っているんだ?」
血濡れの部屋の中で頭を掻きながら腰を抜かした肥え太った男を両断する。
殺した男たちは犯罪者、世間ではテロリストと呼ばれる連中だ。
朝、たまたま何時もより早く目が覚めたため校舎を探索していた際、森から異様な魔力を視認したため駆けつけ、発生源だった小屋の中にいた犯罪者を僅か数秒で全滅させた。
俺個人としては、こいつらの事はどうでも良いが……
「やはり『帝国派』の連中か」
両断した男の胸に刻まれた黒い三つ首の竜の刺青を見て目を細める。
先の戦乱で滅んだディスティニア帝国。そこの残党たちが世界中の様々な場所にその過激な思想を広めた。『力とは正義であり人である。無き者悪であり人であらず』と。この思想は単純が故に深く滑降に染み込み帝国の復活を目論む連中が帝国を滅ぼした連合にテロ行為を行うようになったのだ。
それこそが『帝国派』。世界に蒔かれた厄災の種である。
そいつらのシンボルが体に刻まれた黒の三つ首の竜――――帝国の皇帝一族の紋章である。
「……下らない」
返り血避けのマントから極東の夜叉の仮面を装着し吐き捨てるように呟く。
力に善も悪もない。人であるかないかも関係ない。ただ、斬って、刺して、潰して、燃して、轢いて、砕けば――――殺せる。そこに力の優無、善悪、、人であるか否かは関係ない。
それを理解出来ていなかったから帝国は滅びたのに、それを教訓にしていなかった連中は―――おぞましい程の愚者なのだろう。
「動くなァ!!」
「………………」
背後から凛とした女の声が聞こえ振り向こうとするとレイピアが頬を掠める。が、動じない。
鋭い突きだな。だが、殺意が籠められてない。それでは俺を殺せない。
「貴様、何者だ!?」
「……答える必要はなし」
床に突き刺さったテロリストの直剣を抜き緑が狩った青髪の女に剣を構える。
鋭い目に体から漏れる濃密な青い魔力のオーラ。そこから放たれる剣圧。制服から見える引き締まった肉体には満たされた筋肉があり、胸当てや籠手には打撲痕や切られた痕がある。
間違いなく、実戦を積んだ高レベルの剣士。しかも、魔力も高いときた。それ海のように青い魔力はとある一族にしかしかない。
「『青薔薇』の一族……アクアリウム公爵家か」
「ああ。私の名はブルート=アクアリウム。アクアリウム家の次女だ」
「……姉はどうした。確か、一つ上に姉がいたと記憶しているが。まだ在学中だった筈だ」
「……姉は先の戦乱の折り、死んだ。あの火、ヴェネアチトにいたせいで」
真偽をはっきりとさせるための質問にブルートは顔色一つ答える。答えながら俺の隙を窺ってくる。
アクアリウム公爵家。別名『青薔薇の一族』。
建国に携わった五大貴族の内、その一つである水属性の魔法に高い適性があり、髪や瞳がマリンブルーなのが特徴。先の戦乱時、海より多くの艦隊を引き連れて多くの戦果をもたらした。だが、その本拠地を何者かに襲撃。住民の九割を壊滅させられた。
その本拠地こそヴェネアチト。水の都として栄える街であり、この国の海軍の拠点でもある街である。
そして、このブルートの姉もヴェネアチトにおり、死んだ。俺はそう聞かされてる。
「そこからだ。私が帝国を憎み、それに連なる者たちを皆殺しにすると」
「……………」
「そしてチャンスはやってきた。近々、この学校にテロリストが襲撃すると」
「……………」
「ならば――――蹴散らすのみ!」
話ながらの踏み込みからのレイピアの刺突を剣の腹で防ぐ。
速い。そして刺突が曲がる。レイピアの材質がフルーレ寄りか。剣の位置をずらす事で刺突を防いではいるが、連続されると少し困る。
「はぁあ!」
連続の刺突を剣の腹で防ぎながら相手の隙を見計らう。
速いし曲がる。重さはない分軽さと連続さで攻めているようだが……まだ甘い。
「見切ったよ」
「なっ!?」
曲がった方向に剣の腹ではなく左手を添え突き刺さらせる。捨て身の行動にブルートは驚いて後ろに下がろうとするが、その間に逆手に持った剣に逆袈裟斬りされる。
「くっ――――!」
「ぬるい」
「ガッ―――!?」
身を翻して何とか避けたブルートの腹に蹴りを入れ壁に叩きつける。
さて……これで何とか抜け出せそうだな。
「貴様ァ!」
「生憎と、捕まるわけには行かないんでな」
俺を睨み付けてくるブルートを見ながら剣を中段に構える。
―――『十六面鏡』
「えっ……?」
剣を振るったのと同時に、小屋に十六の斬撃が走る。それをブルートは呆然と見つめ、俺は腰を落とす。
「きゃあっ!?」
切断された建物は一気に崩れ落ちその隙に跳躍し崩れ落ちる小屋から脱出する。
『十六面鏡』と言うのは空間魔法の応用。この世界に重なっている無数の可能性から『同じ十六の斬撃』と言う結果を召喚する。結果をこっちに出すだけだから魔力もそこまで使わないから楽なのだ。
因みに、これの軽量版かつ出すまでの速度が速いのが『八面切除』である。
「っと」
建物からすぐ近くの木の影に隠れるとマントの布の一部を千切り即席の包帯として左手に巻く。
後できちんとした包帯を巻こう。
「どこだぁ!!」
うわ、瓦礫を吹き飛ばして出てきたよ。さっさとこの場から離れよ。
瓦礫を吹き飛ばして出てきたブルートを見てパルクールを利用して一目散に逃げるのだった。
◇
「痛て……」
「だ、大丈夫なの?」
「ああ、このくらい問題ない」
訓練場で先生を待ちながら左手を開け閉めして少し痛みを感じさせる。それで顔を歪ませると隣で待っているクリアが心配そうに見つめてくる。
俺たちこれからSクラスとの合同の戦闘訓練の授業を受ける事になる。
戦闘訓練では、主に攻撃魔法や剣術の授業を行い申し出があれば決闘もできる。俺としては、唯一の実践的な訓練のため、案外気に入っている。
「てか……本当にそれ以上大きいやつ、無かったのか?」
「う、うん……」
この訓練では制服ではなく革鎧を使うのだが……少し問題がある。
クリアの胸当てが胸に押されてパツパツなのだ。何でも、大きいやつはあんまりないらしく、それも年長者の方に回されるため、少し小さい物を使わなければならないらしい。
俺はそう言った邪な感情が生まれつき鈍いため、そうそう気にしないが……他の男子がそれをガン見している連中がいるのだ。
聞いたところによると、彼らはクリアの事がとてつもなく心配らしい。あのおどおどとした雰囲気とは正反対の女性的で魅力的なボディと綺麗な顔立ちから、貴族から余計なやっかみを買っているらしい。それを見逃せなくなり、密かに警護しているのだとか。
まあ、下心が百パーセント無いかと言われると無いとは言いきれないが……まぁ、実害をだし始めたら全力でクリアの味方をするけど。
「今日は確か、Sクラスと合同……ちゃんと他の女子のグループに入っとけよ?」
「で、でも、アリエスくんがいないと……魔力の制御に失敗したら……」
「何時も俺と組んでたら先生から注意を受けるのは目に見えてるからな」
「わ、分かった……」
少し残念そうなオーラを出しながらクリアは仲の良い大人しい女子のグループの方に行った。
注意を受けるのは別に構わないが……聞き込みをしたところ、Sクラスの連中は気にくわないことに全員が貴族。しかも、男子の方が多い。アメリア先生がいる中でクリアに危害を出してくるヤツは少ないかもしれないが……それでも万が一に備えるべきだ。
……なにを考えているんだ、俺は。何故俺はクリアに甘いと思うのだか。それに、あいつの家は俺が―――
「おい、アリエス」
「どうかしたのか、ジャン」
俺が訓練場の隅で考え込んでいると茶髪の少年が話しかけてくる。
ジャン=ディグダ。
『クリアを守り隊』のリーダーで平民。愛すべきアホと言うか、女子風呂を当たり前のように覗きに行こうとする変態。何度か寮官のお世話になっている。専門は剣術で、一元流を得意としている。
こいつとは部屋が隣だからクラスの中では比較的仲が良い。
「お前、何でクリアさんと離れちまったんだ!?」
「別に良いだろ?俺はあいつの保護者じゃないし、あいつにはあいつの付き合いがある。それだけだ」
「……お前、マジで気づいてないの?」
「何をだ?」
「……マジかよ」
一体何を気づいていないのだろうか。俺はこれでも勘は結構鋭い方なんだけどな。
「お前さぁ……本当にクリアさんの気持ちを考えろよ。少し残念そうなに見えるぜ」
「そう言うお前は、眺めているだけでクリアとは話た事はないんだな」
「仕方ねぇだろ。入学式の少し前に一目惚れして告って玉砕したんだぞ!?何を話せば良いのか分かんねぇよ!」
「そりゃそうか……。適当に今日の昼食の日替わりメニューを聞きに言ったらどうだ?」
「それだ!」
「……お前、単純って言われた事はないか?」
「いんや。バカ、とは言われた事はあるけど」
「罵倒されてんじゃん」
そんな話をしていると空間に捻れが生じて桜色のマントを羽織ったアメリア先生が出てくる。それを見て俺らはアメリア先生の前に並ぶ。
Sランクの皆さんは授業が始まる五分前には隊列組んでるよ。お堅いことだな。
「今日はSランクとの訓練だ。しっかりとやれよ。形式は3対3。チームは私が適当に組んでおいたからそれを見て行うように。これには対戦表も書いてあるからな」
先生が見せてきた紙を少しやる気なさげに見る。
俺は、ジャンとミラーレと一緒か。てか、ミラーレって誰だよ。話したことないから覚えてないな。
で、お相手は……バジル、ペッパー、セロリか。いや、香辛料かよ。
「お、一緒だな」
「まあ、それで良いか。それで、ミラーレって誰?」
「……私だ、アリエス殿」
同じチームとなったジャンと一緒に話している長身で空色の髪の凛々しい顔立ちの女子生徒が歩いてくる。
何と言うか……イケメン?スレンダーで長身、筋肉も程よくあるが……可愛さと言うものが全体的にない。顔も美人なのだが、可愛さよりもかっこよさが全面に出てる気がする。
「アリエス殿、不埒な事を考えておりませんか?嫌な感じが」
「……気のせいだ」
「たくよぉ……素直になれよ。こんな男女じゃなければ良かっ」
「言うな!」
「げふっ!?」
俺に疑いの目を向け、ポーカーフェイスで避け、ジャンが悪ふざけで酷い事を言い、それを聞いたミラーレが顔面を殴る。
やれやれ……まぁ、後でジャンには土下座させて謝罪させるか。幾らなんでも言いすぎだ。
「む、アリエス殿の剣、私たちとは少し形状が違いますが、それはなんですか?」
「これは『刀』。極東の武器だよ。特徴としては、普通の剣のように『重さで切る』のではなく『技で切る』ことかな」
「イテテ……使いにくく無いのか?そんなピーキーな武器」
「切れ味はかなり良いからな。まあ、使い方に少しコツがいるけど」
この刀でさえ、たまたま拾った物をそのまま流用しているに過ぎないけどな。まあ、この刀はそれとプラスして、色々と副産物があるけど。
「品がないねぇ……」
「ええ、彼らは下民。下等な生き物でございます」
「そんなのと一緒の空気を吸うのは……汚らわしい」
そんな光景を見ていた香辛料三人組を見て少し眉を潜める。
巨漢デブ、針金ガリ、尻顎金髪キノコと覚えておこう。こんなのを料理に振りかけるのは少しどころか絶対に嫌だ。
「んで、あんたらは誰だ?」
「私はバジル。ミリトン伯爵家だ」
「私はペッパー。ハメクル伯爵家だ」
「私はセロリ。ゴードン公爵家だ。身のほどを弁えろ、下民」
うわー選民思想よろしく、完全にこっちを見下してるよ。それにしても公爵家か……五大貴族ではないにしろ、倒す面倒な相手だな……仕方ない、適当に手加減するか。
「お、おい!そこの女!」
「どうかしたのか、それと、私はミラーレと言う名が」
「名なんてどうでも良い!後で私の部屋にこい!名誉を与えてやる」
「……いえ、結構です」
「な、何だと!?これは命令だぞ!」
「おいおい、そんな命令無いだろ。てか、絶対に行ったらアウトな物だと思うぜ」
「控えろ愚民。貴族の命令は絶対だ」
「そうだそうだ!」
セロリの邪な目から察したミラーレが命令を拒否し、それを庇うジャンが抗議するが、そこにバジルとペッパーが割り込んでくる。
確か、この国では貴族の命令は可能な限り従うと言う面倒臭い法律があったな。そして、大体は命令に従わなければならない。故に、貴族からの命令は絶対だと言う誤った考えが発生する。
やれやれ……仕方ない。少しだけ、手を出させて貰うか。
「そこまで言うなら、この戦いで決めようか」
「な、何!?」
「何故貴様の提案に乗らなければならない」
「身の程を知れ!」
「いや、それの方が文句つけれないだろ」
「ぐ……」
「わ、分かった。その提案乗ってやる」
「良いだろう……。だが、絶対だからな!」
三人を軽く纏めると俺は無表情のまま怒り気味に訓練場の砂を蹴る。
あいつらの魔力のオーラ、どれもこれも薄汚れている。魔力の汚れは邪な感情を抱いている証拠だ。しかも、あそこまで汚れてるとなると、どれだけの数の人間をその感情の赴くまま喰らってきた。
反吐が出る。本っ当に反吐が出る。あれは掃き捨てるべき邪悪だ。
「絶対に勝ぞ!」
「ええ、分かっている」
「……勝つのは絶対だ。徹底的に叩きのめす」
「おいおい……何か怖いぞ、アリエス」
「まるで鬼が宿っているようだ……」
「……気にするな。少しだけ……怒っているだけだ」
実際にはガチギレ二分前である。
「それじゃあ!絶対に勝つぞ!」
「「「おー!」」」
考えを共有し拳を同時に突き上げる。
あいつらの邪な欲望をここで潰しておいてやる。それも徹底的に。
……あの頃でなくて良かったな。あの頃なら、あの邪な欲望を見た瞬間首を切り落としていた。そのレベルである。
故に、良かった。―――殺す価値もないクズを殺さなくて。