第三話 落第者
「ふわぁ……」
あくびをしながらつまらない魔法の授業を適当な態度で眠る。
こんな常識問題に頭を一割働かせる理由がない。書くであろう場所や箇所は先取りしてノートに書いてある。ついでに、問題の答えも。
実戦ではこの知識を十割も使える訳がない。発動させ、分析し、扱う……この一連の動作で初めて覚える事が出来る。そしてそれを十全に扱う事で初めて実戦で使えるようになる。
それなのに、ここの授業は……知識を詰め込むだけ詰め込んで、後は放置すると言う手段をとっている。それでは有事の際に使いものにならない。
「あ、アリエスくん……寝てちゃダメだよですよ……」
「別に構わないよ。ほれ」
「えっ……え?これって……予習?」
「いや、授業が始まって十分の内に書き終えた。同じところをやっているだろうし、内容は理解している」
「す、凄い……。アリエスくんは……もしかして有名な貴族の出身なの?」
「まさか。俺はただの一般人だよ」
「そこぉ!話しているならこの問題を解け!」
虚空から飛んできたチョークを指で上に弾き黒板に即興で書かれた問題を見る。
えーと……『空間魔法【アビスゲート】の危険性と矛盾点を答えよ』か……。【アビスゲート】自体超超高難易度の空間魔法でその危険性と矛盾点を簡単に纏めるのは難しい。が、出来ない訳ではない。
あと……チョーク飛ばしに使った魔法、既存の空間魔法ではないな。空間魔法で収納されると物理的な速度や熱は一切無くなる。それを攻略する出来るのならより多くの戦いに使えるだろうに……。
「【アビスゲート】は地獄の門を造りだし、そこに入った物をそのまま地獄送りにし、世界から存在を消滅させる、即死魔法の一種」
「ふむふむ……それで?」
「この地獄の門を作り出した際に膨大な魔力と魂を消耗する。これによって等価交換が成立し法則を歪めれる。だが、その際に魂が削られ魔力の絶対量が減る。大体、一回使えば一割が消費させる」
「ふむふむ……他には?」
「ごく稀だが、繋がった空間から異形の生命体がこちらに漏れでる。異業種と呼ばれるゴブリンやオークと言った奴らは【アビスゲート】によってこちらに来たと仮説立てられてる」
「……では矛盾点は?」
「人間は異界に行けない。それは物質がこの世界にアンカーのように縫い付けてるから。それなのに異界に落ちる。これは矛盾と言えるだろう」
「……正解だ」
不満だらけの表情で正解のサインを出すアメリアを流し見して席に座る。
やれやれ……この一週間同じような事をずっとやっている気がする。これだから俺は学舎が嫌いなんだよ。自由に学ばせくれ。
「ねぇあれって……」
「しっ、見ちゃダメ。バカになるわよ」
「あんなんでよくこの学舎に入れたな」
「ちっ……残念なやつだ……」
「努力をせずにこの学校に入ったこと……後悔すれば良いのに」
「死んじゃえば良いのに」
休み時間にトイレに行くために歩いていると他の生徒が指を指したり侮蔑するような視線を送ってくる。
覇気がなくやる気のない、それでいて最下位とは言えこの学校に入れるだけの実力と知識を保有する……そのため『落第者』と言う別称をつけられてしまった。これは絶対に次の学年には進めないから、と言う理由らしい。
「下らないな……」
実に、実に下らない。
努力をしてこなかった?それは努力を前倒しでしてきただけだ。後悔すればいいのに?後悔なんてしたところで現実は変わらないだろ。死ねばいいのに?死と言うのがどれだけ隣合わせなのか知っているのか。
結局のところ、あいつらが言っているのは露骨な嫉妬。そんな嫉妬の感情を持っているのなら、自分の牙を研げばいいのに。それをしない連中ほど、実戦で死んでいくのだ。
「ッ―――!」
ある生徒の一団の隣を礼もせずに通りすぎたとき背後から強烈な視線を送られ反射的に後ろを振り向いてしまう。
これはあの頃から一向に抜けない癖で、平時の時に強烈な視線を感じるとつい背後を振り向いてしまうのだ。
「……何よ」
「別に」
こちらに視線を向けていた赤髪の少女の言葉に少しイラつきを感じながら互いに離れる。
あの女……明確に怒りの感情を向けていたな。あの頃だったら一瞬で近づいて一太刀で―――とと、この考えは止めておこう。こんな事を考えても時間の無駄だ。さっさとトイレに行こう。
◇
「ふっ―――はっ―――」
薄暗い森の中を全力で走りながら木々や倒木、岩を使って速度を落とさず障害物を避けていく。
これは所謂『パルクール』と呼ばれる移動術で走る・跳ぶ・登るに重点を起き移動する三次元的な移動を可能にする。
これが出来る出来ないだけでもかなり戦闘でのアクションの幅が変わってくる。
俺はそこに無音・無拍子・無気配を重点に置くことで殆んど音を立てずに森の中を疾走することができるのだ。事実、木を蹴ったり草むらを通りすぎる時も音を全く立ててない。
「ッ―――」
音を立てずにブレーキをかけ呼吸を整えて心臓の拍子を元の調子に戻す。
人間以外の生物には心臓の音を聞き分けれる生物もいる。今回はそれだ。
『グルルルルル……』
奥にいる狼の魔物は俺の存在に気がつかず狩った獲物を補食している。
あの様子から考えるとまだ魔物に変異したてだろう。魔力の流れがまだ普通の生物っぽい。この程度なら、戦闘が得意な生徒なら容易に殺せるだろうが……周りに人は誰もいない。
仕方ない―――殺るか。
「ふぅ……」
鞘に手を置き抜刀の構えをとり一歩足を出す。
―――『六歩足軽』―――『一花火』
『キャ―――!?』
目にも止まらない高速かつ無音・無拍子の六歩で肉薄し一閃。
悲鳴をあげる間も無く首を切断され胴と別れる狼を背に剣を鞘に戻す。その瞬間、断面から花火のように血飛沫が飛ぶ。
ふむ……久々に使ってみたが問題はないようだ、そろそろ日も暮れそうだし寮の方に戻るか……。今日のご飯は何かな。
そんな事を考えながら無音で森の中を抜けるのだった。