第二話 黒薔薇の魔法
「それじゃあまずはこの学校に必要な基礎知識を試すわよ」
桜色のローブを翻し黒板に幾つもの魔法陣を丁寧に描いていく。
何でも「レベルが低いので基礎から徹底して教え込まないもダメ」と言うアメリア先生の暴論で校舎内の説明を省略して授業をするらしい。
まあ、そこら辺は学校生活をしていけば慣れていくだろ。
「それじゃあ……アリエス少年。魔法とは何か、答えてくれる?」
「……魔法とは、体内にある魔力と空間内の魔力を同調、変質させ既存の法則を歪める技術体系のこと」
「その通り。それじゃあ少しお手本を見せるわね」
そう言うとアメリア先生は指先に親指からじゅんに火・水・風・土・光の玉を作り出す。
……魔法陣を使わずに扱っている。魔力の流れから直接操作して魔法を発動させているのか。確か、軍の戦闘魔法師は大体これだったな。
「基本属性は火・水・風・土・無の五種類。これが基本ね。空間魔法はこの中で何に分類されるかな」
「は、はい!た、確か無属性魔法に分類される……かと……」
「正解。あと、クリア少女は自信を持ちなさい。何事も、自信はとても重要よ。特に魔法はね」
「は、はいぃ……!」
アメリア先生にアドバイスされてガチガチに萎縮しながらクリアは席につく。
やれやれ……クリアの表情は読みにくいけど、魔力のうねりからしてとても嬉しいのだろう。理由は……まあ、一線を引いたとは言え、最高位の魔法師のアドバイスはそれなりの価値があるのだろう。
俺にとっては魔法は一つの道具程度でしかないから、アドバイスがあってもそこまでだけど。
「……クリアはアメリア先生を尊敬しているのか?」
「う、うん。わ、私……あの戦争の時にアメリア先生に助けられたの」
「……何かあったのか?」
「う、うん……」
少し暗い顔をして口を閉じるクリアを見て少し警戒する。
……大体予想できた。アメリアとクリア。その二人が接点を持てるであろう場所はあの場所、あの時以外ないからな。
そして、あの時に俺は……まあ、良いか。そこら辺は今は考える時間ではない。
「魔法の基礎はこれぐらいで良いわね。それじゃあ次は剣術ね。あ、ここで言う剣術には槍術や棒術、弓術なんかも含まれてるわ」
アメリア先生は黒板の文字や図を消して新しい文字を書いていく。
「国が指定している剣術は『一元流』、『水牢流』、『破刻流』、『崩牙流』、そして『二刀一元流』の五つ。全員……とまではいかないけど、兵士たちは全員これのどれかを使えるわ」
ふうん……使える割には戦争時多くの死者が出たけどな。かの帝国は貴族至上主義だったから平民の兵士たちは剣術なんて使えなかった。それなのに何故あそこまでの被害を出したのやら。
「一元流はその名前の通り、一本の剣を両手で持って扱うわ。両手で一つの剣を持つわけだから、一番バランスが良く、他の剣術の基礎になるわね。
水牢流は一元流からの派生で一元流よりも防御寄りの剣術ね。相手からの攻撃を防いだり受け流したりして相手の隙を的確に突く。防御なら他の剣術よりも強いわ。
破刻流も一元流からの派生で一元流よりも攻撃的な剣術ね。得物は一元流の剣よりも重くて頑強な武器で、一撃一撃の重さは剣術の中で一番強いわ。そして、ここでの得物はハンマーや大斧と言った打撃武器も使用するわ。
崩牙流は一元流からの派生ではなく、完全なオリジナルよ。得物はレイピアや槍、棒と言った武器ね。刺突攻撃がメインで一撃一撃の速度ならすべての剣術において上を行くわ。
そして二刀一元流。これは両手にナイフや剣を二つの持って行う、一番難易度が高い剣術ね。二つ持っているわけだから、手数は一番多いわ」
どこからともなく取り出した木の棒で型を実演する。それを見ながらそれらを書きまとめていく。
『戦争の狂気』に取りつかれればこれらを上手く使える人間はそういないが、今は平時。これらを使う相手と戦う機会はかなり多いだろう。
「っと、そろそろ授業は終わるわ。全員解散して良いわよ」
学校の中央に聳える塔の鐘が鳴り、アメリア先生は木の棒を閉まって授業を終わらせる。
やっと終わった……さて、普通の連中は街に行くのだろうが俺は学園内の構造を調べないとな。
「あ、アリエスくん、先に帰らせて貰うね」
「別に待たなくても良いんだがな……まあ、良いさ」
クリアと別れると俺は鞄から幾つもの紙と万年筆を取り出す。
地図でも記載しておこうかな。
◇
「……迷った」
紙束を鞄にしまい窓の外にある森を見ながら途方に暮れる。
まさかここまで複雑怪奇な構造になっていたとは……魔力の流れから予想出来ていればこんな事にはならなかった。
この学校、魔力の流れが最適になるような校舎の構造をしている。そのため、人間の効率は度外視されており、とても複雑な造りをしていたのだ。
これを省略するとか、アメリアのやつ……!あいつが空間魔法を専門としているからと言って、これを省略しちゃダメだろ!?
「たく……うん?」
考えを切り替えようとした時、森の方から強烈な魔力を視認する。
……魔力によって変異して生まれた生物である魔物でも湧いたか?いや、この魔力は魔法を行使しているのか。
「よっと」
窓を開けて飛び越えて地面に着地する直前に風の魔法で速度を減速させ体に来る衝撃を地面に拡散させる。
この程度の魔法なら俺だって簡単に行使できるからな。
森の方は……かなり薄暗い。日の光が森の木々に邪魔されて鬱蒼としている。それに、魔力の通りが悪くて至るところに魔力溜まりが出来ている。
あの中の生物がたまに魔物に変異するけど……まぁ、あの程度の魔力の溜まり具合ならそこまで強い魔物にはならないか。
「はぁ……はぁ……」
(……なる程ね)
先程の強烈な魔力を再び視認して気配と物音を消して近づくと、息を絶え絶えにしながら魔法を行使するクリアがいた。そして、発動している魔法を見て納得する。
あの魔法は俺があの時に視認した事がある。そして、その使用者を……まあ、それは良いか。クリアがあれを使える存在だと言う事実が重要だからな。
(だが、クリアの魔法は未完成……と言うよりも暴走気味だな)
クリアの魔力は平常時よりもかなり荒ぶっている。あんな状況で魔法を行使すれば、必ず暴走するだろう。しかも、魔力の質や量が濃く多いためその被害も甚大になるだろう。
「くっ……!」
髪の毛を持ち上げたクリアは再び魔法を発動させるが、魔法は半透明になって現実の現象としてはそよ風程度の微々たる結果しか残さない。
あれだけの魔力を使ってもこの程度……魔力の動かし方に難があると見て良いだろう。
「……それでは魔力の無駄だぞ、クリア」
「えっ……?アリエスくん!?」
見るに絶えなくなり木の影から姿を出した声をかけると前髪を上げた状態のクリアと目が合う。
ッ……!何つー強力な魔眼だ……!精神が壊れたパズルのようにバラバラにされかねない。だが、これなら抵抗が可能だ。
「み、見ちゃだ」
「抵抗完了。これで無力化された」
「えっ……?こ、この魔眼を抵抗出来たの!?」
「ああ。似たような魔眼持ちと相対した時があってね。精神に干渉する魔眼なら大体無効化できる」
「す、凄い……!」
「まあ、ここまで強力なのは初めてだったけど。制御できたのか?」
「うう……お医者様曰く、魔力の操作が上手くなれば自然と出来るらしいと言われました」
虹色に輝く瞳を見て涙を滲ませるクリアに平然とした装いで近づく。
てか、学校内での口調よりもはっきりと喋れているな。単純に上がり性なのか演技なのか。多分演技なのだろうけど。
それにしても、あっぶねー……魔力が凄まじいからそれに抵抗するために深い場所に押し込んだ、苦々しい記憶を思い出す羽目になったよ。
「魔力の操作は最初は本当に小さな魔力からしていくものだ。ほんの少しの魔力で魔法を発動させてみろ」
「う、うん……」
落ち着きを取り戻し手を合わせ魔力を集めるクリアの側から少し離れる。
やはり、ほんの少しと言ってもかなり多いな。魔法師の素質が本当に高いな。魔力操作さえ磨けば本当に有能な魔法師になれる。
「で、出来た……!」
手のひらに一輪の黒薔薇が現れそれを見たクリアは本当に嬉しそうに顔をニヤけさせる。
やはり、彼女はあの黒薔薇の……俺の顔を見ても分かっていないところを見ると、あの時のショックで覚えていないのか。
「ありがとう……!本当にありがとうございます!」
「別に構わないよ。その調子で少しずつ扱う魔力の量を上げていくんだ。それじゃあ、俺は帰るで」
「はい……!」
涙を流し俺に感謝するクリアを見て少し笑みを浮かべて俺はその場を去る。
それにしても、本当に奇妙な縁だよな。あの日、あの時、同じ場所にいた人が三人も再び合間見えるなんてな。これも忌々しい偶然……ってやつなのか。