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第6奏 草葉家潜入ミッション

その日、私は日曜日にも関わらず朝早く起きた。

シャワーを浴びて全身くまなくウォッシング。

そう、これは禊ぎ。

戦士が戦場に向かう前の大切な儀式なのだ。



昨日の夜、恭也君から電話があった。

そして、仁君の家に招待されたのを教えてもらった。ナイス!恭也君。


濡れた髪を乾かしながら、昨晩厳選した服を眺める。

うん、よし。

「どうしたの、雪奈。えらく気合い入ってるじゃない」

「あはは、まね」

服を着て、髪をとかして、軽くお化粧。

きっとこんなものは仁君には通用しないだろうけど、私の気合いが入ればそれでいい。


約束の時間一時間前、私は全力の覚悟で家を出た。






「おはよう諸君。よく眠れたかね」


「ばっちりー」

「全然!」


近所の公園に、私と一穂、恭也君が集まった。

仁君の家への案内は、恭也君が買って出てくれた。

「これから奴の家に乗り込む。ただ幾つかルールを確認しておきたい」

「はい!」

恭也君はちょっと驚いてから、咳払いをした。

「まず、今日はこの作戦に協力してくれた沙羅さんがいる。彼女には最大の敬意を払うこと」

「はい!」

「次に、奴の家で違和感を感じても、一切口にしないこと。あいつは口出されるのを嫌うからな」

「はい!」


一通り訓辞を終えると、恭也君は息をついて言った。

「頑張れ、雪奈隊員。後もう少しで仁の認識が変わるはずだ。そうしたら、ようやくスタート地点だぞ」

まだスタート地点にも立ってないのかー!

「スタートに立ったら、草葉君が変わるの?」

一穂が不思議そうに言う。

「代わるとも。あいつは言わば、そう、狼だ」

「狼?」

「一匹を気取ってるけどな、自分の群れは全力で守ろうとする奴さ」







仁君の家は、大きかった。

豪邸というわけではない。しかし、そこいらの集合住宅とは一線を画していた。


「行くぞ」

固唾を飲む私を後目に、気楽に恭也君はチャイムを押した。

ぴんぽーん。

・・・・・・。

『・・・・・開いてるよー。女の子からどうぞー』

女の人の声に従って、私が恐る恐る玄関のドアに手をかけて、開ける。


ぱ――――ん!!


「ひぅ!」

「うおぅ」

「わっ!」


「いらっしゃーい!」

ゆったりとしたロングヘアーの女性が、クラッカーを持って飛び出してくる。

し、心臓がっ・・・!

「沙羅さん、心臓に悪いですよ」

「ふふ、久しぶりね、恭也君」

「おひささんです。・・・・・それでこの子たちが」

「うん。初めましてさんだね」

女性は私たちの方を向くと、笑って言った。


「初めまして。私は草葉沙羅。二十二歳の大学生です。弟がお世話になってます」


うわあ。

にこりと笑った沙羅さんは、き、綺麗すぎる!

「ほら、二人とも挨拶して」

恭也君が促すと、私の緊張を解こうとするように一穂が進み出た。

「草葉君のクラスメートの咲間一穂です。本日はお招きありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる一穂。

「いいのよ、そんなに固くならなくて」

ああ、私の番だ!

どうしようどうしよう。何も思い浮かばない!


その時、私の頭は完全にテンパっていた。だから、こんな言葉が口を突いた。



「あ、あの!お義姉さんと呼んでいいですか!!」



「・・・・・何でやねん」

思わず一穂がつっこむ。

きゃああ!私は何を言って!沙羅さんは目を丸くしている。

「雪奈ちゃん、名前だけでいいから」

呆れたように恭也君が言った。



「来たか」


リビングに行くと、キッチンに仁君が立っていた。エプロン姿が凛々しい。

「まったく、恭也の女ったらしにも困ったものだ。咲間と水無月を連れてくると言うから、支度に手間取ったじゃないか」

「めんごめんご。いつもみたいに野郎二人面つき合わせてメシ食うのは御免でね、二輪の華を用意した。どうだ、気が利いてるだろう」

やだ、恭也君たら。華だなんて。

「華なら極上のが生けてあるだろうに。・・・・あと少しで出来上がる。大人しく待ってろ」

喋りながらもフライパンをざかざかと動かしている。まるで本物の料理人みたいだ。

「じゃあ、仁の部屋見に行くか!」

「おー!」

「『おー!』じゃねえよ!そこ座ってろ!」

仁君の声が響いた時には、私たちは二階の階段に足をかけていた。




「さあ、刮目あれ!ここが仁の部屋だ!」

この時点で私の心臓は早鐘を打ち鳴らしていた。憧れの男の子の部屋、そう言えば、男の子の部屋に

入るなんて初めて――――――――――――



「これはまた・・・・」

一穂が嘆息する。

一言で表すならば、仁君の部屋は殺風景だった。

部屋にあるのは、机、ベッド、本棚、備え付けのクローゼットぐらい。

部屋は汚れてはいなかった。そもそも物がない。


「雪奈、ベッドの下を覗いてご覧なさい」


不意に、一穂が言った。

「え?」

いきなり何?恭也君は声を殺して笑っている。

「きっとそこには現実があるわ。でもそれを許すことが出来たのなら、雪奈、あなたはまた一つの強さを手に入れることが出来るわ」

一体何を言って・・・・・///!!


「そんな!仁君に限ってそんな!」

「諦めなさい。男の子はみんな狼なのよ!」


うう、いや、よし!

私は仁君を信じる!


仁君がどんな趣味でも受け止めてみせるんだああああ!!!


がばっ!

私は勢い良くベッドの下を覗き込んだ。

そこには―――――――――


本があった。

いや、正確にいうと、本しかなかった。


ベッドの下は本棚だった。

プラスチックの棚があり、そこに数多の難しそうな本が収められていた。

うん、よかった。でも何だろう。この肩透かし感。



「おーい、出来たぞ降りてこーい!」



私と一穂は、疲れ切った顔で仁君の部屋を出た。





「すっごーい!」

テーブルに並べられた料理の数々は、実に筆舌に尽くし難いものばかりだった。

「仁君、これは何?」

「野菜」

「草葉君、これは何?」

「肉」


「・・・・・」

「・・・・・」

「食え」


取り敢えず、豚肉と野菜を炒めた・・・ようなものを小皿にとる。

一穂は見たこともない魚のムニエルを選んだ。


「「いただきま~す」」


ぱくり。


「美味しい!」

「美味しいなあ!」

よく分からないのにすごく美味しい!なんなのこれは!

「この料理会は仁が思いつきで作った創作料理を試食する会なんだ。こいつ、適当だから名前とか考えないからなぁ」

「普段はお前にしか振る舞わないからだ。食ってみて旨かったらレパートリーに追加する。まあ、今回は上手くいったようだが」

「じゃあ、失敗したこともあるの?」


二人は顔を見合わせて苦笑いした。

「一度食い合わせが悪くて、二人してぶっ倒れたことがあったなぁ」

「あの時はヤバかったなあ」

思わず箸が止まる。

見ると、一穂の顔もひきつっている。

「そんなロシアンルーレットなの・・・・?」

「弾が入っているとは限らない」


「そうよ。とっても美味しいわ」


「姉さん!」

仁君の顔が輝く。

「本当、料理は仁がやってくれるから楽でいいわ」

その言葉がきっかけとなり、私たちはまた箸を進め始めた。


「この食感は・・・ナニコレ」

「味は鶏肉としか思えないのに、どう見ても肉じゃない!」

「何でこんなに苦いのに旨いんだぁー!」

「あらあら、どれもこれも美味しいわねぇ」


そんな感じで、不思議な食事会は和気あいあいと進み、恭也君が持ってきた対戦ゲームなどに興じて――――――――――



「「「お邪魔しました!!」」」


空はもう夕焼け。みんな満足した表情で家を出る。

「また明日な、仁」

「じゃねー」

「ごちそうさまでした」見送りに出た仁君に、口々に挨拶する。

「仁。ちょっと駅前に用事があるから、ちょっと出てくるわね」

「あいよ、姉さん」





帰り道。

私たちは駅の前まで一緒に行くことになっていた。

その後ろを、沙羅さんがのんびりと付いて来る。


「ねえ、恭也君。あの子はちゃんとやってるかしら」


ぽつり、沙羅さんが口を開く。

「ええ、まあ、それなりに」

恭也君は曖昧な返事をする。思うところがあるのだろう。

「最初は少し不安だったわ。あの子が人の中でやっていけるのか、とかね。でも、安心したわ」

そして、私と一穂を見て言った。

「ちゃんと、お友達も出来たみたいだしね」

私たちのこと!?

「ええ。あんな難しい子だけど、仲良くしてもらえると嬉しいわ」


黄昏の輝きの中、そう言って笑った沙羅さんは、少し淋しそうに見えた。

それが夕焼けの所為かは分からない。

それでも、彼女の精一杯の誠意に応えるために――――――――――


「はい!」


私も、最高の笑顔で浮かべた。






茜色の台所に立つ。

後片付けをしながら、今晩の献立を考える。

「・・・・・・」

ふと、右手に取った包丁を見つめる。


ひゅんひゅんひゅん


そのまま、くるくると回し出す。


ひゅんひゅんひゅん・・・・がちゃっ!


すっぽ抜けて、壁に当たって落ちた包丁と右手を眺める。

「・・・・・・買物行くか」




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