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第1奏 raise the curtain and a flute

「………う、おお、おう」

草葉仁(くさば じん)の一日は呻き声から始まる。

胡乱な頭のまま居間へと下りて行き、洗面所で冷水を被る。

やっと明瞭になった思考で今日の予定を反芻する。


………朝食を摂る気にもならない。

今日はこのまま学校に行こう。

適当に弁当の準備をして、また自室へと引き上げていった。



通い慣れたいつもの通学路を外れ、少しだけ新鮮な道を行く。


先日入学式を迎え、自分は高校一年生となった。

恐ろしい程に何の感慨もなく式は進み、

どうでもいい校長の長話につき合わされ、

挙句の果てにナメたヤツだと先輩共に因縁を付けられるという最悪な一日だったが。


元より自分の人生にはまったく予定のなかった無駄。


―――せめてさ、高校ぐらいは一緒に出ないか。


ただ、あいつがそう言ってくれたから。

今の自分が在るのは、あいつのおかげだと分かっていたから。

そんな口車に乗ってやった。


ならば、自分が楽しむ必要はない。

約束を果たすためだけにこの日々を過ごせばいいのだから。




「やあやあ、仁。おっはよ〜!」

「ああ、おはようさん」


まったく本当に朝からテンションの高いやつだ。

こちらは持ち前の低血圧で身動きも取れないというのに、お構いなしに制服を着崩した生徒が近づいてくる。


赤石恭也(あかいし きょうや)

中学生の頃からずっと同じクラスという、呪い一歩手前の縁を持つ男。

見た目こんなチャラけてるくせに気が合うのは、まあ、こいつの人柄によるものだろう。


「なんだ、元気ねぇなあ。昨日の怪我が痛むのか?」

低血圧だと言ってるだろうに。それに昨日は怪我などしていない。

「あはは。知ってる知ってる。ホントお前、もうちょっと手加減してやりゃいいのに」

昨日の喧嘩のことを言っているのだ。

結局、絡んできた先輩は適当にあしらってやったっけ。


「あれでも手加減した方だよ。入学式で警察呼ばれちゃ敵わない」

うん、二、三人白目剥いてたけど、平気平気。

「いいけどさ。仁が人助けするなんて珍しいもの見れたし」

……………………?


「人助けって、なんのこと?」

身に覚えがない。が、恭也はそれこそ驚きだと目を丸くする。

「お前、連中ボコったのってあの女の子助ける為じゃなかったのか?」

「あれ、そういえばどういう流れで喧嘩吹っかけられたんだっけ?」

「だから―――――」


昨日、恭也と一緒に下校中、校門前で女生徒に絡んでいた数人の先輩を見て、俺は一言、「馬鹿みたい」とのたまったらしい。

それを耳聡く聴きつけた彼らがご丁寧に俺のところにも挨拶に来た訳だ。


「……………憶えてない」

その後の喧嘩が鮮明過ぎて霞んでしまったらしい。


「お前なぁ、自分でフラグ潰して楽しいか?」

恭也は恨みがましい眼差しで訳の分からないことを言ってくる。

「まぁいいか、お前がそういう性格なのは知ってるし。………残念、王道なのだが」

「なんの王道だ、なんの」

心底残念そうな恭也は少しだけ視線をずらして言った。

「なんだな、仁。お前もそろそろ周りに気を向けたらどうだ?話し相手が俺だけでは寂しかろう――――」

「いいんだよ、恭也。俺が気にしたいのはお前のお人好し加減ぐらいなもんだ」


他愛のない会話。

穏やかな時間。

望んでいたものは全て、今ここにあるのだから、変わる必要は、ない。

俺の持てるだけの幸福を取りこぼさぬよう、しっかりと抱いていればいいのだ。



そんな二人を後ろから眺める少女が一人。

「………………」

少女は他に何をするでもなく会話を続ける男子生徒二人を凝視している。

「…………………………………………」

「なっにやってるの〜〜ゆっきな〜〜〜〜」

「うひゃあ!!」


突然後ろから抱きつかれ悲鳴を上げる少女。


水無月雪奈(みなづき ゆきな)

長く伸ばした髪が印象的な少女は、今抱きついてきた少女、咲間一穂(さくま かずほ)と同じ中学出身で、気の置けない友人同士だ。

ポ二ーテールを揺らして一穂が尋ねる。

「それでそれで、何見てたの?」

そして雪奈の視線を追って、びかり、掛けた眼鏡が煌く。

「きゃー、雪奈が男の子見てるー!!」

「しー!声大きいよ、静かに」

騒ぐ一穂をなだめる雪奈。


「そっか、あの子が昨日助けてくれたっていう……」

「そう。昨日教室に忘れ物した一穂を待っている間に、上級生に絡まれてたところを助けてもらった人」

じとりとした流し目を送られてたじろぐ一穂。

「うう、悪かったよ。でも良かったじゃない運命の王子様に出会えて」

その言葉に軽く俯く雪奈。


「うん………ホントに、信じられない」

まさかこんなところで彼に会えるなんて。

運命とやらを感じられずにはいられない。


「でさ、あの子の名前は知ってるの?」

「え!?…………ええと、草葉仁、君だよ」

「住所は?」

「ええ!?知らないよ…昨日会ったばかりだよ!」

再び煌く一穂の眼鏡。

「ふふ、甘いわよ雪奈。『兵は拙速を貴ぶ』よ。男は早めに落としておいて損はないわ。

 …………とゆーわけでーすみませーん!そこの方ーーー!!」

いきなり大声を上げて席に戻ったばかりの、仁君と話をしていた生徒を呼んでしまう。


「なんだいハニー。俺に何か用かい?」

やって来た少年の名は赤石恭也という。

軽い自己紹介を交えて、本題に入る。


「草葉君とはどういうご関係で?」

「中学からのダチだけど」

「どの位仲良いの?」

「マブもマブよ!」

「そう、ところで、彼の好きなものとか知ってる?」

「ん?………んん〜〜〜?なるほど、そういうことね」


一穂とその隣で縮こまっている私とを見比べ、にんまり笑う恭也君。


「そういえば君、昨日の子か。あいつのことが気に入った?」

こくりと小さく頷く。


しかし、その笑顔は見る見る翳っていき、彼は躊躇う素振りを見せてから言った。


「やめた方がいい。色々と後悔するぞ」


そう、私と彼を守るように言った。


でも、それで、諦めるわけにはいかない。

なぜなら――――――


「いや。私はもっと彼のことを知りたいし、どうしても訊きたいの、なんで――を辞めたのか」


途端、恭也君の目の色が変わった。


「何故、それを」

「え?それは、たまたま………」


彼は深く息を吐くと、また言った。


「いいか、これからあいつと接していく中で、絶対にそのことには触れるなよ」


そして、それきり何も言わずに去ってしまった。



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