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悪役令嬢、壁ドンされる

「とりあえず僕と婚約しようか」


 鍋島家の、書斎。

 私は真さんにその本棚に押し付けられるようにされている。いわゆる壁ドンというやつ。


「……は?」


 思い切り低い声がお腹から出た。

 何言ってやがるのですか、コノヒトは。

 事の起こりは、圭くんが私と同じ青百合に転入してから、すぐのこと。

 鍋島家の何やらよく分からないパーティに敦子さんと共に招待されたことから始まる。


「華ちゃん、ようこそ」


 梅雨直前の新緑が眩しい、そんな昼下がり。敦子さんと鍋島家に伺うと、上品なバラ色のドレスに身を包んだ千晶ちゃんが、微笑んで言った。


「こちらこそ招待ありがとう」

「ううん、なんか……ごめんね、これね、お父様の政治的な根回しのパーティなの。子ども1人でいるの嫌で、敦子さん招待するなら華ちゃんも! ってワガママ言っちゃった」

「いいよ、美味しいもの食べられるならなんでも」

「華ちゃん誘って良かった」


 千晶ちゃんは面白そうに笑ってから「お着物似合うね」と微笑んでくれた。

 千晶ちゃん家の大広間とバカでかいお庭(この庭を見てると、豚さんを思い出します……!)そこを使った"ごく親しい方たちとだけの"立食パーティらしい。

 挨拶回りに行った敦子さんと別れた私たちは、大人の目を縫って、広間からお庭から、お皿に美味しいものを乗せられるだけ乗せる。

 お庭のすみっこのほう、陶器製の椅子に腰かけて、私たちはもぐもぐとそれを食べながらおしゃべりする。


「トージ先生、どんなかんじ?」

「人生楽しそう」


 私が答えると、千晶ちゃんは安心したような、苦笑いなような微妙な顔で笑った。


「楽しいなら何よりだけれど。と、ところでね?」


 千晶ちゃんは伺うように私を見る。


「圭くんは?」

「美術部の顔合わせだそうで」

「そーかー」


 ちょっとがっかり、って笑う千晶ちゃんに、私は言う。


「体育祭、来る?」

「あ、そっか青百合。6月にあるんだ」


 梅雨直前のこの時期、青百合は体育祭がある。暑くてとてもイヤなんだけれど。暑いのも、日焼けも、なんかイヤなんだけど。


「体操服の半袖、やだ」


 これは結構切実な問題で、私はうう、と眉を寄せた。


「ゲームの華、こんな胸してた……?」

「……ここまでしてなかった」


 千晶ちゃんは呆れたように言う。今は着物だから、目立たないけれど。

 修学旅行で、どうやら大きいらしいと気がついた以降、なんとなーく、人の目が気になるようになってきたのです。


(自意識過剰かなともおもうけれど)


 でも、チラリと目線が動かされてる、ような! なんか!

 それに、ちらりと噂を小耳に挟んでしまったのです。

 千晶ちゃんはそんな私に、淡々と言った。


「あのね、これは華ちゃんが食べすぎた脂肪」

「うう……」


 前世では味わった事のない類の苦労だ。誰しもその立場になってみないと分からないものってあるよなぁ、としみじみ思う。


「食べるのだけが楽しみなのに……」

「まぁお腹とかに付くよりいいんじゃない?」


 千晶ちゃんに慰められつつ、私はせめてローカロリーなもの、とサラダをパリパリ頬張った。


「実はね」


 私はぽつり、と言う。


「体育の時、他のクラスの男子がヒソヒソ話しながら私のこと見てるんだってさ」


 いわゆる「青百合」のお坊ちゃん達のクラスではもちろんなくて(彼らは基本的に紳士だ)私たち「一般組」の別のクラス。

 それを聞いた竜胆寺さんがブチ切れて、何人かでガードするみたいに立ってくれるんだけど。余計に目立ってる気もする。いや、気持ちは嬉しいんだけど。


「あー」


 千晶ちゃんはサンドイッチをぱくりと食べながら眉をよせた。


「中学男子なんてそんな感じだよね」

「だよねぇ」


 中身がアラサーの記憶があるので、そこまで傷つきはしなかったけど、これ思春期女子なら本気で死ぬくらい悩むと思う。


「まぁ気にしなくていいよ、ドーテーのクソガキの戯言なんか」


 千晶ちゃんはにやりと笑う。


「そ、かな。……とりあえず大豆類を控えよう」

「イソフラボンねぇ。関係あるのかな」

「わかんないけど」

「肉じゃない? 肉」

「お肉を断てと……!?」

「そんな絶望的な顔しなくても……あ、樹くん」

「へ?」


 千晶ちゃんの目線の先には、大人と談笑している樹くん。スーツがやたらと似合う中学3年生。


「来てたんだ」

「樹くんのお父様の代理とかじゃないかな」

「代理ぃ?」


 中学生に?

 千晶ちゃんは肩をすくめた。


「樹くん、けっこうバリバリやってるらしいよ」

「へぇー」


 静子さんの「社会経験積ませなきゃ」、がっつり積ませているらしい。


「大変だねぇ」

「ね」


 こっちは世間話的な会話で、あっちはきっとコムズカシイ会話をしているんだろう。


「あ、婚約披露パーティー、もうすぐだね。また話きかせてね。楽しみにしてる」

「しなくていいよ……」


 私は眉をひそめた。


「どうせそのうち解消になるのに」


 親戚だけとはいえ、盛大にされちゃうと、気まずいじゃないか。


「えー、分かんないよ? ふたり、仲いいじゃん?」

「友達としてはね?」

「そうかなぁ」


 意味深に千晶ちゃんはなぜだか笑う。その時背後から「楽しそうだね」と声がした。


「あらお兄様」


 千晶ちゃんが嫌そうに笑った。

 その顔を見てとても嬉しそうにする、真さん。


「朝食以来だね千晶。僕に会いたかったかな?」

「いいええ」

「ふふ、照れ屋さんめ。再会のハグをしてゆっくりお話したいところだけど、僕らの父親だという中年男性が君を呼んでいるから伝えに来たんだよ」

「最初からお父様が呼んでる、で良くありませんかお兄様」

「まぁそうだね、そういうことだ」

「まったく」


 千晶ちゃんはぷんすかしながら、立ち上がった。


「ごめんね華ちゃん、ちょっと行ってくる」

「うん」

「お兄様、華ちゃんにはくれぐれも何もしないでくださいませね?」

「僕が君との約束を破ったとこがあったかな?」

「ありまくりだから何度も申し上げているんです! 華ちゃん、何かあったら叫んで。飛んでくるから」


 キッ、と真さんを睨みつけて千晶ちゃんはさくさくと芝生を踏んで歩く。


「さて」


 そう言って優美に笑う真さん。


「何もしないでと言われてしまったなぁ。信用がないなぁ僕は」

「そりゃないでしょうねぇ」


 この人の暴走っぷりを見ていると、そんな感想しかでない。


「ふふ、まぁ何もしないさ。する気もないからね。僕は年下に手を出したことはないんだ、今まではね。ほら、妹に手を出したような気持ちになるだろ?」

「……、さいですか」


 どうでもいい情報を知ってしまった。


「ところで君のお母さんの」

「……?」


 華のおかあさん?


「若い頃のお写真などがあるんだけど、千晶がもどるまで見てみるかい?」

「え」


 真さんは肩をすくめた。


「中学二年生より前の記憶がないんだって?」

「はぁ」


 なんで知ってるんだろ。千晶ちゃんが話すとは思えないし。

 私の疑問をよそに、真さんは薄く笑う。


「見てみたくはない?」


 一度だけ見たことがある、華のお母さんの写真。


(どんな人、だったんだろ)


 たくさん写真をみたら、何かわかることがあるかもしれない。甘い蜜のようなその言葉に、なんだか乗ってしまったのだ。

 そして今、書斎で壁ドンされちゃって、ものすごく後悔している。

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