【side竜胆寺】いじめの予兆
「あら! あらあらあらあら、あら!」
妙なテンションで騒ぐわたくしを、宮水様は不思議そうに見遣りました。
「どうなさったの?」
「いえ、ほら」
わたくしの目線の先には、設楽様と鹿王院様。仲睦まじ気に……いえどこか、幼稚園の遠足じみた雰囲気にはこの際目を瞑りますわ、とにかく手を繋いでテーマパークの園内を回られるお2人の姿が。
「随分進展なさったようで何よりですわ! 鹿王院様はともかく、設楽様はいつもぼうっとして」
ぼうっとして、のところで宮水さんは少し微笑まれました。とても面白気に。
「おっとりされてるのよ」
「いいえ宮水様、あれはおっとりなどではございません」
「なあに」
「鈍感ですわ」
「そうねぇ」
宮水様は首を傾げた。
「あまり、ご自分というものを認識してらっしゃらないなぁとは思うの」
「認識、でございますか?」
すっかり日の暮れたテーマパークは、すっかり人気がない。ふだん何万人もいる園内は、わたくしたちだけの貸し切り。少し寂しい気もいたします。
「ええ。なんというのでしょう、自己認識と本人のズレと申しますか」
「?」
なにやら難しい話になってきました。困惑して宮水様を見ていると、宮水様はお笑いになります。
「ごめんなさい、難しい話ではなくって」
「はい」
「要は鈍感なのね」
「同じですね」
宮水様も随分天然でらっしゃる気がいたします。その時、「あらご機嫌よう」と背後から声がして、振り返ると「青百合組」の東城様がいらっしゃいました。思わず、眉を潜めてしまいました。宮水様も、こころなしか、少しぴりっとした雰囲気。
「ご機嫌よう、東城様」
「楽しく過ごされてて?」
「ええ」
「大変ね」
くすり、と手元に手を当てる東城様。
「わたくし、他のクラスの方と上手くお話できないわ」
明らかな侮蔑を含んだその視線に、わたくしは身を縮めます。
その方、東城様は、少し、青百合組でも毛色が違います。
設楽様繋がりで最近良くお話する大友ひよりさん辺りは「ほら、青百合組の生粋のお嬢様は悪意なんか持ち合わせてないんだよ、キヨラカなんだよ」とよくおっしゃいます。
「それはわたくしに対する当て付け?」
「いいええええ?」
大友さんはクスクス笑います。……最近、からかわれている気がすごくするのですが、まぁそれは置いておいて。
けれど、そんな「青百合組のお嬢様」の中で、東城様だけは異質でした。
選民意識はもはや隠してすらおらず、取り巻きを連れていつも傲慢な態度。青百合組内でもあまり歓迎されていない雰囲気だと思います。そんなことを思い返しておりますと、宮水様は口を開きました。
「……東城様?」
宮水様はゆったりと微笑まれました。
「そのような言い草は、失礼ですわ。同じ学園の生徒間で」
「あーら」
勝ち誇ったように、東城様は言いました。
「あたくし、人見知りだから、他のクラスの方と話せない、と言っているだけよ? どう勘違いなさったの? ねえ」
楽し気に、サディスティックに歪む唇。宮水様は呆れたようにため息をつかれました。
その時です。
「その言い方は明らかに侮蔑を含んでいただろう」
声をかけてきたのは、青百合組の如月様。その左手は、大友さんの手をシッカリと握ってらっしゃいました。
(あら)
わたくしは思わず笑います。なにがあったかは存じ上げないけれど、仲睦まじくてなによりです。
「……如月様?」
東城様は首を傾げました。
「昨日から思っていたのですが、なぜ手を繋いでらっしゃるの?」
「付き合ってるからだが、今は関係ないだろう? 東城、謝罪すべきだ」
「……誰に?」
「その2人に」
「なぜ?」
「非礼を」
詫びるべきだろう、と言う如月様を、うっとりと見上げる大友さん。あらまぁ。
苦笑いして東城様を見て、わたくしは固まりました。その目は、注意してきた如月様ではなく、その横にいる大友さんを憎々し気に見ていたから。
(……あら)
戸惑っている間に、東城様は強く強く唇を噛み締めて、踵を返して取り巻きさんを連れて(班行動は……?)去っていってしまいます。
「ありがとうございます、如月様」
宮水様は頭を下げました。
「追い払ってくださって」
その言い方に、如月様は笑います。
「追い払う、とは大概だが、まぁ気持ちは分かる」
如月様は、肩をすくめて「余計なことをして悪かった」と、わたくしを見遣ります。
「い、いいえ」
「なにかあれば言ってくれ、あれは一応幼馴染なんだ」
「はあ」
そうしてまた仲良く大友さんと歩いて行く如月様を、わたくしはしばらく眺めていました。
その横の、大友さんの顔を見ながら、わたくしは嫌な予感でいっぱいになります。
(東城様の、あの、目)
大友さんに、なにもないといいけれど。
そんな風に思いながら、わたくしは2人から目線を逸らしたのでした。