悪役令嬢はとても楽しい
「や、やばい楽しすぎる!」
絶叫系、こんなに乗ったのいつぶりだろう!?
樹くんも絶叫系好きというのもあって、全然嫌がらずに付き合って(と、いうか私が付き合って?)くれて、気を使わずに遊園地回れるのってすごく楽だし楽しい。
(前世で、友達と来た時とかは)
このテーマパークではないけれど、と、ふと思い返す。
(結構乗り物苦手な子とかもいて、乗りまくりって訳にはいかなかったんだよなぁ)
いや、それはそれで、凄く楽しかったんだけど。……みんな元気かなぁ。
やがて、ゆっくりゆっくり、日が暮れていく。オレンジというよりは、金色の夕陽だった。やがて、太陽は建物の向こうにすっかり消えて、ーーそんな少し薄暗い園内で、私は楽しくはしゃいでいた。
「平気で良かったっ」
「良かったな」
樹くんも安心したように言ってくれた。
まだ貸し切りには時間が早いから、普通のお客さんもたくさんいる。夕暮れの残り日と照明で、キラキラと光る遊園地。思わず立ち止まってぼうっと眺める。こんなの、久しぶりだ。
「どうした?」
「きれーだなぁって」
樹くんも並んで見上げた。それから私のほうを見て「きれいだな」と笑う。その頬が少し赤い気がして、私は首を傾げた。夕陽のせい?
「だよね……あ」
その時私は見つけてしまう。これは、ガイドブックを見て私が狙っていた……!
「お、お肉」
「ん?」
私たちの目の前を、楽し気に笑う女の子たちが歩いて行った。その手には、スモークされたかんじの鳥のお肉!
「美味しそうだな?」
「でしょう?」
どこで売ってるのかな、ときょろりと辺りを見回すと、ほんの少し先にお店があるのを見つけた。
「あ、あそこだ」
「待ってろ」
樹くんはそう言う。目線の先には、ベンチがあった。
「そろそろ疲れただろう?」
「え、大丈夫だよ」
「いいから」
微笑まれて、私はうなずいてベンチに座り込む。座ると案外疲れてたことに気がついて驚く。
ほう、と息を吐き出すと「すぐに戻る」と樹くんは手を離した。
するりと離れていく手。
背中を向けた樹くんを何気なく見て、辺りを見回して、ああ暗くなったなぁ、と認識した瞬間に、私の頭が冷えていく。心臓も。手足も。
(あ、)
恐怖心で身体がすくむ。叫びたくて、私は口に手を持っていく。なのに声は出なくて、かわりに涙がぽろりと溢れた。
(だ、大丈夫だったのに)
さっきまで。ほんの、さっきまで。なのに、なんで!?
私は必死に浅い息を繰り返しながら、自分に言い聞かせる。
(私を殺した人は、)
あの時、私を殺した人ーー久保は、もういない。死んだ。あの冷たい海に沈んだ。
(……また生まれ変わるかも)
そうして、また、私を、殺しに。口を押さえて、悲鳴を押し込んだ。そんなことあるはずがない!
(ないなんて言える?)
涙で前が見えない。完全に混乱していた。
「華っ」
慌てたような、樹くんの声。必死で顔を上げると、何か一生懸命に謝ってくれている。
「すまない、油断していた、大丈夫か」
おろおろ、と普段の樹くんと全然違う取り乱しようを見ていると、少しずつ落ち着いてくる。左手で私の手を握って、右手ではなんどもなんども、私の涙を拭う。
(あったかい)
手の暖かさ。……そうか、これがあったから、私は落ち着いていたんだ。
(……コドモみたいに)
誰かにお手手繋いでもらってたら平気だなんて。思わずクスリと笑った。
「華」
少しだけ、ホッとしたように樹くんが私を呼んだ。
「ほんとうに済まない」
私は首を振る。
「ごめんね、私もこうなるなんて」
「しかし」
「あのね」
手を離さないでね、と小さく言った。
「繋いでてもらうと、平気みたいだから」
「……分かった」
絶対に離さない、と樹くんは私をまっすぐに見て言った。
「集合の時は、誰か女の子に頼んで繋いでてもらうからね」
さすがに集合の時に繋いでるのは目立ってイヤだろうなぁ、と提案すると「俺では」と樹くんは言った。
「俺では役に立てないか?」
「え、そんなことは」
「じゃあ俺でいいだろう」
不思議そうに言われた。うーん、なんか上手く伝わっていないような。
「ここでしばらく休もう」
樹くんは私の横に座って笑う。
「それからさっきのを買いにいこう。一緒に」
「うん」
微笑んで見上げると、樹くんは少し眩しそうにして、それから目線を前に向けた。