悪役令嬢は手を繋ぐ
目の前でいちゃらぶカップルがイチャラブしている。ひよりちゃんと如月くん。ぎゅうっと繋いだ手は初々しくて可愛らしくて甘酸っぱい。
「……ほんとに、何があったんだろうねぇ」
うむ、って感じで樹くんが頷いた。
「俺にも分からん」
「教えてくれないんだよねー」
見上げると、ばちりと目があった。
「?」
「……いや」
ふい、と逸らされる目。けれど何故か照れ顔……例のしかめっ面で。
「どしたの?」
「手を、」
ぽそりと樹くんは言う。
「繋ぎたいなぁと」
「誰と?」
樹くんの眉間のシワが深くなる。
「華と」
「でも、それってさ」
首をかしげる。
「幼稚園の遠足みたいにならない?」
班のみんな仲良くお手手繋いで、ってさ。そう言って樹くんを見ると少しきょとんとしたあと、楽しげに笑った。
「それでもいい」
「えー?」
「童心に返るんだろう」
「まぁ」
そう言ったのは私だ。
「そうだね」
樹くんは私の手を握る。ぎゅう、って。少し乾いた手、案外大きい。身体も大きいもんね。
(照れてた訳じゃないのかな)
良くある、手を繋いだら相手も緊張しててちょっと汗ばんで、とかはない。ほんとに童心に帰りたかっただけ?
(ま、いっか)
遠足、遠足だ。
そんな訳で、伏見稲荷の駅から大阪方面の電車に乗る。
「乗り換えが何回かあるね」
「気をつけなきゃ」
土地勘がないとこは乗り過ごしそうで怖い。ちょっと緊張しながら緑色の私鉄に揺られた。
やがて大阪市内で乗り換え。立ってドアのところに4人で立って、何となくおしゃべりしていたら。
もうすぐテーマパークに着く、ってところで、楽しげにささやく声が近くから聞こえた。
「見てーあの中学生」
「可愛らしいやん」
「制服ダブルデート?」
「ええなぁ」
大学生くらいだろうか、の二人組。私はちょっと困って樹くんを見上げた。
私はいいけれど、付き合ってもない人とそんなふうにからかわれるのは思春期男子にとってはイヤなものではないんだろうか。
樹くんはふ、と目線を窓の外にやった。耳たぶがほんのちょっと、赤い。
手を離したほうがいいかな、と手を緩めると、逆にきゅうと握られた。
「樹くん?」
「華」
そのままで、樹くんは喋る。
「どの順番でまわる?」
「え、ええと」
別にこのままでいいのかなぁ。いいならいいんだけど。
やがて電車はテーマパーク横の駅に着く。
「わー! 着いたっ!」
事前に配られていた入場券でわくわくと入場する。平日の午後、とあってそこまで人はいない。夕方から貸し切りとなっております、って看板が立っていた。
「じゃあ、わたし達ショー見て来るねっ」
「じゃあな鹿王院、うまくやれよ」
「うるさい」
ひよりちゃん達は手を振って歩いていく。
「うまくやるって?」
「……乗り物に乗る段取りではないか」
「あ、それね」
たしかになぁ、と私は園内を眺める。
後ろ向きで走るジェットコースター、平日なのに2時間待ち!
「あんまり並ぶやつは貸し切りになってからにしよう」
樹くんの提案に頷く、頷きながら「あ」とぽかんと口を開いた。完全に「しまった」だ。
「あのさぁ樹くん」
「なんだ?」
「もしかしたら、夕方以降、外、歩けないかも……」
おずおずと告げる。
「道じゃないから大丈夫かもなんだけど」
「なんの話だ?」
私は眉を下げて、暗い屋外が怖い、って話をした。
(樹くん、すっごい楽しみにしてたのに!)
申し訳なくて俯く。なんで忘れてたんだろう、って修学旅行で浮かれてたなぁ。
「無理だったら、あのね、他の班の子とかと回ってくれてもいいし」
「華は?」
「もうバスに乗っておこうかなぁ」
屋内施設にいてもいいんだけれど、と言うと樹くんは笑った。
「なら付き合う」
「へ?」
「華とがいい」
手を繋ぎ直される。真剣な目。
「……ありがと」
頷いたけれど、無理そうなら付き合わせるつもりはない。一生に一度の修学旅行なんだもんね。
それに、無理なのは「前世で襲われた暗い道」であって、騒がしい遊園地なら暗くても大丈夫かも、なんて思ったりもしてる。