悪役令嬢は音楽を聴く
「かっかわいい」
思わずそう口走ってしまった私の視線の先には、可愛らしい和菓子!
黄緑と緑のクローバー形のものと、てんとう虫を模した形と。
「おかんのな、お気に入りの店のんらしいねん」
「そうなのー!? うわめっちゃ可愛い!」
ありがとう! と私は微笑んだ。
「お母さんによろしくね!」
アキラくんは少し目を細めて、それから頷いた。
「それからな」
「ん?」
「これ」
アキラくんが渡してくれたのは、……スマホ?
「これな、うちのオヤが機種変する前に使ってたやつやねん」
デンワとかネットとか、もう繋がってないやつ、とアキラくんは言う。
「うん」
「俺のな、音楽聞く用にしてたんやけど」
俺のスマホあんま容量ないから、とアキラくんは続けた。
「華、聴く?」
「え、音楽?」
「ん」
アキラくんは笑った。
「さっき華がテレビ見て結構好き、言うてたバンドの曲、入ってんねん」
「え、あ、そうなの?」
私はアキラくんから、そのスマホを受け取った。
「ん。貸すわ」
「え、でも」
そんなことしたら、アキラくん聴けなくなっちゃう。
「ええねん、パソコンに落としとるし、別に」
「でも」
「帰りしの新幹線も、どーせ家族で騒がしいねん、音楽なんか聞いてる暇ないんや」
せやから、とアキラくんはぐいぐいと私にスマホを押し付けてくる。
「聞いてほしいんや」
「?」
「俺、ミーハーやからさ」
照れたようにアキラくんは言う。
「流行ってる曲、なんでも入ってんねん。せやし、それ聞いてたらここ何年か分の流行りの曲は覚えんで」
「うん」
「そしたらさ、」
アキラくんは私の頭をぐりぐり撫でた。
「次聞いたとき、あーアイツに押し付けられた曲やなぁってちょっと思うやろ?」
「あ」
「そしたらさ、少しは寂しくないんちゃうんかなぁって」
「アキラくん」
「浅知恵やけどな」
アキラくんは、イヤホンを取り出して私の手に載せた。
「気になるんやったら、イヤホン、自分のんつこうて」
「え、あ、そんなことない」
「ほんま?」
良かったわ、とアキラくんは笑った。
「……ほな、俺帰らなあかんから。鹿王院サンの部屋だけ教えて」
「ええと、男子は8階で」
私が言った部屋番号を、アキラくんは復唱した。
「りょーかい」
「私も行こうか?」
先生に会ったとき、面倒じゃないかな。
「んや、……まだ華、泣き顔やし」
「そう?」
鏡台の鏡を見る。まぁ、少しむくんではいるけれど、大丈夫そうではあった。
「いけるよ?」
「や、あんなぁ」
アキラくんは眉を下げて笑った。
「俺があんま、そのカオ、他の人に見せたないだけ」
「なんで?」
「なんででも、や。華」
アキラくんは立ち上がって、私の前にしゃがみこんだ。ちょっと上目遣い、的な。
「頼ってええって言ったよな、俺」
「あ、……うん」
私からお願いしてたのだ。前回は「華の記憶」で混乱してた時に助けてもらって、本当に心強くて。今も、ずっとそばにいてくれて。
「もしかしてな、こういうこと、良くあるん?」
「え、ないよ」
きょとんと答えた。本当に、今回はイレギュラーで。
「そんなら良かった」
ホッとしたようにアキラくんは呟いた。
「ひとりで、耐えてんのかと」
笑ってるのに、なぜか泣きそうな顔でアキラくんは言う。
「それのが、辛い。俺は。迷惑とかより、頼られへんってほうが、俺は辛い。せやから」
アキラくんは立ち上がる。
「いつでも呼んでな、華。地球の裏側にいても駆けつけるで」
「……ブラジル?」
行く予定はないけども。アキラくんは笑った。
「電話一本、アキラくんデリバリーやで」
「ふふ」
その言い方に、思わず笑ってしまう。
「ありがとう」
「約束やで、華」
アキラくんは笑った。
「いっちゃん最初に、俺」
「うん」
「ほな、おやすみ」
バイバイ、と軽く手を振ってアキラくんは部屋を出て行く。
私はまた1人になるけれど、ひとりじゃない。テレビはいつのまにかニュースに切り替わっていた。
(結構長い間いてくれたんだ!?)
ちゃんと時計を見ていなかったから、はっきりとは分からないけれど。あの番組は特番だし、2時間はあったはずだ。
(どんだけ泣いてるの、私)
ちょっと呆れてしまうけれど、……ひよりちゃん達もだ! どれだけ話し込んでるんだろう、ってまぁ、中学生の付き合いたてってそんなもんだよね。
私は電気を暗くして、先にベッドに潜り込んだ。イヤホンをつけて、アキラくんに借りたスマホをいじる。
「……ラブソングなんか聴くんだ」
曲名からして、きっとそう。
ちょっと意外だったけれど、そうだあの子は好きな人がいるんだった、と思い出す。
再生ボタンをタップすると、流れてきたのは静かなバラード。やっぱり意外、なんて言ったら失礼かな。
好きな人には恋人がいる、っていう歌。
自分の知らない顔を、その人には見せてるんだろうな、っていう歌だった。
(誰かを思って聴くのかな)
それとも、単に曲調が好きなだけ、とかかもしれない。
あるいは、好きな人の好きな歌手、だとか? 私の胸がほんのり痛いのは、前世と重なる部分があるからだろうな、と思う。
(まー、セカンド扱いに気づいた瞬間に、ソッコー別れてましたけどっ)
私にだってプライドはあるし、彼女さんにだって悪いじゃん、ねえ?
でも思い返しても、そこまで胸は痛まない。なんでだろう。
そんなことを考えながら、私の意識はゆっくりと沈んでいった。