悪役令嬢とウェディングドレス
泣き続ける私を、アキラくんはソファに座らせて、ずうっと背中を撫でていてくれた。
正直なところ「知ってる歌がない」って泣きじゃくって、支離滅裂だし呆れると思うのだけれど、アキラくんは何も言わなかった。
時折合う視線はとても気遣わしげなもので、私は安心して情けなくて悲しくて、更に涙が出てしまう。
(かみさまは酷い)
いたとして、の話だけれどーーこれが全く違う世界ならば、まだ諦めがつく。
けれど、ここは「日本」なのだ。
私は東京の隅っこで育った。正直な話、鎌倉から電車にのればすぐに着く。
けれど、そこに家族はいない。
実のところ、一度だけ足を向けたことがある。マンション自体が、そこになかった。大きな公園で、子供たちが楽しそうに遊んでいた。
(帰れそうで、帰れない)
近いのに遠い。触れそうで、触れない。
少しずつ記憶と違う「日本」に馴染んでいく自分が、とても、こわい。
「華、嫌やったら言うてな?」
アキラくんはそう言って、そっと私を抱きしめた。私はしがみつくように、すがり付くように、アキラくんの肩口に顔を埋めて子供みたいに泣いた。
本当の中学生みたいに、わんわんと泣いた。
テレビからは、相変わらず知らない歌。
しばらくしてーーやっと少し泣き止んで、私はようやっと口を開いた。
「ご、ごめんね、なんか変なことでとりみだして」
アキラくんから離れながら、なんとか謝る。うう、アキラくんの服、涙で濡れちゃってる。
「服もごめん」
「ん? こんなんすぐ乾くで」
アキラくんはニカッと笑うと、それから少しだけ眉を下げた。
「それからな"変なこと"って華はいうけど」
「うん」
「それは、華にとってイヤなことやったんやろ? 悲しいことやったんやんな。こんなに泣いてまうくらいに」
優しく手で涙のあとを拭ってくれる。
「せやったらしゃあないやん。泣いて」
「……ありがとう」
素直にそういうと、アキラくんはまた笑った。私もなんとか、笑いかえす。
「あ、と、ところで」
私は空気を変えようと、殊更に明るい声で言った。
「どうしたの? ホテルまで」
「ん?」
アキラくんは近くに置いていたお菓子の箱を目で見る。
「あー、オヤに、なんや先輩らの修学旅行かたらしてもらった言うたらやな」
「かたらす?」
「あ、神戸弁、それもけっこー西寄り。混じる? 参加する? 神戸でも通じひんことあった」
「へぇ」
「時々通じひんのよなー。俺、親が京都人で神戸育ちやから方言色々混じってんねん」
「あはは、楽しそうだけれど」
ていうか、神戸と京都じゃ言葉が違うのか。ちょっと驚きだ。同じようなものだと思うけれど。
「まぁそんでやな、オヤからご迷惑おかけしました言うて預かってきたお菓子や」
「あ、そーなの!?」
「ん。和菓子」
「わーい!」
私は両手を上げて喜んだ。和菓子!
「俺、和菓子に負けてへん? いいねんけど」
アキラくんは優しげに笑って、一箱私にくれた。
「ひよりサンと如月サンには、ロビーで渡せたんやけど」
「あ、樹くん? 呼ぼうか?」
「んー?」
アキラくんは少し首を傾げたあと、私の目の下を撫でる。
「……こんなカオで?」
「あ」
泣いたばかりでした。心配はかけられない……。
「ちょっと待とうかな」
「そうしー」
アキラくんは少し複雑そうな顔で言った。
そのあと、ぼうっと2人でテレビを眺める。相変わらず知らない曲たちだけど、ちょっと楽しくなってくる。好きな感じの曲も多い。
「あ、これ好きかも」
「ほんま?」
「うん」
そんな会話をしていると、まだ若い女性歌手がゴージャスなウェディングドレスで登場した。
「わ、綺麗」
「結婚すんねんてー」
へえ、と私は歌手を眺めた。コテコテのラブソング。10代の子が好きそうな。あなたがいるから生きていける、って曲。
ライトに白く輝くドレス。はあ、綺麗だよなぁ。
「……見せたかったなぁ」
「ん?」
「おかあさん……」
アラサーになって、はっきり聞かれたことは無かったけれど「いつくらい?」みたいな期待はあった、んだと思う。見せたかった。
「……思い出したん?」
ちょっと注意深く、アキラくんは小さく聞いてきた。
(あ)
完全に油断ーーていうか、リラックスしてしまってた。アキラくん、「華」の記憶がないのも「華のお母さん」が亡くなってるのも、知ってるんだった。
「ええと、す、すこし」
ちょっと罪悪感。でも前世の記憶とかドン引きされる自信がありますし……。
「そか」
アキラくんはそう返事をしたあと、ちょっと明るい声で聞いてきた。
「和装派やなかったっけ」
「あー」
鎌倉観光でみた、和装の新婚さん。
「和装もしたいけど、やっぱりドレスもいいよねぇ」
ポワポワと想像する。ちょっとウットリ。
「どっちも似合うやろうなぁ」
アキラくんはそう言ったあと、なんだか無理をしてるみたいに笑った。
「それ、鹿王院樹と」
「ん?」
「あいつとの、で、想像しとるん?」
「えっ」
言われて首をかしげる。想像(妄想ともいう……)の私の横には、だれもいない。……せ、切ない。
「……ひとりだった」
素直に答えると、噴き出された。失礼な!
「酷いよ!」
「いや、ええやん、大丈夫やって」
「なにが大丈夫なの!?」
もう、と私は貰った和菓子の箱を見つめた。可愛らしい、小さな箱。
「開けてもいい?」
「ん、ええで」
言われてぱかりと箱を開けた。私は思わず息を止める。な、なにこれ可愛いっ!