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悪役令嬢は大きく手を振る

「とりあえず先生はさっきの事務所にカバンといて」


 なんやかんやで、皆で手伝うことになったんだけれど。

 私はとりあえず提案する。


「忘れ物ありませんか、って来るとしたらここの事務所だと思うんで」


 先生は蒼白になりつつ頷く。


「ここのベンチには……ひよりちゃんと如月くん」

「はーい」

「了解」


 らぶらぶ(?)な2人はあっさり提案を飲んでくれた。


「私たちはとりあえず京都駅に向かいましょう」


 おじさんがカバンを失くしたベンチ(さすがに入れ替わってると気がつくはずだ!)、忘れ物を届ける事務所、それからこれから向かうはずの京都駅。このどこかに、おじさんは必ず来るはず。


「ちなみに、どんな人でした?」

「ええと、ちょっと特徴的な人で」


 先生は思い返すように言う。


「スキンヘッドに薄い色付きサングラス、白いスーツで豹柄のシャツに青いネクタイ、爪先が尖った黒い革靴、真っ赤なトランク」

「地上げ屋やん」


 アキラくんが言う。


「確実に地上げ屋やん。それのどこが"ちょっと"特徴的なんすか、特徴のカタマリやんそんなん」

「え、えと、そう? 流行ってるのかと」

「流行ってへんっすわ」


 呆れたように言うアキラくんの言葉に続いて、真さんが言った。


「どうやって京都駅向かうの?」

「へ?」

「途中でも見つかったらそこで捕獲した方がいいんじゃないかなぁと」

「捕獲て」


 千晶ちゃんが呆れたように言う。


「言い方。言い方ですわお兄様」


 真さんは、ふふ、と静かに笑う。


「ここから京都駅まで向かう方法は、バス、電車、タクシー、車、自転車、バイク、徒歩? そんなもん?」

「歩けます?」


 私が首を傾げると、アキラくんが答えた。


「歩けるでー。まぁそこそこ時間はかかるけど、実は緩やか〜な下り坂やねん」

「え、そうなの?」

「まぁ聞いた話やけど。京都駅と、ここよりもう少し北にある北大路て通りまで。フラットな道なようで、実は傾斜してて、京都タワー一個分の高低差ある言うてたわ」

「へえ〜」


 じゃあ歩くのはそこまで辛くないのかもしれない。でも地上げ屋さんって歩くのかな。


「じゃあ、電車組と、タクシー組に別れよう。徒歩、車、バスその他はタクシーでまとめることにして……。バス乗ったり、車運転されてたら微妙だけど、そんな格好の人が歩いてたら分かるでしょ」


 真さんの提案に、私たちは頷く。


「さーて、どうやって二手に分かれる?」


 真さんは、やっぱり少し楽しそうに言った。

 とりあえず、チーム分け(?)は清水坂を降りてから、にして。お寺を出て、みんなで坂を下る。


「なぜお兄様、協力する気になったのです?」


 千晶ちゃんが、人混みを早歩きしながら真さんに聞いた。


「んー?」


 真さんは千晶ちゃんを見て、そのあと首を傾げて私を見た。


「ん!?」


 目が合って、微笑まれる。


「キミの個人情報も含まれてるんデショ」

「あ、は、はぁ」


 頷く私に、真さんは普通に言った。


「なんか、ヤだったから」

「へ?」

「そんだけ」


 それ以上何も言わずに、真さんは前を向いてーーそれから立ち止まった。急に立ち止まるから、思い切りぶつかってしまう。


「ぎゃふ、す、すみません」

「キミ、なんていうか、叫び声が珍獣のようだね」

「珍獣」


 果たして褒められているのか……ないか。

 真さんは黙って目線を動かす。ほとんど同時に、アキラくんと樹くんがはしりだした。


「え、な、なに!?」


 千晶ちゃんと茫然としていると、樹くんたちは普通のスーツを着てるサラリーマンっぽい人を両脇から確保(?)していた。


(あれ?)


 私と千晶ちゃんは、首を傾げる。確か、荷物が入れ替わったのは地上げ屋風男性(どんなんだ?)だったのでは?

 しかし、男性も2人と会話をして、明らかにホッとした表情で2人にカバンを差し出していた。


「……?」


 千晶ちゃんも、不思議そう。真さんは「早期解決で何よりだよねぇ」と笑っていた。


「鍋島サン、目線的に気付いてましたやん。なんで動いてくれへんのです」

「だってイキがいいのが2人も走り出したら、僕走る必要なくない?」


 堂々と言い放った真さんをなぜか先頭に、私たちは清水坂を登る。お寺の入り口まで、桐山先生が出てきてくれているはずだ。


「ねえ、なんで分かったの?」


 私は横を歩いていた樹くんに尋ねた。


「服装、全然違うのに」

「ん? 靴だな」


 言われて、おじさんの靴を見る。


「確かに、爪先が尖ってるけど。でも、服装が全然違う」


 おじさんはなぜか照れたように笑った。


「違うからこそだ。普通のビジネススーツにこの靴は違和感がありすぎる」

「あ」


 たしかに、それは。


「でも、なんで服装が違うの?」

「着替えたんだろう」


 いや、そりゃそうだけれど。


「お仕事だったからですか」


 樹くんは振り向く。おじさんは、やっぱりなぜか照れたように笑った。多分、人が良い人なんだろうなぁ。


「そうです、今から新幹線に乗って、商談相手と会うので」

「なんで、わざわざ着替えたんですか?」

「いや、あれ、私服なんで」

「私服」


 思わず復唱した。なるほど、あれ、私服……。


「こちらーー京都でも、仕事が昨日まであって。これから名古屋に移動だったのですが、京都駅について着替えてカバンをみてびっくりして。すぐに清水寺で入れ替わったんだろうと気がついて、タクシーでとんぼ返りしてきたところです」


 おじさんは、禿頭をつるりと撫でた。


「トランクは京都駅に置いてきました。靴までは変えなくていいと思ったんですが……実際それでみつけてもらえたので」


 良かったです、とおじさんは人の良さそうな顔で笑った。


「でも、なんでわざわざ清水寺に?」


 不思議に思って聞くと、なんだか当たり前の回答が返ってきた。


「清水寺って、商売繁盛にご利益があるんです」

「あー」


 なるほど。

 言われてみればその通り、って感じで、私は清水寺の門の、階段の下で小さくなってる桐山先生に、大きく手を振ったのでした。

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