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悪役令嬢、自画自賛する

「あら似合う」

「これ敦子の十三参りの時の振袖?」

「そうそう、華、アタシより似合ってるわよ」

「ほらこれも髪にどう?」

「あら素敵! ほら華」


 退院してーーこの家に引き取られて、だいたい1ヶ月くらい。

 桜もすっかり散って、そろそろツツジが見頃になってきた、四月下旬のとある晴れた日。


 敦子さん(「おばあちゃん」と呼んだらブチ切れられた)に呼ばれてリビングに向かうと、八重子さんも来ていた。

 八重子さんは、敦子さんの大学の頃の同級生だ。

 壊滅的な敦子さんの家事能力を心配して、押しかけ家政婦をしてくれている元気な人で、私のことも可愛がってくれている。ーーのはいいのだけれど、2人はきゃあきゃあと盛り上がりながら、寄ってたかって赤い振袖を私に着付けしていくのだった。


(えっ何、なになに、何が起きてるの!?)


「華ちゃん色白だから、こういう赤似合うわねぇ」


 そう言われて、混乱しつつも姿見を見ると、うん、可愛いんじゃない?

 ちょっと自画自賛。


(でもまぁ、華は悪役令嬢やるだけあって元から美人さんだから、大抵のものは似合うよなー)


 前世平凡顔の私は嬉しいんだか悲しいんだか分からない感想を抱いてしまう。

 可愛らしい手毬菊が散らされた赤い振袖、帯は黄緑地に金糸で彩られた、桜の模様。髪には造花のかんざしが揺れていた。

 ついでに赤い手毬を持たされて、壁際に立たされ(なぜか)撮影会が行われた。

 おばさまたちの喧騒がひと段落ついた時、やっと私は疑問の声を発することができたのだった。


「あの、……ところで私はなぜ振袖に…?」

「やだ敦子言ってないの」

「あら言ってなかったっけ?」


 敦子さんはきょとん、と私を見つめた。

 それからにっこり笑って小首をかしげて。


「今日お茶会あるから手伝って」


 語尾にハートマークが見えた気がした。


「お、お茶会……?」

「そう、ほら、お点前ちょうだい致します~~ってやつ。知らない?」

「えと、それは分かりますけど」

「私の中高とお世話になった茶道部の顧問の先生がね、米寿を迎えられて。お祝いをしようということになったのよ」


 懐かしいわ~、もう何十年前かしら! とはしゃぐ敦子さん。この人本当は何歳なんだ。


「それで、私達の代が中心になってお祝いの席を設けたの。そのお手伝い。ね?」


 にこりと笑う敦子さんに、私は否応なく頷くしかなかったのだった。


「あ、そうそう。その手毬あげるわ。私作ったんだけど、いつ作ったんだかも忘れたし」

「え、手作り?」


 すごっ、と手毬をしげしげと眺める。


「そういうのにハマってた時期があってね。普通に遊んでくれていいわよ、普通のボールみたいに」

「や、汚すとかはちょっと」


 それは気がひける。綺麗な手毬だし。


「そう? ふふ、まぁそれ今日のお着物にも合ってるし、とりあえず持っていきましょう。暇があれば遊んでいいわよ」

「はーい」


(手毬遊びか~~。前世ではしたことないけど……おセレブの皆さまは小さい頃そういうので遊ぶのかしらねぇ)


 もう中二になるらしいんだけれど。

 益体も無いことを考えつつ、敦子さんに続いて玄関に向かうのだった。


 今日の野点のお茶会は立礼席というものらしく、良くお寺なんかで見かける、椅子に腰掛けてお茶をいただけるカジュアルなやつらしい。

 敦子さんたちが立てたお茶を、お客さんのところに運ぶのが私の役目だ。


「ここでやるんですか?」

「そうそう」

「敦子さんすごい身内の軽いやつって」

「身内だけのカジュアルなお席よ?」


 車に乗せられて、横浜までやってきたかと思うと、名前だけは知っているような高級ホテルの前に立っていた。


「かじゅある」


 高級ホテルの日本庭園でやるお茶席をカジュアルといわない……おかねもちこわい……。

 しぶしぶ、敦子さんの後に続いてホテルの自動ドアを通る。


(うう、絨毯がフカフカだよう)


 慣れた様子で庭園へ向かう敦子さんの後について歩いていると、突然敦子さんが立ち止まった。

 そしてなぜか、少し面白そうに笑ってから、歩いてきた女性に声をかけた。


「あら静子先輩」

「あら敦子、お久しぶり!」


 そう言って笑う女性は、深緑の訪問着がよく似合う、上品そうな人だった。


「ご無沙汰しております」


 敦子さんはそう言って、またニヤリと笑う。


(なんなんだろ?)


 女性は苦笑いしつつ、言葉を返してきた。


「ほんとに。今日は紗江子先生のお祝いだから、敦子いるかなと楽しみにしてたのよ」

「他の方もいらしてて?」

「ええ、何人かお会いして……そちらは?」


 にこり、と私を見て微笑むご婦人。挨拶して良いものか迷って、とりあえずぺこりと頭を下げた。


「華です」


 敦子さんがそう紹介してくれた。


「ああ! うん、思ったより元気そうで良かったわ」


 そう言って、優しそうな目線を向ける。


「こんにちは、鹿王院と言います。はじめまして、ええと?」


(ろ、ロクオウイン……!? こりゃまたオカネモチそうなお名前ですこと)


 ついそんな風なことを考えてしまう。いや、根がド庶民だからね。


「あ、華です。設楽華、といいます。よろしくお願いします」

「ふふ、しっかりしてるのねぇ。おいくつ?」

「今年14になります」

「じゃあ中二ね。ウチの孫と同いだわ」

「樹くんね、ふふ、お元気?」


(イツキ?)


 イツキ……なんだっけ、聞き覚えのある名前だ。前世にそんな知り合いいたかな?


「元気も元気。サッカー部入って、朝から晩までよ。すっかり日焼けしちゃって。今日来てるの。後でご紹介するわね」

「楽しみにしてますわ。じゃあ、私達準備があるから失礼させていただきますわね」

「ええ、楽しみにしてますわ……本当に」


 微笑み手を振る静子さんに、私はぺこりと頭をさげて歩き出す。と同時に、背中をつぅっと冷や汗が流れた。


(……思い、出した。イツキ。樹。鹿王院樹。これあのゲームのキャラクターだ)


 ゲーム内での「悪役令嬢」華の許嫁。

もちろん攻略対象……マジですか。


(あー、許嫁にされないよう、気をつけておかなくちゃ)


 はぁ、とため息。


(敵は増やしたくない。平穏無事に生きていきたい)


 それだけが望みなのになぁ。


 私は足取り重く、敦子さんに続くのだった。

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