悪役令嬢は少し気の毒に思う
神社を出ると、桐山先生がベンチで一心不乱にスマホを触っていた。
「先生何してるんです?」
「や、画材を買おうかなと」
ネットショッピングに明け暮れていたらしい。
先生の横には、例の個人情報たっぷりのパソコン入りカバン。
「新幹線でも言いましたけど、それ、失くさないでくださいね」
「分かってるよ〜」
のんびりと言いながら、先生はカバンを膝に持ち上げる。
「ほら、この通……り……」
カバンを開けた先生は、ぽかんと中身を見つめた。
「あれ?」
「……あれ、ってなんです、あれ? って」
先生は呆然と鞄の中身を私に見せた。
「……中身が違う」
そのあとちょっとパニックになった先生を落ち着かせて話を聞き出したところによると、どうやらここに座っているときに、よく似たカバンを持ってるおじさんが横に座っていたらしい。
「その人も鞄、ここに置いてて。僕、2つ一緒に落としてしまって」
「そん時に入れ替わったゆーことっすか」
アキラくんがまとめた。
「うう、ど、どうしよう」
先生は半泣きで鞄を握り締めている。
「きゅ、きゅきゅたん……」
そっちかい。思わず突っ込んだ。先生の手作り人形、魔法少女らりっくきゅきゅたん。いやそれは(割と)どうでもいい。
「何か入ってないの、先生」
真さんが鞄を目線だけで示す。
「名刺入れとか」
ビジネスバッグでしょソレ、と言われて先生は慌てて鞄をさぐる。
「名刺あったら電話かけられるね」
ひよりちゃんが(相変わらず手を繋いだまま)納得したように言った。如月くんはとっても幸せそう。
「ええと、名刺入れ、名刺入れ……なさそうです」
がっくり、と先生は肩を落とした。
「書類しか入っていません」
先生は私たちに書類を示した。ファイリングされたりクリップで留めてある分厚い書類たち……って、勝手に見ていいんだろうか!?
「宅地開発の関係書類のようだな」
樹くんが手に取り、少し目を細める。
「こっちは環境アセスメントの調査結果概要書、こちらは地盤調査……随分粘土質だな。杭打ちが難儀そうだ」
「粘土質でもなんでもいいよ」
真さんが言った。……ていうか樹くん、やたら詳しいなぁ。おばあちゃんの静子さんに仕事の勉強させられてるって言ってたもんな……。
(でもサッカー選手になりたいんだよね?)
正直、樹くんって人から羨望される立場の人だと思う。有名な旧財閥の一人息子で、跡取りで、文武両道で。
だけれど、それって本当に幸せなんだろうか? ロック調にいうなら「レールの上しか走れねえ!」みたいな……? そのうちグレたらどうしよう。
(樹くんとロックってあんま結びつかないな)
いやまぁ、それはどうでもいいんだけれど……個人的には、自分のやりたいような生き方がいいんじゃないかなぁとは思うのです。それができる才能と、努力ができる人なんだし。
ぼけっとそんなことを考えていると、アキラくんがカバンを覗き込みながら言った。
「他になんかないんすか?」
「ええと、ええと」
「……」
他人の荷物なのにガサガサしちゃってる先生から、私は千晶ちゃんとカバンを取り上げた。もうすこし丁寧に扱ってくださいよー……。
「あっ」
樹くんが軽く叫ぶ。さっきの書類をぱらぱら見ていたらしい。
「これは酷い、カスミサンショウウオの生息地じゃないか」
ショックを受けたように樹くんは言った。サンショウウオ?
「いいよそんな両生類の話は」
真さんがすげなく答えた。……そういや、樹くんウパ飼いさんだった。両生類が好きなのかもしれないなぁ。横目で見ながら鞄をガサゴソ。
「あ」
樹くんと真さんが仲良く(?)お話してるのを遮って、私と千晶ちゃんは顔を合わせた。
「ほらこれ!」
ぴっ、と先生にそれを渡す。
内ポケットに入っていたのだ、新幹線のチケット!
「今日の午後13時の新幹線です」
今は11時半だから、まだ余裕はあるけれど。
「これ、失くさはった人もめっちゃ探してはんのと違う?」
「そうだろうねぇ」
チケットないと、困るもん。
「となると、ここに戻ってくるのではないか?」
「かなぁ」
「じゃあ待ってます」
あっけらかん、と桐山先生は言った。
「まさかパソコン開かないでしょうし」
「分からへんっすよー?」
アキラくんが言う。
「それこそ興味本位とか、せっかくやしデータぬいとことか」
「でもパスワードかかってますよね?」
私が言うと、先生は目を逸らした。
「……ウソでしょ?」
「いや、パスワードはかかってます」
その先生の答えに、ほっと息をつく。
「ただ、そのパスワードが123456なだけで」
「一番やったらあかんやつ!」
アキラくんが突っ込んだ。いや、まじで、そう……! とりあえず試すやつ!
「早く見つけなきゃ、名門校の生徒さんたちの個人情報ダダ漏れかもねー?」
真さんは言う。ちょっと楽しそうなのはなんでなの!?
「ぼ、僕……、首ですかね」
「懲戒免職?」
「ううっ」
先生から一気に血の気が引く。自業自得な気がしないでもないけれど、……同じ前世持ち仲間だと発覚したばかりだ。このまま見捨てるのも、なんだか忍びなかった。