表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/161

悪役令嬢は杉の木を見上げる

「あのね、あなた大人でしょう? それも先生! さらに言うならこんな名門校の!」


 警備員さんはブチ切れだ。


「生徒とふざけて落ちる真似してましたー、って! ほんとうにそうなったらどうする気なんですか!?」

「はい、ごもっともです、本当に」


 申し訳ございません……と平身低頭、謝罪を繰り返す桐山先生。

 私と千晶ちゃんも、頭を下げる。

 結局、ガチの自殺未遂とかだと後で色々ヤバイ、ということで、真さんの「僕たちふざけてただけですよ大作戦」が採用されたのだった。

 巻き込むのも悪いので、ふざけていたのは先生と千晶ちゃんと私、ってことにしてみんなには観光してもらってる。


「今度似たようなことしたら、ほんまに学校に連絡しますからね!」

「はい、もう、はい、ご迷惑を」

「はい、もう行って!」


 追い出されるように、事務室からぽいっと放り出された。項垂れる先生の肩を、ぽん、と叩く。


「先生、そのうちいいことありますよ」

「うん、もちろん、それは」


 先生は静かに燃えて(萌えて?)いた。


「まずは絵の練習をしなくては」

「その意気です!」


 千晶ちゃんと、とりあえず盛り上げる。生きる気力が湧いてくれてなによりですよ!


「おー、無事のご帰還なによりやでセンセ!」


 ベンチに座っていたアキラくんが立ち上がる。樹くんも横に座っていて、ぺこりと頭を下げた。


「大丈夫でしたか」

「あ、うん。ほんとに迷惑かけてごめんね」


 へにゃりと笑う桐山先生に、樹くんは肩の力を抜いた。ちょっと心配していたのかもしれない。


「あれ? 他の人は?」

「あー、ひよりサンと如月サンはあっこ」


 指差す先には、石の階段と灰色の鳥居。地主神社、と書かれている。


「あ、もうお詣り?」

「せや。手に手を取って行かはったで」


 アキラくんは苦笑した。


「……ねえ、ごめん何が起きたの?」

「それがやなー、俺らにもよう分からんのや」


 アキラくんと樹くんは顔を見合わせた。


「胎内巡りから出てきたら、手を繋いでいた」


 樹くんが説明を引き取る。


「説明を聞くのも野暮な気がしてな、さっぱり分からん」

「へー?」


 私も千晶ちゃんと顔を見合わせる。……ひよりちゃん、真さんにお熱だってのでは? ……って、その真さんは?


「あの、お兄様は?」


 千晶ちゃんが聞いてくれた。


「鍋島さんも、神社へ向かったぞ」

「ひよりサンたちとは別々やったけどな」


 とりあえず私たちも向かおうか、と先生に別れを告げて、石段を登る。


「あ、いた」


 ひよりちゃん達はすぐに見つかった……けど、自分たちの世界すぎて入っていけない。


「ほ、ほんとに何があったの……!?」

「恋っちゅーもんは落ちてみんと分からんいうことやな」


 アキラくんがやけに感慨深く言って、私の心はやっぱり少し騒ついた。


「?」

「どないしたん?」


 不思議そうに顔を覗き込まれて、私は首を傾げた。なんでしょね?


「ええと、……あ、真さん、いた」


 神社の奥の方、杉の木が並んでいるあたりで嬉しそうに杉を見上げていた。


「何してるんですか?」


 ひょい、と側まで行って杉の木を眺める。


「いや、ほら。穴」

「?」


 言われてその穴を見つめる。杉の木に、無数に空いた謎の穴。


「五寸釘〜」


 楽しげに言われる。


「げっ」


 さすがに察した。こ、これ、丑の刻参り!?


「カナワって知ってる?」


 ドン引きしてる私を尻目に、真さんは、綺麗なアルカイックスマイルで私を見つめる。さらり、と初夏の風で黒髪が揺れた。この場に相応しくない爽やかさ。


「カナワ?」


 聞き返すと、真さんは視線を杉の木に向けた。


「鉄の輪っかって書いて、カナワって読むんだけど。お能になっててね、丑の刻参りの話」

「能って、あの? 歌舞伎の元になった?」


 樹くんが聞く。真さんは珍しく素直に樹くんに向かって微笑んだ。


「そーそー。その元になった話があってね。ある女の人がね、夫に新しい女性が出来て捨てられちゃうんだ」

「それは呪いましょう」


 反射的に、言葉が口をついた。くっ、思い出しても腹が立つのは前世の仕打ちたちっ。


「本人を五寸釘で打ち付けたほうが早いのでは?」

「ちょっと華チャン? キミ結構過激だね」


 僕的には大歓迎、と真さんは変態さん全開で微笑んだ。このひと、見かけが綺麗だから色々許されてるよなぁ。しかも、それを本人も自覚してやってる節がある。


「いえすみません」


 とりあえず、謝った。


「怨念が」

「怨念?」


 不思議そうな真さんに、私は先をどうぞ、と促す。冷静にならねば……。


「その女の人は神さまにお願いして、元旦那を呪い殺す方法を教えてもらったんだ。それがこの丑の刻参り。赤い着物で、顔には真っ赤な塗料を塗って、頭に鉄輪をのせてね、その三本足に火を灯し……」

「待って鍋島サン、それめっちゃ怖いめっちゃ怖い」


 話を止めたのは、アキラくんだった。


「聞いてたらめっちゃ怖い」

「でも、そんなのその男の人が悪いんじゃん?」


 ついトゲトゲしい言葉で口をはさむと、アキラくんは少し首を傾げて、それから「せやな」と笑った。


「そんな男は、華が五寸釘打ち込むまでもない。俺が殴ったる」

「へっ」


 唐突にそう言われて、私は目をぱちくりさせてアキラくんを見る。


「俺はせんぞ」


 樹くんの言葉に、アキラくんは「アンタの話してへんし、俺もせえへんし」と答える。


(まー、2人とも一途っぽいよね)


 ゲームの話だけど、アキラくんも樹くんも、ヒロインちゃん一筋だったし!

 と、ふとゲームのことを思い返していると、千晶ちゃんが一歩踏み出して、私の横に並んだ。


「お兄様」


 呆れたように、千晶ちゃんは言う。


「悪趣味ですわ、こんなところで、そんな話を」

「そーうー? 効きもしないのに頑張っちゃって、って愛しい気持ちにならない?れ

「な、なりません」


 さすがの千晶ちゃんも軽くドン引きしていた。私も「えへへ」と笑って一歩引いた。なんですのその感情、どっから湧いてくるんですか。


「せやけど、効くかもしれんやないですか」


 アキラくんが「うへえ」って顔をして、杉を見ながら言う。


「めっちゃ怖いわ〜」

「大丈夫大丈夫」


 にっこり、と微笑む真さん。


「僕、されたことあるけど、ほら、ぴんぴんしてる」

「マジすか!?」

「マジマジ。やっべえでしょ」

「やっべえのはソレされるアンタの所行っすわ」


 それに対して、真さんはケタケタと笑っていた。ほんと、なんていうか、……なんていうの? 適切な語彙が見つからず、私は杉の木を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ