悪役令嬢は杉の木を見上げる
「あのね、あなた大人でしょう? それも先生! さらに言うならこんな名門校の!」
警備員さんはブチ切れだ。
「生徒とふざけて落ちる真似してましたー、って! ほんとうにそうなったらどうする気なんですか!?」
「はい、ごもっともです、本当に」
申し訳ございません……と平身低頭、謝罪を繰り返す桐山先生。
私と千晶ちゃんも、頭を下げる。
結局、ガチの自殺未遂とかだと後で色々ヤバイ、ということで、真さんの「僕たちふざけてただけですよ大作戦」が採用されたのだった。
巻き込むのも悪いので、ふざけていたのは先生と千晶ちゃんと私、ってことにしてみんなには観光してもらってる。
「今度似たようなことしたら、ほんまに学校に連絡しますからね!」
「はい、もう、はい、ご迷惑を」
「はい、もう行って!」
追い出されるように、事務室からぽいっと放り出された。項垂れる先生の肩を、ぽん、と叩く。
「先生、そのうちいいことありますよ」
「うん、もちろん、それは」
先生は静かに燃えて(萌えて?)いた。
「まずは絵の練習をしなくては」
「その意気です!」
千晶ちゃんと、とりあえず盛り上げる。生きる気力が湧いてくれてなによりですよ!
「おー、無事のご帰還なによりやでセンセ!」
ベンチに座っていたアキラくんが立ち上がる。樹くんも横に座っていて、ぺこりと頭を下げた。
「大丈夫でしたか」
「あ、うん。ほんとに迷惑かけてごめんね」
へにゃりと笑う桐山先生に、樹くんは肩の力を抜いた。ちょっと心配していたのかもしれない。
「あれ? 他の人は?」
「あー、ひよりサンと如月サンはあっこ」
指差す先には、石の階段と灰色の鳥居。地主神社、と書かれている。
「あ、もうお詣り?」
「せや。手に手を取って行かはったで」
アキラくんは苦笑した。
「……ねえ、ごめん何が起きたの?」
「それがやなー、俺らにもよう分からんのや」
アキラくんと樹くんは顔を見合わせた。
「胎内巡りから出てきたら、手を繋いでいた」
樹くんが説明を引き取る。
「説明を聞くのも野暮な気がしてな、さっぱり分からん」
「へー?」
私も千晶ちゃんと顔を見合わせる。……ひよりちゃん、真さんにお熱だってのでは? ……って、その真さんは?
「あの、お兄様は?」
千晶ちゃんが聞いてくれた。
「鍋島さんも、神社へ向かったぞ」
「ひよりサンたちとは別々やったけどな」
とりあえず私たちも向かおうか、と先生に別れを告げて、石段を登る。
「あ、いた」
ひよりちゃん達はすぐに見つかった……けど、自分たちの世界すぎて入っていけない。
「ほ、ほんとに何があったの……!?」
「恋っちゅーもんは落ちてみんと分からんいうことやな」
アキラくんがやけに感慨深く言って、私の心はやっぱり少し騒ついた。
「?」
「どないしたん?」
不思議そうに顔を覗き込まれて、私は首を傾げた。なんでしょね?
「ええと、……あ、真さん、いた」
神社の奥の方、杉の木が並んでいるあたりで嬉しそうに杉を見上げていた。
「何してるんですか?」
ひょい、と側まで行って杉の木を眺める。
「いや、ほら。穴」
「?」
言われてその穴を見つめる。杉の木に、無数に空いた謎の穴。
「五寸釘〜」
楽しげに言われる。
「げっ」
さすがに察した。こ、これ、丑の刻参り!?
「カナワって知ってる?」
ドン引きしてる私を尻目に、真さんは、綺麗なアルカイックスマイルで私を見つめる。さらり、と初夏の風で黒髪が揺れた。この場に相応しくない爽やかさ。
「カナワ?」
聞き返すと、真さんは視線を杉の木に向けた。
「鉄の輪っかって書いて、カナワって読むんだけど。お能になっててね、丑の刻参りの話」
「能って、あの? 歌舞伎の元になった?」
樹くんが聞く。真さんは珍しく素直に樹くんに向かって微笑んだ。
「そーそー。その元になった話があってね。ある女の人がね、夫に新しい女性が出来て捨てられちゃうんだ」
「それは呪いましょう」
反射的に、言葉が口をついた。くっ、思い出しても腹が立つのは前世の仕打ちたちっ。
「本人を五寸釘で打ち付けたほうが早いのでは?」
「ちょっと華チャン? キミ結構過激だね」
僕的には大歓迎、と真さんは変態さん全開で微笑んだ。このひと、見かけが綺麗だから色々許されてるよなぁ。しかも、それを本人も自覚してやってる節がある。
「いえすみません」
とりあえず、謝った。
「怨念が」
「怨念?」
不思議そうな真さんに、私は先をどうぞ、と促す。冷静にならねば……。
「その女の人は神さまにお願いして、元旦那を呪い殺す方法を教えてもらったんだ。それがこの丑の刻参り。赤い着物で、顔には真っ赤な塗料を塗って、頭に鉄輪をのせてね、その三本足に火を灯し……」
「待って鍋島サン、それめっちゃ怖いめっちゃ怖い」
話を止めたのは、アキラくんだった。
「聞いてたらめっちゃ怖い」
「でも、そんなのその男の人が悪いんじゃん?」
ついトゲトゲしい言葉で口をはさむと、アキラくんは少し首を傾げて、それから「せやな」と笑った。
「そんな男は、華が五寸釘打ち込むまでもない。俺が殴ったる」
「へっ」
唐突にそう言われて、私は目をぱちくりさせてアキラくんを見る。
「俺はせんぞ」
樹くんの言葉に、アキラくんは「アンタの話してへんし、俺もせえへんし」と答える。
(まー、2人とも一途っぽいよね)
ゲームの話だけど、アキラくんも樹くんも、ヒロインちゃん一筋だったし!
と、ふとゲームのことを思い返していると、千晶ちゃんが一歩踏み出して、私の横に並んだ。
「お兄様」
呆れたように、千晶ちゃんは言う。
「悪趣味ですわ、こんなところで、そんな話を」
「そーうー? 効きもしないのに頑張っちゃって、って愛しい気持ちにならない?れ
「な、なりません」
さすがの千晶ちゃんも軽くドン引きしていた。私も「えへへ」と笑って一歩引いた。なんですのその感情、どっから湧いてくるんですか。
「せやけど、効くかもしれんやないですか」
アキラくんが「うへえ」って顔をして、杉を見ながら言う。
「めっちゃ怖いわ〜」
「大丈夫大丈夫」
にっこり、と微笑む真さん。
「僕、されたことあるけど、ほら、ぴんぴんしてる」
「マジすか!?」
「マジマジ。やっべえでしょ」
「やっべえのはソレされるアンタの所行っすわ」
それに対して、真さんはケタケタと笑っていた。ほんと、なんていうか、……なんていうの? 適切な語彙が見つからず、私は杉の木を見上げた。