悪役令嬢と美意識
ホテルの部屋はツインで、トイレ別のバス付き。
「は、華ちゃんっ、暖炉があるよ!?」
ひよりちゃんがテンション高く寄っていく。もう使われてはいないみたいだけれど、綺麗に磨かれた暖炉が付いていた。
「わ、すごい」
置かれてる椅子も、磨かれた黒い木製。貼ってあるベルベッドの布は深い真紅。
(前世の頃の修学旅行とは全然違うなぁ)
修学旅行なんか、大部屋みたいなとこで雑魚寝させられたけど。
まぁ学校による、だけなのかもしれない。この学校は規格外だよね!
「お風呂どうする?」
私はひよりちゃんに聞いてみた。部屋にもあるけれど、でも、折角なら大きなお風呂に行きたいではないですか!
(旅の醍醐味だし!)
「大浴場、行くよね!?」
にっこりと微笑む。おっふろー、おっふろー、おっきいおっふろー、だ!
(露天風呂なんか、いつぶりだろー!?)
当然ひよりちゃんも、大きなお風呂行きを喜んでくれると思っていた、のですが。
「部屋のお風呂でよくない?」
「え、おっきいお風呂楽しみじゃない?」
「そりゃ家族旅行とかならね。でもほら、みんなにカラダ見られたりすんの、恥ずかしいじゃん」
「あ」
(すっかり忘れてた)
身体を見られる、ってことじゃなくて、身体を見られるのが恥ずかしい、って感覚、すっかり忘れてた。
(アラサーともなると、温泉地とかにもすっかり慣れきってましてね……)
いやいつまでも恥ずかしい、って人もいると思うんだけど、まぁ周りを見てみても年齢を重ねるごとに堂々となっていきますよねっていう……いいんだか悪いんだか。まぁ生きやすくはなるかな?
「ま、華ちゃん、スタイルいいもん。そんなに気にならないか」
「え、スタイルいいのはひよりちゃんのほうじゃん」
背が高くて、細くて。羨ましい。
(ま、私たち悪役令嬢だもんね。そこそこスペック高めよね、見た目は)
こっそりとそう思う。まだ体型維持にそう努力が必要な年齢じゃないし。
「行かないー? 大浴場……」
「はいはい」
くすくす、とひよりちゃんは笑う。
「いいよ、お付き合いしましょう」
「やったぁ」
なんだかいつもと立場逆転、な気もするけれど! 嬉しいな、露天風呂だー!
「そういえば、わたし華ちゃんと裸のお付き合いって初めて」
ふと、気がついたようにひよりちゃんは笑った。
「はだか?」
「や、ほら去年、華ちゃん転校してくる前に林間学校とかあったからさ。こういうお泊まりアリの行事初めてだなって」
「あ、そういやそうだね」
「お手柔らかにね」
「あは、なにそれ」
笑いながら大浴場へ向かう。
大浴場の入り口、脱衣所にそれぞれ女の先生が立っていた。おそらく浴場にもいる。
(やっぱ先生って大変)
いつお風呂入るんだろ、と脱衣所で服を脱ぎつつ考えた。
(自分がコドモの時は考えもしなかったなぁ)
いや他の子は考えてたのかもしれない、とちょっと反省しつつ、とりあえず上の服を脱ぐ。
「え、てか設楽さん、やばい」
ぼけっとしていると、隣で服を脱いでいた、同じクラスの女の子に話しかけられる。「庶民組」の子で、結構仲良し。
「あれ、結構みんなこっち?」
「こっちって?」
「部屋のお風呂かなぁって」
「だって大きいお風呂なんかめったにないもん」
そう言って、その子は笑った。たしかにねー!
周りをみても「青百合組」の子はあんまりいない。家も大きいお風呂なんかで慣れてるのか、そもそも旅慣れてていちいち露天風呂で大騒ぎしないか、だ。
「てか、やばいってなに?」
私は少し、お腹に力を入れながら言った。まさか、このほんの少し(多分)のお腹のお肉のことではありますまい? ありますまいな?
「だってさ、服着てたらさぁ、目立たないけど。胸、でかっ」
「あ、ほんとだ」
ひよりちゃんも驚いたようにこちらを見る。とりあえずタオルで隠してみた。
「え? あ」
(てか、そ、そうなの?)
考え方が大人基準なので、まだそうでもないと思っていたお胸、そうか君は中学生にしては発達していたのか……。
ちょっとアワアワとしていると、何人かの子が集まってきた。
竜胆寺さんがこちらを凝視している。裏切り者を見る目だった。……え、なぜに!?
「設楽様」
なぜか、その中に「青百合組」の女の子。竜胆寺さんと同じ班の、ええと、宮水さん。
「差し支えなければお答えいただきたいのですが」
「はぁ」
さすが生粋のお嬢様、言葉遣いも相変わらず丁寧だ。
「普段お使いになれているのは、スポーツブラジャーですの?」
「あ、はい」
つられて敬語になる。
「では、もうそろそろ、普通の下着にされた方がよろしいかと。形が崩れますわよ」
「か、かたち」
(そ、そうなの!? 若いのに!)
前世は平均的だったので、中学生でそこまでとは考えがつかなかった。
「知らなかったー。帰ったら買いに行きます。ありがとう」
微笑んでお礼を言うと、宮水さんは少し目を瞠った。
「……とりあえず、これでもちゃんと付けるやり方を」とキリッとした目で言われた。
「え、い、いいよ」
「否、でございます設楽様」
宮水さんは軽く私を睨む。
「みすみす目の前で美が失われていくのを見過ごすわけには参りません」
(び、美意識……)
女子中学生の美意識に圧倒され、言われるがままにもう一度スポブラを付け直す。
「そう、そこ寄せて。……申し訳ございません、少し触ります」
ぐいー、と胸をあげられる。
「とりあえずこれで」
「おお」
「すごい」
私を囲んでいた何人かからか、拍手が出る。
(うわぁ)
中学生ながら、きっちり谷間ができている。うわお。
「すごい」
「これがちゃんと支えられてる状態でございますわ。お気をつけ遊ばせ」
宮水さんは目を細めた。
「設楽様、素材は一級品なのに損しておられますから。色々と」
「い、色々?」
「それは美に対する冒涜でございます」
「冒涜」
誰かの受け売りなのだろうか、しかし宮水さんはキリッとそう告げて「では失礼いたしますわ」と笑った。
私はもう一度スポブラを脱いで、残りの服も脱ぎ、身体をしっかり洗ってから湯船につかる。
ふうー、と温かいお湯に癒しを感じながら「女子中学生おそるべし……」とぽつりと呟いた。
だって前世の私、完全に美意識、中学生に負けてるもんな……。切なっ。