悪役令嬢は応援したい
お寺参拝の後は、近くの大きい神社にもお参り(ここにも恋愛関係の有名なスポットがあって、ひよりちゃんは大喜びしていた)して、そのままホテルに戻る。
お昼ご飯を食べた、例のレトロでクラシックな老舗ホテルだ。レトロっていっても、設備とかは最新だし、掃除も隅々まで行き届いてて、……一言で言うと、最高。
(修学旅行でこのホテル泊まれるのかぁ)
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、ちょっと感動してみた。磨かれた木製の手摺りや、レトロな照明が乙女(?)心にきゅんきゅん来てる。
「眠れるかなぁ」
バスの中で爆睡してたひよりちゃんは、眠い目を擦りながら苦笑いする。
「? なんで?」
「こんな高級なとこでさ〜」
緊張して眠れないかも、って笑うひよりちゃんに、私はニヤリと笑いかけた。
「ぜーったい大丈夫。あのね、今回の旅行で分かったことがあるの」
「? なあに」
「ひよりちゃんはね、ひゃくぱードコでも眠れる子だよ」
「そ、そんなことないよ。眠るのは好きだけど」
「ほんとー? だって、人力車で寝る人初めて見たよ?」
後ろにいた、樹くんと如月くんが吹き出した。
「わ、笑わないでよ〜」
ちょっと情けない顔をしてるひよりちゃんは、かなり可愛い。
や、人力車なんて乗るの前世合わせて2回目だったのですが。この修学旅行、希望者は人力車体験(当たり前だけど、乗るほう)ができたのです。
(ひよりちゃんと乗るつもりだったんだけど)
なんでか、気がついたら樹くんとペアになってた。まぁ、如月くんが喜んでたからヨシとしよう。うん。
「だ、だってなんか、揺れが心地よくって〜」
「あは。人力車のお兄さん、それ聞いたら喜ぶよ」
すっごいびっくりして笑ってたけど。
ひよりちゃんは「結構イケメンだったよね〜」とほんの少し、頬を赤くした。
如月くんと目が合う。悲しそうな顔をしていた。が、がんばって……!
「はい揃いましたね〜」
そんな会話をしていたら、桐山先生の、ちょっと疲れてる声がロビーに響いた。
ちなみに今回、こちらのホテル貸切となっております。おいくら万円……?
「じゃあ、今から部屋割り通りに移動してもらいます」
はーい、と少しバラバラに返事をして、ロビーで班ごとに並ぶ。
桐山先生に「大友さん、設楽さん〜」と呼ばれ、眠い目をこするひよりちゃんと先生から鍵を受け取った。
「部屋に行ったら荷物を整理して、お風呂入ってから7時15分に"かぐやま"に集合。オッケーです?」
かぐやま、とはこのホテルにある広間らしい。そこで夕食だ。夕食だー!
「はぁい」
2人で返事をして、エレベーターに並ぶ。エレベーターの前でも、別の先生がスムーズに皆が乗れるよう誘導していた。
「先生も大変だよねぇ」
大人目線で、つい口から出た。
「だよねぇ」
ひよりちゃんは頷いた後「でもね」とこっそり笑った。
「わたし、学校の先生になりたいんだよね」
「え、そうなの?」
ひよりちゃんを少し見上げて聞く。
「ピアニストじゃなくて?」
「ピアニストだなんて!」
ひよりちゃんは慌てたように手を顔の前で、振った。
「プロになんて……人生全部ピアノに捧げる覚悟がないと、ダメ。ずうっと弾いてないと」
ひよりちゃんは少し、悲しそうに笑う。ゆっくりと手を広げて、じっと見つめた。同じ年だけど、私より少し大きな手、ふしくれだった指。太いわけじゃないけれど、きっちり筋肉のついた指。
それらは全て努力の証で。なのに、ひよりちゃんは寂しそうに言う。
「そこまでの覚悟は、わたしにはないの」
「……そうなんだ」
私から見れば、ひよりちゃんは才能があってキラキラしてるように見えていた。けれど、才能があるからこそ見える限界、みたいなのもあるのかもしれない。
「で、ね?」
気を取り直したように、ひよりちゃんは笑った。
「えへ。学校ってさ、わたし、楽しくて。だから大人になっても、生徒みんなが楽しいって思えるクラスとか、作りたいなって」
そう照れ臭そうに言うひよりちゃんは、本当に嬉しそうで。
(……これからあるはず、って千晶ちゃんが言ってた"いじめ"絶対に阻止しなきゃ)
シナリオ通りに進めば、必ず起きるはずの「いじめ」。
微笑み返しながら、私は強く心に誓う。
(こんな子が、学校嫌いになるようなこと絶対あっちゃいけない)
絶対阻止! な思いを新たにしつつ、「ひよりちゃんいい先生になりそう」と返す。
「え、そうかな? 華ちゃんは将来の夢とかあるの?」
「……夢、夢かあ」
私は少しだけ、ぽかんとした。
(そうだ、破滅エンド回避のために、何となく勉強は頑張ってたけど……、そっか)
私、まだ子供なんだ。
(何にでもなれる、んだ)
目が覚める思いがした。
じわじわと心に何か喜びというか、感動に似た感情が湧いてくる。
(子供って、可能性のカタマリなんだ)
「華ちゃん?」
一人で感動にひたっていると、不思議そうに顔をのぞきこまれた。あー、いけないいけない。
「えと、まだ決めてない」
「そうなんだー。勉強とかすごい頑張ってるし、何か目標あるのかなって」
「大学へは行きたいなぁ、くらいかな」
「そっかぁ。あ、でもお嫁さんになるんだもんねぇ」
ひよりちゃんは、少し離れたところにいる樹くんを見て笑う。目があったのか、樹くんは不思議そうな顔をして寄ってきた。
まだ部屋の名前を呼ばれてないみたいで、ぼんやりとホテルの意匠を眺めていたようだった。
「なんだ?」
「将来の話してたの」
ひよりちゃんが私を目で示す。
「華ちゃんは将来とか、どうするのって」
樹くんは私を見つめた。不思議な目だった。
「……どうしたい、華は」
「ん? ええと」
本当にないんだよなぁ。今さっき、自分が中学生だってこと、やっと本気で自覚できた気がするのに。
「樹くんは?」
困った時の、質問返し。
「サッカー選手」
樹くんは即答した。私は笑う。
「かっこいい!」
いいね、少年だねぇ!
「え」
「うん、応援する」
「そうか?」
少し(なぜか)ほっとした表情で、樹くんは言う。
「応援、してくれるのか」
「? うん」
「サッカー選手でも、いいのか」
「ん?」
私は首を傾げた。
「樹くんの好きなものになればいいんじゃない?」
だって、中学生なんて可能性の塊なんだもの。何にだってなれる! アメリカの大統領にだって!
樹くんは、本当に嬉しそうに笑った。思わず笑い返したとき、ひよりちゃんが言った。
「あ、エレベーター来た」
「ほんとだ。じゃあね、樹くん。また夕食で」
ちょうどエレベーターがやってきて、私たちはそれに乗り込む。樹くんは、ようやっと名前を呼ばれて、鍵を受け取りに向かうのが見えた。