悪役令嬢は煩悩にまみれてみる
「ちょっと待ってこれ出れる!? わたし出れる!?」
「大丈夫ひよりちゃん、落ち着いてっ! 肩さえ出たらなんとかなるから!」
お寺の柱の穴潜り。
私の身体は小柄だし、……まぁ、多少お肉が付いてる気がしないでもないけれど? ま、割合すぐに出られた、その穴潜り。
ひよりちゃんは背が高いぶん(ひよりちゃんは中2から中3にかけてかなり背が伸びた。スタイル抜群で羨ましい)ちょっとだけ肩幅もあるので、少しばかり苦労していた。
「で、でれたぁ」
穴から抜け出すと、すかさず「お願いかないますようにっ」と手を合わせている。
「何をお願いしたの?」
「えー?」
満面の笑みで答えるひよりちゃん。
「聞くう?」
「……いいかなー」
というか、予想はつきました。まず間違いなく鍋島のお兄様の件でしょうねぇ。
(女たらしなのはまだ知らないのかなぁ)
好きな人が「次々彼女取っ替え引っ替え!」とか、結構ショックだと思うんだけれど。……ていうか、ショックでしょう。
その辺りのことも、自分の前世に重ねてしまう。お節介なのは、重々承知なんだけれども。
(そのせいかなぁ)
妙にひよりちゃんに肩入れしてしまうのは……。
「ふふふ。お寺なのに煩悩まみれですよ、わたしは。ね、華ちゃんは? 恋愛成就的な?」
当のひよりちゃんは、にこり、と笑って私を覗き込む。
「え」
その少し悪戯っぽい表情(ええい、いちいち可愛いなぁほんと!)に少し戸惑って視線を外すと、バッチリ樹くんと目が合った。
「?」
ふ、と視線が外される。……コイバナに興味があるお年頃なのでしょうか?
少し寄せられた眉が、樹くんの分かりにくい「照れ隠し」なのは分かるのだけれど。
(あんまコイバナとかしなさそうだよなぁ、樹くんって)
モテそうなのになぁ、なんてぼんやり思いつつ「違うよー」と答える。
「家内安全」
「えー? なにそれ」
「とにかく平穏無事に過ごせればそれでヨシ」
私はそう言いながら、なむなむと手を合わせた。樹くんの横にいた、如月くんが爆笑している。
「む、なに」
「いやぁ、欲がないなって。華さんってさ、なんか、ケッコー、枯れてない?」
「……失礼な」
む、と如月くんを軽く睨むと「ごめんごめん」と微笑まれた。
「いいけどさー、……ふたりは? しないの、穴潜り」
私は柱を指差す。
「俺はパスだな。多分無理だ」
肩をすくめる樹くん。確かに樹くん、もう随分背丈があるからなぁ。まだ肩幅なんかは細いのだろうけれど、身長だけならその辺の大人よりよほど高い。
「なんとかなるかもよ?」
「む、詰まったら助けてくれるか」
穴に詰まってる樹くんを想像して、私はちょっと笑ってしまう。
「なんだ?」
「あは、ごめんごめん。てか、ギリギリいけそーだけど」
「そうか? だが、願い事は」
「うん」
「自分で叶える主義なのでな」
堂々と、樹くんは言い放った。私はぽかんと樹くんを見つめたあと、あまりに彼らしくて微笑んでしまう。
「? なんだ」
「んーん」
そういうところ、素直にカッコいいと思うや。見習わなきゃなー。
「でも鹿王院くんさぁ」
「なんだ?」
ひよりちゃんはニッコリ、と微笑んで樹くんに近寄る。
「たまには神頼みも必要かもよー?」
「む? ここは寺だぞ」
「いや揚げ足取らないでよ」
同じ班になって以来仲良しさんな2人を眺めつつ、私は如月くんに話しかける。
「如月くんはいいの?」
「俺? うーん」
「細身だしいけそう」
「まぁ、多分なんとか……でもなぁ」
「ひよりちゃんじゃないけど、恋愛成就的なのは?」
何気なく言って、如月くんを見上げると……ものすごく赤面していた。視線の先には、……ひよりちゃん?
「……あれ?」
「あ、えっと、その」
「ごめんあのさぁ如月くん」
如月くんの二の腕を掴んで、ちょーっと隅っこに移動。なになに、聞かせなさいよ恋話なの!?
「好きな人って」
「……言わないで?」
「え、ゴメン。接点どこ?」
クラスも違う。如月くんは生粋の「青百合組」だし。
「……ピアノ」
「あー」
「音楽室でたまたま見かけて……そんで、同じ班とかラッキーすぎて」
「へー!」
私は同時に納得する。ちょっと皮肉屋さんっぽい如月くんが、なんで修学旅行くらいで「前日夜眠れない」ほど楽しみになっちゃっていたのか。
(ひよりちゃんがいたからか!)
うわー、甘酸っぱい!
可愛いー! なにこれなにこれ! ちょっとテンションが上がってしまう。
「……でもさ、華サン? はっきり教えて欲しいんだけど、そのー、ひよりサンって好きな人、いたり、とか」
思わず押し黙る私の顔から、さっさと如月くんは察して軽く頭を抱えた。
「まじかー、うわー」
「で、でもまだどうなるかとか、決まった訳ではっ」
私かそう言って如月くんを見上げたとき、如月くんは「ぐえ」とカエルが潰された時みたいな声(実際聞いたことはないんだけれど)を出して軽く傾いだ。
「?」
「楽しそうだな」
樹くんが微笑んでいた。
「鹿王院、急に襟元引っ張るな」
「すまん、楽しそうだったものでな」
「……ムカつくなー」
男子2人で何やら含みのある感じの会話。
「?」
「えっねぇねぇ如月くんと何話してたの!?」
「えー。秘密」
私は口の前で指を立てて笑ってみせた。とっても内緒なのです。
「ほえ」
ぽかんとしたひよりちゃんの顔。
「え、なに?」
あんまりにもジッと見つめられて、私はちょっとたじろいだ。なになに、ご飯粒でも顔についてる……?
「いや、なんか、華ちゃんって時々すごい表情オトナだよね」
「え、そ、そう?」
アラサーにじみ出てる?
「いーなー、どうやったらそんなオトナっぽくなれるのかなっ」
羨ましそうなひよりちゃん。
(ナカミが単に歳を重ねてるだけでは)
とは、言えないので曖昧に笑う。
「大人になったら勝手に大人になると思うよ? 私は今の可愛いひよりちゃんが好き」
「う。そう?」
「うん」
「可愛い?」
「可愛い」
そう断言すると、ひよりちゃんはふにゃりと笑って「華ちゃんがそう言ってくれるならいいかなぁ」と言った。
「で、ところで如月くんとなんの話?」
「え、気になる?」
(もしや如月くん、脈アリ!?)
てっきり真さんのことかと思っていたけど……如月くんのことだった!?
ちょっと、ワクワクしながら問いかえす。
「うんっ、気になる! 好きな人の話とか!? 誰々っ」
完全に好奇心の塊の目。……うーん、どうやら「好き」とかじゃなさそうだ、これは。
視界の隅で、すこし肩を落とす如月くんが見えた。
「……よし俺、くぐってくる」
如月くんはすぐ気を取り直して、穴潜りの列に並ぶ。
「頑張って~」
にこりと微笑むひよりちゃんに、ぎこちなく笑いかえす如月くん。
私は横にいた樹くんに、こっそり言った。
「あんなにバレバレなのに、気づかないひよりちゃんって相当鈍感だよね?」
樹くんは一瞬絶句して、それから私を凝視した。
「……華」
「なんでしょう」
「人見てわが身ふりなおせ、ということわざは知っているか」
「知ってるけども」
きょとんとしている間に、片手で両頬を掴まれる。強制ひょっとこ顔。
「変な顔だなぁ」
めちゃくちゃ楽しそうに笑われた。
「ひゃ、ひゃめてよお」
一応抵抗してみる。
「俺も」
「なぁに」
「神頼みしたい気持ちになることも、ある」
そう言って、樹くんは私から手を離した。
「あ、ねえ、ふたり! 如月くんくぐるよ!」
ひよりちゃんの声で、柱に向かい直す。
「がんばれー、如月くん!」
私は無邪気に応援するひよりちゃんを見て、如月くん頑張って、と心の中でエールを送った。
(は~、甘酸っぱいよぉ、癒されるう)
私はひとり、ふたりを見つめながらニヤニヤと笑う。
なんだかんだ、煩悩まみれの私たちです。