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悪役令嬢はご飯が大好き

 京都について、まず向かったのは奈良なのだった。


「奈良についたら、お昼ご飯食べて観光して、奈良のホテルに泊まるみたいだね」


 京都駅を出たバスの中、横に座るひよりちゃんが、修学旅行のしおり(いや、むしろこれはガイドブック)を見ながら言った。


(ふつーはさ!)


 修学旅行のしおりっていったら、委員の手作りだったりするわけじゃん。絵の得意な子に頼んで書いてもらった舞妓さんのイラストが表紙だったり、「修学旅行のしおり」も習字やってる子に書いてもらったり……。


(こんな高級感あふれる紙じゃないもの!)


 普通の本屋さんで売ってるガイドブックと大差ない、つるつるの紙。一体、いくらくらいで作られているのやら……。


「あ、見て、華ちゃん。お昼ご飯、三輪そうめんだよ三輪そうめん」

「三輪そうめん……?」


 聞いたことはある。けれど、食べるのは初めましてだ。思わずニヤリと舌なめずり。ひよりちゃんは「華ちゃんって、ホントお嬢様らしくないよね」と笑った。

 いーんです、ガチ庶民育ち(中身は)なんだもーのー。

 やがてバスは奈良に入り、老舗感あふれるしっとりしたホテルに入る。


「茶粥も葛餅もあります」


 ていうか! さすがおセレブ校の修学旅行ですよ!


(わー、なにこれ、漆塗り?)


 朱塗りのお重に前菜。胡麻豆腐、揚げられた生麩……あ、こっちはお造り、鯛かな? てか、わー、柿の葉寿司までっ! 三輪そうめんも、綺麗なガラスの器に盛られていた。


「すごい、華ちゃんすごい、今日一番の笑顔だよっ」


 さすが高級老舗ホテルの昼食で、もちろん修学旅行向けのメニューだとは思う(揚げ物多目)けど、きちんと食べたい奈良の名産が揃っていた。

 まずは茶粥をぱくり。


(ああ、胃に優しいお味)


 ほうじ茶で炊かれたそれは、ふんわりお茶の香りで、バニラアイスに冷やされた胃にジワリとしみこむ。


「華はほんとうに美味しそうにものを食べるな」


 樹くんは少し嬉しげに言う。


「うんうん、分かる。すごい幸せそう」


 ひよりちゃんにも同意された。


(……?)


 私は首をかしげる。


「え、逆に聞くけどご飯食べてる時が一番幸せじゃない?」


 他の人は違うのだろうか。結構な驚きだ。


「わたしは寝てる時かなぁ」


 ひよりちゃんは笑う。


「大友はさっきも寝ていたな、新幹線」

「う、いやあ、楽しみで眠れなくて」

「よだれも垂らして」

「う、うそっ!?」

「冗談、冗談だ」


 からかうような樹くんの口調。


(あれ、いつの間に仲良しさんに?)


 私は首をひねった。いや、うん、お友達が増えるのはいいことなんだけどね。


(ひっかかるのは、なんでかな)


 一瞬考えて、はたと気がついた。樹くんの距離無し(とは、またちょっと違うんだけれど)問題だ。いや別に、「あーんして」とかしても、樹くんがひよりちゃん好きなら、それはそれでいいと思うのだけれど。ひよりちゃんはどうやら真さんにお熱みたいなんだけれど、それでもあんなことされたら、好きになっちゃうんじゃ。それで、樹くんに「そんな気はなかった」とか言われたら……なんて考えて、私はやっぱりハタと気がついた。


(ダメじゃんっ)


 うん、ダメだ、私みたいな第三者が首突っ込んじゃダメだ!


(若人の恋愛模様にクビを突っ込もうなんて)


 良くない、よろしくないぞ。うん。色々あったっていいじゃないか、これぞ青春なんだもの。


 昼食後到着した奈良公園には、鹿がいた。いやむしろ、鹿しかいない。鹿だ。オンリー鹿。あと丸っこいフン。


「お寺の見学、待機組は鹿せんべいをあげてもいいよー。ただし、怪我しないように、鹿に意地悪しないようにね。看板の注意書きをよく読んで!」


 桐山先生のお達しで、皆喜んで鹿せんべいを買う。もちろん私も。気になるし。いや味じゃないですけど。美味しいのかなとは思うけど。


「あっ可愛い、おじぎする!」


 ひよりちゃんが喜んではしゃぐ。


「え、あ、ほんと」


 なんと鹿たちは、鹿せんべいを持っている人を目ざとく見つけては、ペコリと可愛らしくお辞儀をして、せんべいをねだっていたのだ。


(えっ、ちょーーかわいい)


 私は喜んで、集まってきた鹿たちに鹿せんべいを配る。


(ツノが少し怖いけど)


 つぶらな瞳、もぐもぐと動かす口、かわいいかわいいと見ていたが。


「も、もう持ってないよう」


 全てあげ終わったのに、まだあるでしょ、チョーダイチョーダイとばかりに鹿たちはぐいぐいと寄ってくる。

 そのうちの小柄な一頭が、私の胸に前脚をかけるように立ち上がった。


「ひえええ」


 変な声が出る。


「華」


 樹くんが少し焦った声で私を呼んだあと「こっちだ」と、鹿せんべいと共に鹿を呼ぶ。

 樹くんは数枚を直接あげたあと、残りをバッと地面に撒いた。鹿たちはすぐさま地面に落ちたせんべいに夢中になる。


「あ、ありがと…….てか、うまいね?」

「こうやれと看板に」


 樹くんが指差す方をみると、たしかに「最後の数枚は地面に落としてあげてください」と書いてあった。イラスト付き。


「あ」


 完全なる私の見落としだ。

 しゅん、と肩を落とす。


(アラサー何してるのよ……)


 大人なのになぁ。


「大丈夫か?」

「え、あ、うん。そんな汚れてないし」


 修学旅行は私服で、デニムのシャツワンピースだから、汚れも目立たない。白い服とかじゃなくて良かった。


「怪我は」

「え、な、ない」

「ならいい」


 樹くんは頷く。


「だが気をつけろ、骨折したりするらしいからな。さっきの華のようにになって倒れ込んだら」

「ええ!?」


(あ、危なかった)


 たまたま小柄な鹿さんが集まっていたから良かったものの、大柄な鹿だったら確実に怪我をしていた。


(野生動物だもんね……)


 人馴れしてるとはいえ。

 またまたシュンとしていると、ぽそりと樹くんは呟いた。


「しかし、鹿にまでヤキモチを焼く羽目になるとは思わなかった」

「? 焼き餅? 名物?」


(お土産やさんとかで売ってるのかな)


「鹿の焼き餅? 有名? 美味しいかな」


 小首を傾げていると、近くでせんべいをあげていた如月くんが「鹿王院、よく心折れないよね」と苦笑いして言った。


「もう慣れた」


 樹くんは肩をすくめた。


(……鹿に?)


 確かに慣れた態度でせんべいをあげていた。


「あのさ、はっきり言わないと」


 ひよりちゃんが謎のアドバイスをして、樹くんは眉間のシワを深くした。……ん? 照れてる? なんて思っているところで、私達の班番号が呼ばれた。


「あ、呼ばれたよ! 鼻の穴くぐらなきゃ!」

「え、なにそれ」


 きょとん顔のひよりちゃん。


「このお寺、柱に穴があいてて、その大きさが仏像の鼻の穴と同じなんだって! で、それくぐるとお願いがかなうの!」

「え、ほんと!?」


 そういう系が好きなひよりちゃんは、すぐに乗ってきた。うんうん、女子ですねぇ。私は平穏な人生について祈念するつもりなのですよ。へへへ。


「くぐらなきゃじゃん!」

「くぐろう!」


 私たちはさっきまでの鹿騒動などすっかり忘れ、手に手を取ってバスガイドさんの旗へ向かって一気に走るのでした。

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