【閑話】もうひとりの悪役令嬢の災難【side千晶】
華ちゃんと過ごしてみて、ひとつ気がついたことがある。
(華ちゃん、オトナの意識のまま、なんだ)
わたしの場合、「元からある千晶14歳」の頭に、「前世オトナだった記憶」がインストールされた形だ。だから、あくまで主体は「中学生の千晶」。
(だけど、華ちゃんは違う)
華ちゃんの場合、「前世の人格」がまるっと「14歳の設楽華」にインストールされたようなものだ。主体は「大人の人格」。
(だから、……なんかズレちゃってるんだろうなぁ)
みんなは、あくまで華ちゃんを14歳として(まぁ14歳だ14歳だと連呼しているけれど、わたし達は中学3年だから、もうすぐ15歳になる)見ているのに、華ちゃんは「大人」として周りを見ている。
(だから、ちぐはぐなんだ)
そのアンバランスさに、もしかしたら樹くんも瑛くんも惹かれている部分もある、のかもしれない。
(さすがに気がつくよねぇ)
普通は。普通なら。自分が彼らにとって恋愛対象である、と気がついているなら。
だけれど、華ちゃんにとってあの少年たちは未だ恋愛対象なり得ないーーだって、「大人の人格」が主体である華ちゃんにとって、彼らは一回りも年下の男の子なのだから。
少し前、そんな話になった時。「樹くんだって大人になるんだよ」と伝えた時、華ちゃんは確かに赤面したけれどーーあれは「大人になった樹くんを想像して」だったのだ。
少年である樹くんに赤面したわけじゃない。
それは、結構、あの少年たちにとって大きな壁なんじゃないだろうか、なんて、わたしは思う。
「華ちゃんは、もし誰かに告白されたらどうするの?」
そう、聞いたこともある。
華ちゃんはキョトンとしたあと、とても訝しげに「え、千晶ちゃん中学生を恋愛対象にできるの?」と問い返してきたのだ。
「わたしは」
あくまで主体は子供なわたしだから、と説明すると華ちゃんは少し納得したみたいだった。
「華ちゃん、ムリなの?」
「んー? 考えたことないや」
ぽりぽり、と頬をかく華ちゃんに、わたしは言った。
「でもさ、記憶が大人でも、人格が大人でも。華ちゃんの脳もカラダも、中学生のそれなんだからーー華ちゃん、中学生に恋しちゃうことも、ありえるよね?」
「え、ありえる?」
「ありえるでしょう」
恋なんか、人格でするものでも、理性でするものでもない。ある日すとんと、落ちるものなんだろうから。
華ちゃんはうーん、と首をかしげるだけ、だった。
そんなことを、わたしは家のテラスでケーキを食べながらつらつらと考える。
フォークは一人でしか、使えない。ヒトを傷つけるかもしれない、という強迫観念で。
(思い出してはいなかったけれど、きっと前世の記憶のせい、だったんだ)
前世の記憶を思い出す前から、わたしはヒトを傷つけてしまうかもしれないことが、とても怖かった。それは、前世での死因に起因している。
(あんなことは、もうしたくない」
ヒトを殺す、なんてことはーーいちど切りで、十分だ。
「千晶」
背後から声がして、わたしは慌ててフォークを手から離す。かちゃん、と音がしてフォークは床に落ちた。
わたしは青くなって、それを見つめる。男性にしては優雅な指先が、それを拾った。
「ごめんねケーキタイムだったんだね」
「お兄さま」
振り向いた先には、お兄様。学校の制服のままだ。帰宅したところだろう。
わたしは嘆息した。急だから、余計に驚いた。
お兄様は少し唇をあげて、フォークを自分の制服のポケットにしまった。
「あ、あぶない」
「大丈夫千晶、大丈夫。……フォークはまた持って来させるから」
そのままで、と言われて浮かしかけた腰を下ろす。
「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」
「……なんですか?」
紅茶をひとくち、口に含む。
「華チャン、修学旅行だよね?」
「はぁ」
「僕も去年行った」
「舞妓さんにガチで手ぇ出して偉いさんにブチ切れられた京都ですね」
「あっは、嫌だな過去のことを」
くすくす、とお兄様は笑った。わたしはじとりと睨むけれど、なんの痛痒も感じてない顔で微笑み続けている。
「それでさぁ、……樹クンと同じ班、ってホント?」
「あ、はぁ、まぁ」
そう言っていた。素直に頷く。
お兄様は、渋い顔をした。
「五泊六日じゃん?」
「はぁ」
「それだけの時間、一緒に過ごしたら好きになっちゃうんじゃないかなぁ」
「……なんの話です?」
「華チャンと樹クンだよ」
お兄様は表情を崩さず言った。
「なんだか、そう思うとムカついて」
「それは」
思わず口を挟む。
「……お兄様が、樹くんをお嫌いだからでは」
「うーん、そうなのかなぁ。そうなんだろうなぁ……そうなのかな?」
わたしは嫌な予感ビンビンでぎこちなく笑った。
(ま、まさか)
この埒外人外が、華ちゃんに惚れた、なんてことになると大変厄介です。
(欲しいものは全部僕のもの、な狂った人格してるのにっ)
ただでさえ華ちゃんに興味津々でどうしたものかと思っていたのにーー!
「まぁなんにせよ」
にこり、とお兄様は笑った。
「なんかムカつくから、今から行ってくるね」
「へっ!?」
わたしはさすがに立ち上がるーーど、どこへ!?
「修学旅行、乱入してこようかと」
「だ、ダメに決まって」
「偶然装うからさ〜」
お兄様は踵を返す。
「じゃあいってきまーす」
「ま、待て、じゃない、お待ちくださいっ」
わたしはお兄様の制服の裾を掴む。
「なぁに千晶? あ、僕がいないの寂しい? ごめんね試練だと思って」
「だーまらっしゃい」
そういいながら、再びため息。そうして、なんとか告げた。
「……わたくしも行きます」