悪役令嬢、新幹線に乗る
5月下旬、午前8時半に新横浜から乗り込んだ新大阪行き新幹線、その白とブルーの車体が名古屋を過ぎたあたりで、私はひたすらにスプーンを「それ」に叩きつけていた。
がちがちがちがちがち。
「あああ着いちゃうう京都ついちゃううう」
「……念のために聞くが、華? それはなにをしているんだ」
「これはねぇ、樹くん。アイスを食べようとしてます」
「俺の認識だと」
樹くんが淡々とした表情で、そう告げた。
「それはアイスではなく、氷だ」
向かい合わせにされた2つのシート、つまり4人がけの席の通路側で、私はひたすらにアイスを食べようと躍起になっていた。
窓側に座るひよりちゃんと、その向かいの男子、如月くんは爆睡中。楽しみで昨日はなかなか眠れなかったらしい。
(しかし、まさか樹くんと同じ班になれるとはねぇ〜)
修学旅行の班決め。クラスごとではなく、学年ごとで決める(クラス間交流のためだとか)とは聞いていたけれど。
青百合組の樹くんと如月くん、それに私とひよりちゃんの4人でひと班だ。
(竜胆寺さんも小躍りしてたなぁ)
ちらり、と背後に目をやる。竜胆寺さんは、青百合組の同じ班になった女の子とふたり並んで、京都のガイドブックを眺めていた。
「この神社が恋愛運アップにいいらしいですの!」
「あら! それは必ず行かなくては!」
「こちらは美人になれる水があるとかっ」
きゃあきゃあと楽しげにガイドブックを指差して、今やすっかり意気投合しているようです。
(ふーむ、女の子だねぇ)
私はすこし、にまにましてしまう。なんだか可愛らしいったら!
(まぁ、私も前世そういうのに良く通ったなぁ〜)
恋に効くお守り! とか、恋愛運アップするスポット! とか……。効いたか? ふふ、ふふふふ……。
前世のザンネンな思い出にキッチリ蓋をして、私はアイス叩きに専念する。がちがちがちがち。
(うーん、やっぱり溶けません……)
どうしたものか、と思っていると、竜胆寺さんのはしゃぎ声が聞こえてくる。
「まぁ、生麩のスイーツですって」
思わず聞き耳をたてる。な、生麩!? 生麩を……スイーツにっ!?
「それはぜひ行きましょう。少々並んでも、わたくしは構いませんわ。班の皆様にも聞いてみましょう」
この、竜胆寺さんとすっかり意気投合してる女の子、青百合のガチお嬢様らしいんだけど。ええと、宮水さん、だっけか。ちらっと話した感じ、フワフワして話しやすい子だった。ちょっと天然さんっぽいかな?
(竜胆寺さん、たのしんでくれるといいなぁ)
なんて、ちょっと保護者目線になっちゃうのは何故……。ま、それはいい。
(いいんだけどっ)
がちがちがちがちがち。
やっぱり溶けない。溶けないよ、このアイスっ。
私の向かいの樹くんは、じっと私の手元に目線をやる。
なんだか、ちょっと面白いものを見てる目で見られてる気がしますよ?
(うーむ、さすが、巷で噂のガチガチアイス)
新幹線のアイスは硬い、溶けない、しかし美味しい、マジで美味しい、との噂を聞いてから、ずーっと食べたかったこのガチガチアイス。食べられるくらいに溶けるまで、15分くらいかかるらしい。
(ほ、ほんとに硬い。硬すぎる)
しかし、なんとかすくえた分をお口にいれると、ふんわりバニラ味でものすごく好み。
(帰りはこれ、出発してすぐ買うべきね)
うんうん、と頷き手の体温でアイスを溶かす作戦に出る。
当たり前だが、冷たい。
いやでも、あと30分でこれを食べなくてはならない……がまん、ガマンよ華、これはアイスを食べるための試練……。
「つめたっ」
「なぜそう予想通りの」
樹くんは苦笑して、私の片手を取ってぎゅうっと握った。
「冷たいな」
面白そうに笑う。
「貸してみろ」
「ん?」
樹くんはアイスを受け取ると、プラスチックのスプーンですくう。ちょっと硬そうだけど。
「案外いけるな、ほら」
スプーンを私に突き出す。
「どうした?」
不思議そうに言われた。
「食べないのか」
いや、食べないのか、ってそんな冷静に言われましても。私は目を瞬いて、樹くんを見つめた。